第8話:試合中開始!!
守った。信じた。だから、勝てた。 それだけで、今は十分だった。
試合開始の合図が鳴り響いた。
観客席のざわめきが、遠くへと引いていく。
中央のフィールドに立つリオとミナの前に、対戦相手が姿を現す。
ミナの旧友、ユウナ=フェルシア。
その相棒である罠術士、ティオ=グランツ。
「よろしくね、ミナ。……手加減はしないよ?」
ユウナはいつものように明るく笑った。
けれど、その瞳の奥には、戦術家としての鋭さが宿っている。
「うん。私も、全力でいく」
ミナはそう答えたが、その声は少しだけ震えていた。
開始と同時に、ユウナが詠唱を始める。
空気が歪み、視界が揺らぐ。 幻術魔法だ。
空間そのものが、水面のように波打ち始める。
「リオ、右から来るよ!」
「わかってる!」
ミナの声に応じて、リオが剣を振る。
だが、その動きは一瞬遅れた。
幻術によって敵の位置が曖昧になり、剣が空を切る。
その隙を突いて、ティオが罠を展開する。
足元に魔力の陣が浮かび、リオの動きが一瞬止まる。
「くっ……!」
リオが剣を振り下ろして罠を破壊するが、 その間にユウナの幻術がさらに広がっていく。
「ルゥナ、飛んで!」
ミナの声に応じて、彼女の背後から銀青の小さなドラゴンが舞い上がる。
ミナの幻獣『ルゥナ』。ミナの感情に寄り添う幻獣。
その翼が空を裂き、魔力の粒子を撒きながら高速で旋回する。
ルゥナは敵の視界をかく乱し、ティオの罠の展開を妨害する。
その動きは、まるで意志を持っているかのように精密だった。
だが——
(なんで……こんなに指示がズレてるの?)
ミナの胸に、不安が広がっていく。
幻術の中でルゥナの姿が見えなくなり、指示が遅れる。
火球が外れ、リオの動きと噛み合わない。
「ミナ、左!」
「えっ、あっ……!」
遅れて反応したミナに、ティオの罠が迫る。
ルゥナが戻ってこない。幻獣の軌道が乱れている。
(私、足を引っ張ってる……?)
リオの剣は強い。けれど、今の彼は“目の前の相手しか見ていない”ように感じた。
その瞬間、ユウナが詠唱を切り替える。
幻術が一点に集中し、ミナの視界が完全に奪われる。
幻獣が間に合わない。足が、すくんだ。
視界が揺れて、敵の姿がぼやける。
それでも、空気の震えだけは、はっきりと感じた。
——魔力の収束音。
「ティオ、今!」
ユウナの声と同時に、ティオの足元に赤い魔法陣が展開される。
そこから一直線に、鋭い炎の奔流がミナを狙って放たれた。
動かなきゃ、と頭ではわかっているのに、身体が言うことをきかない。
(……怖い)
リオが振り返る。そして、無意識に手をかざした。
「《ルミナブレード・変形》……!」
光が収束し、剣の形が変わる。
それは、これまでに見たことのない“盾”だった。
光の盾がミナの前に展開され、炎の奔流を受け止める。
衝撃が走るが、ミナは無傷のまま立っていた。
「……守れた……!」
リオはそう呟き、安堵の息を吐いた。
(俺が、守りたいって思ったから……この盾が出たんだ)
その瞬間、ルゥナがミナの背後に戻ってくる。
その羽ばたきは、さっきよりも静かで、落ち着いていた。
(守ってくれた……私のために、剣じゃなくて、盾を)
ミナもまた、守られたことにより安堵していた。
そしてふたりは、同じように微笑み合った。
ルゥナが静かに羽ばたき、ミナの肩に降り立つ。
その小さな重みが、ほんの少しだけ彼女の呼吸を整えた。
「……ありがとう」
小さくミナがつぶやく、けれど確かに届く声。
リオは頷き、剣を構え直す。
「もう大丈夫。行こう、ミナ」
その言葉に、ミナは深く息を吸い込んだ。
肩に戻ってきたルゥナが、静かに羽ばたく。
その動きは、さっきまでの乱れが嘘のように安定していた。
「ルゥナ、上空から撹乱して!」
ミナの声に応じて、ルゥナが一気に舞い上がる。
銀青の翼が光を裂き、敵の視界をかき乱す。
ユウナの幻術が揺らぎ、ティオの視線が一瞬逸れた。
「リオ!」
ミナが火球を放つ。 ティオの足元に展開されていた罠陣が爆ぜ、煙が立ちこめる。
その隙を突いて、リオが駆けた。
幻術の残像を見切り、真正面からユウナに迫る。
「っ……!」
ユウナが詠唱を切り替えるより早く、 リオの剣が彼女の目前で止まった。
審判の魔法陣が光り、勝敗が告げられる。
「やられた〜……!」
ユウナが苦笑しながら手を挙げる。
ティオも無言で魔力を収めた。
リオとミナは顔を見合わせ、ようやく笑みを交わす。
ルゥナがふたりの間をくるりと旋回し、静かに舞い上がる」。
試合終了の合図が鳴る。
ユウナが肩をすくめて、笑いながら手を振った。
「やっぱり強いなぁ、リオくん。……それに、ミナも」
「……ありがとう」
ミナは小さく笑い返した。
その笑顔は、どこかほっとしたようで、少しだけ誇らしげだった。