第20話:英雄は剣に微笑まない(後半)
《大試練祭》の余韻が残る中、学院最強・カインとのエキシビションマッチが始まる。
リオとミナが挑むのは、ただの実力差ではない。“痛み”を背負った剣だった――
空気が張り詰める。
カインの剣が、静かに構えを変えた。
それは、学院で誰も見たことのない“本気の構え”だった。
リオは剣を握り直す。
ミナは魔力を再構築しながら、ルゥナに呼びかける。
「お願い……もう一度、守って」
ルゥナが火光を纏い、翼を広げる。
風が巻き、空気が震える。
だが――
カインの剣が、空を裂いた。
一閃。
風を断ち、火を沈め、空間ごと押し潰すような圧。
リオが防御に入るが、間に合わない。
その剣は、彼の魔力の芯を狙っていた。
その瞬間――
ルゥナが、リオの前に飛び出した。
「ルゥナ!!」
炎の尾が揺れ、風が軋む。
剣が、ルゥナの翼を裂いた。
火光が散り、風が乱れ、ルゥナが地面に叩きつけられる。
「ルゥナ……っ!」
ミナが駆け寄る。
リオが剣を捨てて、ルゥナの元へ走る。
カインは、剣を構えたまま、動けなかった。
その瞳が、震えていた。
「……俺は……」
剣を見つめる。
その刃に映るのは、兄の影ではなかった。
傷ついた幻獣。
泣き叫ぶ少女。
そして、剣を捨てた少年。
「……違う。これは、違う」
カインは剣を下ろした。
そして、静かに言った。
「すまなかった......試合は終わりだ。」
◇
鐘が鳴る。
観客席が静まり返る。
誰もが、言葉を失っていた。
学院最強の剣士が、自ら“負け”を宣言した。
その理由は、誰にも分からなかった。
けれど――その剣が、痛みを抱えていたことだけは、誰もが感じていた。
◇
カインは、剣を納める。
リオに背を向けながら、ぽつりと呟いた。
「……ごめん。君にじゃない。誰かにでもない。
ただ、俺の中にあるものに……ごめん」
リオは、何も言わなかった。
ただ、ルゥナを抱えるミナの背に手を添えた。
「……ありがとう、ルゥナ。守ってくれて」
ルゥナは、かすかに火光を灯した。
その光は、痛みの中でも、優しかった。
◇
空は、夕焼けに染まっていた。
《大試練祭》――その終わりは、静かに訪れた。
そして、誰もが知った。
英雄は、剣に微笑まない。
その剣は、痛みを抱えていたから。