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具現魔法使い、はじめました。  作者: ~~
灰の目醒め
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第21話「揺れる記録、眠る声」

《大試練祭》から数日。学院は静けさを取り戻しつつあった。

だが誰も知らない場所で、ひとつの封印がわずかに揺れはじめる。

魔導記録室の奥に眠る“感情の残滓”が、

幻獣の眠りと少女の祈りを通して、静かに目を覚ます――。

朝の空気が、淡く冷えていた。

《大試練祭》の熱が過ぎて数日――学院は、かつての静けさを取り戻しつつあった。

けれど、どこか空気が違っていた。


目に見えない風の流れ、ふと耳に届く魔力のひずみ。

誰もが口にはしないが、何かが「静かに変わっている」ことだけは、肌で感じていた。



訓練場の一角。

剣と氷槍が交差し、陽光の中で粒子が舞う。


「踏み込みが浅いわよ。いつもより力が抜けてる」

 

「……もう少し肩を下げた方がよかったかも」


リオは息を整えながら、セラの言葉を反芻する。

セラの指摘は鋭くて、でも冷たくはなかった。

それは、剣術ではなく“歩調”への助言のようにも感じられた。


リリィがその様子を遠くから見て、膝の上の筆記具をくるくると回しながら呟いた。


「このふたり、最近空気が似てきたよね。……なんだか、並んでるだけで絵になる感じ」


「黙って座ってて、リリィ」


「うんっ♡」


訓練場には穏やかな風が吹いていた。

ただ、その風の中に微かな“ざらつき”を感じ取ったのは、セラだけだった。



医療塔の静かな一室。

布に包まれた幻獣ルゥナは、ほとんど動かない。

その背には、傷ついた魔力の炎がまだ灯っていた。


ミナはそっと、その火光に触れていた。


「ねえ、ルゥナ。今日はね、訓練場でリオがちょっと転んだよ」


返事はない。

けれど、ルゥナの灯りが、ほんの一度だけ震えた。


「……ふふ、笑ってる?」


ミナの笑みは、静かだった。

でも、その瞳の奥には深い葛藤が渦巻いていた。


支援魔術。

あの日、自分が振るった“魔力”は、果たして守りだったのか。

幻獣に傷を負わせるほどの激戦に、魔力は本当に“優しさ”になれていただろうか。


「……もう、あたしは戦わない。戦えない。 魔力は、あたしの祈りに使う。そう決めたの」


その言葉は、誰に向けたものでもなく、

ただ布に包まれたルゥナの温度に、静かに染み込んでいった。



魔導理論Ⅲの教室では、ノアとエリナが資料の整理を進めていた。

いつも通り、無駄な声のない空間。

けれど、どこか“妙”な気配が漂っていた。


「……エリナ。魔力、流れてるか?」


「うん……でも、ちょっとだけ変な感じ。胸が、冷えるような」


ノアは筆を置いて、視線を奥の棚へ向ける。


「例の記録室、今夜解析に入る。封印区画だ。気をつけろ」


エリナはゆっくりと頷き、目を閉じた。

その瞬間、彼女の魔力が一度だけ震え、

誰にも見えないはずの“感情の粒”が、空気の奥底で共鳴した。



放課後――魔導記録室。


棚の奥、封印領域の前でノアは結晶槍を構えた。

触れるたび、壁がきしむ。

その音が、“歪み”であることに、彼はすぐ気づいた。


エリナはゆっくりと手を伸ばし、扉の表面に触れる。

そして、言った。


「……これ、泣いてる」


「何?」


「封印の奥。たぶん――誰かの“感情”が、閉じ込められてる」


ノアは黙って扉に魔力を流した。

中から、かすかな抵抗。

その奥にいる何かが、“拒絶”ではなく、“問いかけ”をしているような気配だった。


「痛みを……記録してる?」


その言葉が零れた瞬間、壁の奥で光が一度、軋んだ。



夜。学院塔の最上階から、微かな魔力の揺れが検出された。

報告は、翌日の議題へ送られ――

その中に、ひとつだけ妙な表記があった。


“反応主は非式標。属性不明。感応魔法に反応――記憶干渉痕あり。”


それは、エリナの魔法が一瞬だけ封印と接触した証だった。

封印の中で眠る“罪”が、感情に触れられたことで、ほんの一度だけ息を吐いた。



医療塔のミナは、眠るルゥナの背にもう一度手を添えていた。

その掌の魔力は、やさしく揺れていた。

火光が小さく応える。


「……待ってて。今は、ここにいるよ」


その夜の風は、誰にも気づかれないまま静かに吹き抜けていた。

けれど、学院の底に眠る“記録”は、確かに――目を覚ましはじめていた。



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