第6話:セラ・アルヴィナ、氷と霧の連携
控室の片隅
セラは静かに魔力の流れを整えていた。
その隣で、リリィ・ノクターンが頬杖をついて、じっと彼女を見つめている。
「ねえ、セラ。やっと私と組んでくれたけど……」
「……何?」
「もしかして、リオくんがミナちゃんと組んじゃったから、仕方なく私?」
セラはぴたりと動きを止めた。
そして、ゆっくりとリリィを見た。
「……そんなわけないでしょう」
「ふふ、冗談だよ。でも、ずっと断られてたからさ。
“連携は効率重視”とか、“魔力の相性が悪い”とか、いろいろ理由つけて」
「……あなたの霧は、私の氷と相性がいい。
それに、あなたは無駄に踏み込みすぎない。だから、今回は選んだだけ」
「はいはい、合理的で結構です〜」
リリィは肩をすくめながらも、どこか嬉しそうだった。
「でも、ちゃんと勝ったら、次も組んでくれる?」
「……結果次第ね」
「よーし、じゃあ絶対勝とう。セラの“気まぐれ”を継続させるために!」
セラは小さくため息をついたが、その口元はわずかに緩んでいた。
◇
試合開始の鐘が鳴る。
観客ざわめきが、次第に静まり返っていく。
「次の試合、魔導科首席——セラ・アルヴィナ、出陣です!」
その名が呼ばれた瞬間、空気が変わった。
まるで気温が数度下がったかのような、張り詰めた静寂。
セラとリリィは、並んで戦場へ歩み出る。
その足取りは静かで、しかし確かな自信に満ちていた。
対戦相手は、剣技科の突撃型と魔導科の炎属性使い。
攻撃力に特化した、前のめりな構成だ。
「いくぞ、首席様!」
剣士が一気に距離を詰めてくる。
リリィがすっと手をかざす。
「《ミストヴェール》」
白い霧が一瞬で戦場を包み込む。
視界が奪われ、敵の動きが鈍る。
「《氷結結界・展開》」
セラの魔法が重なる。
霧の中から氷の槍が突き出し、敵の足元を凍らせる。
「くっ……どこだ……!」
敵の剣士が焦り、無防備に動いた瞬間——
「《氷鎖》」
空中から降り注ぐ氷の鎖が、敵の武器を絡め取る。
その隙に、セラは指先を軽く振った。
「《氷華・散》」
氷の花弁が舞い、敵の足元に咲く。
次の瞬間、爆ぜるように凍結が広がり、剣士の動きが完全に止まった。
「後衛、詠唱中!」
リリィの声が飛ぶ。
セラはすぐに対応する。
「《氷盾・反射》」
氷の壁が立ち上がり、炎を受け止める。
反射された熱が魔導士に跳ね返る。
「きゃっ……!」
魔導士がよろめいた瞬間、リリィが再び手をかざす。
「《霧縛》」
霧が魔導士の足元に絡みつき、動きを封じる。
セラが静かに手をかざす。
「《氷結封印》」
氷の結晶が空中に浮かび、魔導士の足元に落ちる。
その瞬間、凍結の波が広がり、勝負が決まった。
「勝者、セラ=アルヴィナ&リリィ=ノクターン組!」
歓声が上がる。
セラは表情を変えず、静かに一礼した。
その隣で、リリィが小さく笑う。
「ふふ、やっぱりセラと組むと楽しいね。
霧の中で氷が舞うの、すごく綺麗だった」
「……あなたの霧があってこそよ。ありがとう、リリィ」
セラはそう言って、ふと空を見上げた。
霧が晴れ、光が差し込む。
セラの頬が、ほんの少しだけ紅潮しているのを、リリィは見逃さなかった。
◇試合後・控室
試合を終えたふたりは、控室に戻ってきていた。
セラは静かに水を飲み、リリィはベンチに寝転がっている。
「ふぅ〜、完封勝ちって気持ちいいね。
さすがセラ、氷の魔女は伊達じゃない」
「……あなたの霧がなければ、もっと時間がかかってたわ」
「お、素直に褒めてくれるなんて珍しい。これは明日、空から氷が降るかも」
「……それは、あなたのせいでしょ」
ふたりの間に、静かな笑いが生まれる。
そして、リリィがふと、セラの横顔を見て言った。
「ねえ、セラ。やっぱり……リオくんと組みたかった?」
その言葉に、セラは一瞬だけ目を伏せた。
けれど、すぐに視線を前に戻す。
「……彼は、ミナと組んで正解だった。あの剣は、彼女がいたからこそ安定していた」
「ふーん。じゃあ、ちょっとだけ寂しい?」
「……少しだけ、ね」
その答えに、リリィは目を丸くしたあと、にやりと笑った。
「わー、セラが素直になった! これは本当に氷が降るかも、だね」
「……うるさい」
そう言いながらも、セラの声にはどこか柔らかさがあった。
氷の魔女と霧の魔導士。
その距離は、少しずつ、けれど確かに近づいていた。