第20話:英雄は剣に微笑まない(前半)
《大試練祭》の余韻が残る中、学院最強・カインとのエキシビションマッチが始まる。
リオとミナが挑むのは、ただの実力差ではない。“痛み”を背負った剣だった――
《大試練祭》決勝戦が終わり、夕日が戦場を染める。
優勝者の名が告げられ、歓声が広がる中――
学院長が一歩前に出る。
「今年も素晴らしい試合だった。だが、祭の締めにはもう一戦、残っている」
ざわめきが広がる。
その名が告げられた瞬間、空気が変わった。
「前回優勝者――カイン=ヴァルストラ。
学院最強の剣士による、特別試合を行う」
観客席が一斉に沸き立つ。
カインは、学院の象徴。
誰にでも優しく、礼儀正しく、完璧な剣士。
だが――リオは、彼の視線を受けた瞬間、何かが違うと感じた。
◇
試合場に立つカインは、いつも通り穏やかな笑みを浮かべていた。
だがその瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
「リオくん。ミナさん。よろしくね。……全力で来ていいよ」
その言葉に、ミナが頷く。
リオは剣を構えながら、カインの足運びを見ていた。
軽い。
無駄がない。
それなのに、どこか“重さ”がある。
◇
試合開始の鐘が鳴る。
リオは初手から踏み込む。
ミナの支援魔法《加速結界・双奏》が展開され、速度を上げる。
「行くよ、ミナ!」
「任せて!」
ルミナブレードが光を纏い、リオの一閃がカインへと迫る――
だが、カインは剣を抜かない。
そのまま、魔力の圧だけでリオの剣を逸らした。
「っ……!」
空気が、押し返された。
剣が弾かれたのではない。
“空間そのもの”が拒絶したような感覚。
ミナが支援魔法を重ねるが、カインは一歩も動かず、魔力の流れだけで術式を崩す。
「魔法の軌道が……読まれてる!?」
リオは再び踏み込み、連撃を放つ。
剣が火光を纏い、ルゥナの風が後押しする。
その一撃――カインの瞳が、わずかに揺れた。
剣の軌道。
魔力の流れ。
それは、かつて暴走した“あの魔法”に似ていた。
兄を失った、あの夜の光。
◇
カインの笑みが、消えた。
次の瞬間――空気が変わる。
カインが剣を抜いた。
その動きは、誰にも見えなかった。
リオの剣が止まる。
ミナの支援魔法が弾かれる。
ルゥナが空中で軌道を乱され、風が裂ける。
観客席がざわつく。
「……え?今の、何?」
「カイン先輩……いつもと違う……」
セラが目を細める。
「……カイン、あなた……何を見てるの?」
◇
試合は、蹂躙へと変わっていく。
リオの剣が届かない。
ミナの魔法が崩される。
ルゥナが空を裂かれ、火が沈む。
カインの剣は、誰にも届かせない。
それは、痛みの行き場を探すような――悲しみの刃だった。
試合場に響くのは、剣の音ではなかった。
風が裂ける音。
魔力が軋む音。
そして、誰もが言葉を失う静寂。
カインの剣は、ただ振るわれているだけではなかった。
一撃ごとに、リオの動きを封じ、ミナの支援魔法を断ち、ルゥナの軌道を狂わせる。
「……これ、試合なの?」
観客席の一角で、誰かが呟いた。
「カイン先輩って、こんなに……冷たい人だったっけ?」
教師陣の間にも、緊張が走る。
魔導科主任が眉をひそめ、術式の流れを見つめながら言う。
「これは……技術じゃない。感情が、剣に乗っている」
セラは静かに立ち上がり、リリィの袖を握る。
「……カイン、あの剣。誰に向けて振ってるの?」
リリィは目を伏せたまま、答えなかった。
◇
リオは、剣を振るうたびに“拒絶”されていた。
カインの剣は、受け止めるのではなく、否定するように動いていた。
ミナが支援魔法を重ねる。
「《加速結界・三重奏》!」
魔力の流れがリオの動きを押し上げる。
ルゥナが風を纏い、火を旋回させて空から突撃する。
「今度こそ……!」
だが――
カインの剣が、空を裂いた。
風が消え、火が沈む。
ルゥナが軌道を外され、地面に落ちかける。
「ルゥナ!」
ミナが叫ぶ。
リオが剣を振るうが、カインは一歩も動かず、魔力の圧だけで剣を止める。
「……どうして、そんな目で俺を見るんですか」
リオの声が、震えていた。
カインは答えない。
ただ、剣を構え直す。
その姿は、学院の英雄ではなかった。
誰かを責めたいわけではない。
でも、どこにも行けない痛みが、剣に流れていた。
◇
観客席の空気が変わる。
「……これ、止めた方がいいんじゃ……」
「リオくん、もう立ってるのがやっとじゃ……」
セラが静かに言う。
「……これは、試合じゃない。
カインは、誰かを斬ってる。――でも、それはリオじゃない」
リリィが小さく呟く。
「……兄、だよね。あの夜の……」
教師陣が動きかける。
だが、学院長が手を上げて制止する。
「まだだ。――彼は、剣を振るっている。
その先に、何かを見つけようとしている」
◇
リオは、剣を構え直す。
ミナは、ルゥナを支えながら魔力を再構築する。
空気が、張り詰めていた。
そして――カインの剣が、再び動く。