第7話:試合前 ――「届いていると思っていた」
試合開始まで、あと十五分。
控室の空気は、いつもより少しだけ重たかった。
リオは剣の柄を握りしめたまま、静かに目を閉じていた。
その隣で、ミナは幻獣の魔力を整えながら、ちらちらと彼の横顔を盗み見る。
「……緊張してる?」
問いかけに、リオは目を開けて、少しだけ笑った。
「少しだけ。でも、ミナがいるから大丈夫」
その言葉に、ミナも微笑み返す。
けれど、その笑顔はどこかぎこちなく、胸の奥に小さなざわめきが残った。
(最近、リオの剣……少しずつ変わってきてる気がする)
形が、重さが、光の色が。
何かが、少しずつ違っている。
けれど、それを言葉にすることはできなかった。
控室の扉がノックされ、リリィが顔を覗かせる。
「おーい、そろそろだよ。準備できてる?」
「うん、ありがとう」
ミナが立ち上がると、リリィはにやりと笑った。
「セラがさ、今日の試合、ちょっと楽しみにしてるっぽいよ?」
「えっ……?」
ミナが思わず聞き返すと、リリィは肩をすくめた。
「なんか“あの剣、また変わるかもしれない”って。 あの子なりに、気にしてるんじゃない?」
「……そうなんだ」
ミナは視線を落とした。
リオの剣が変わる。
それは、成長の証なのか、それとも——
「ま、気にしすぎないで。ミナはミナでしょ?」
リリィが軽く手を振って去っていく。 ミナは小さく息を吐いて、リオの隣に戻った。
「……行こうか」
「うん」
試合会場へと続く通路を、ふたりは並んで歩く。
足音が、静かに響く。
「リオ」
「ん?」
「今日も……ちゃんと、私の声、届くかな」
その言葉に、リオは少しだけ立ち止まり、ミナの方を見た。
「届くよ。ミナの声は、ちゃんと俺の中にあるから」
ミナは、ほんの少しだけ目を見開いて、それから微笑んだ。
「……うん。ありがとう」
試合会場の扉が開く。
光が差し込み、観客のざわめきが耳に届く。
ふたりは、並んでその光の中へと歩き出した。
ミナの手が、ほんの一瞬だけリオの袖を掴みかけて、けれど何も言わずに離れた。
リオは気づかず、まっすぐ前を見ている。
その背中を見つめながら、ミナは小さく息を吐いた。
そして、試合が始まる。