第22話:静かな決別
ミナの“優しさの選択”と、リオとの感情の交錯。
そして、セラの気付きと静かな変化。
朝の教室。
窓際に並ぶ光が静かに床を照らし、風の音が遠くで揺れている。
席についたミナは、手元のノートを開いたまま、ほとんど文字を書き込んでいなかった。
隣でリオが筆を走らせる。
そのリズムがいつもより丁寧で、言葉にできない気遣いがそこにあった。
「……ルゥナ、今日も反応なしかな」
ミナの呟きは、誰にも聞こえないほど小さかった。
授業が終わると、ミナはすぐに席を立つ。
扉の前で、振り返らずに「医療塔、行ってくるね」とだけ告げる。
誰かに止めて欲しいわけじゃない。
でも、誰かが気づいてくれることを、どこかで願っていた。
廊下を歩くミナの背中に、リオの声が届いた。
「ミナ、待って」
ミナは少しだけ足を止める。
振り返ると、リオが困ったように立っていた。
その表情は、言葉を探しているようで、それでも何かを伝えたがっていた。
「……クエスト試験、来週に決まった。セラ達と組むことになりそうなんだ」
ミナは小さく頷いた。
「そっか。……よかった、ちゃんと動いてるんだね」
「でも、お前は……本当に、クエスト出ないのか?」
少し沈黙が流れる。
ミナはゆっくりと目を伏せて、言った。
「うん。……あたしの魔力、今はルゥナのために使いたいの」
「それって……」
「前は、私が支援魔法を使って、誰かを守れるって、思ってた。
でも、守れなかった。あたしの魔力で……ルゥナは傷ついた。
だから、今度は……守るんじゃなくて、支えるって決めたの」
リオは何か言いたそうだったが、言葉にならなかった。
ただ、その視線に宿るものが、ミナの胸を静かに締めつける。
「……リオ。もし、ルゥナが回復したら……そのときは、あたし、もう一度そばに立つよ。
でも今は、あたしが一緒にいてあげなきゃ。魔力が足りなくても――気持ちだけでも届いて欲しいから」
リオが小さく頷いた。
その目の奥に、複雑な感情が揺れていた。
「わかった。待ってる。お前の戦いが、ちゃんと終わるまで」
少しだけ、ミナが笑った。
その笑みは寂しくて、でもどこか誇らしくて――痛いほど、あたたかかった。
◇
セラは廊下の柱にもたれて、二人の会話を遠くから見ていた。
「……セラ?」
その背後に立ったリリィが、小さな声で囁く。
「……大丈夫。少し、見ていただけよ」
「リオくんのこと、気になってる?」
セラは少しだけ間を置いて、言った。
「……そうね。 あの人の剣は、いつも誰かのために振るってる。
だけど、それ以上に、自分の痛みに気づいてないようにも見える。
それが、見ていて……気になるのよ」
リリィはにやりと笑う。
「ふふ。セラって、案外不器用なんだから。あたし、応援してるよ」
セラは顔を少し赤らめて、そっぽを向いた。
「応援なんて、別に――!」
「うふふ♡」
◇
夜。医療塔の一室。
ルゥナは布の中で、相変わらず静かに横たわっていた。
ミナはその傍らに座り、窓の外の月を見上げていた。
その光に、魔力がほんの少しだけ反応する。
ミナの掌が、ゆっくりとルゥナの背に触れた。
「今日も返事なかったね。……でも、あたし、もうちょっとだけ待てるよ」
声は震えていない。
でも、言葉の端々が、涙の影を引いていた。
「ごめんね。あたし、強くなりたいって言ってたくせに……
結局、誰かの痛みに気づくのが、遅かった」
「戦うのが怖いわけじゃない。
でも、もう少しだけ……勇気を“待つこと”に使ってもいい?」
布の中のルゥナが、ほんの一度だけ火光を灯した。
それは微かな反応。
だけど、ミナにははっきりと伝わった。
「ありがとう。……生きててくれて、本当にありがとう」
涙が、ゆっくりと頬を伝う。
その温度が、魔力に乗って、そっとルゥナに届く。
「今は戦えない。剣も魔法も振るえない。
でも、あたしの魔力は、全部――あなたの命を守るために使うよ」
◇
窓の外、夜風が静かに揺れる。
学院の灯が遠くで揺れている。
その光の先で、別の場所で、封印の扉が小さく軋んだ。
誰かの“痛み”が眠る場所――
そこに届いた“祈り”が、小さく波を立てていた。
それはまだ、誰にも知られていない。
でも、確かに次なる物語を呼び起こす、感情の共鳴だった。