第16話:交差する想い
観客席のざわめきが、徐々に熱を帯びていく。
《大試練祭》準々決勝――
リオ&ミナ vs ノア&エリナの試合が、まもなく始まろうとしていた。
「……いよいよだね」
ミナがリオの隣で深呼吸する。
その表情には緊張と、ほんの少しの高揚が混ざっていた。
「うん。全力でいこう。……ふたりとも、強いから」
「わかってる。でも、あたしたちだって――負けないよ」
一方、対岸のスタートラインでは、ノアが剣を構え、エリナが静かに目を閉じていた。
「……大丈夫?」
「うん。少しだけ、魔力の流れが不安定だけど……戦える」
ノアは短く頷いた。
「無理はするな。俺が前に出る」
「ありがとう。……でも、私も、守るだけじゃなくて、戦いたいの」
その言葉に、ノアの目がわずかに和らいだ。
そして、鐘の音が鳴る。
――試合、開始。
◇
先に動いたのはノアだった。
鋭い踏み込みとともに、木剣とは思えぬ重みのある斬撃がリオに迫る。
「……来る!」
リオはルミナブレードを構え、正面から受け止めた。
刃と刃がぶつかり合い、空気が震える。
だが、ノアの一撃は想像以上に重く、リオの足が半歩だけ後退する。
「やっぱり、速い……!」
その瞬間、ミナの支援魔法が発動した。
リオの足元に淡い光の陣が浮かび、身体の重心が自然と整う。
魔力の流れが滑らかになり、剣の軌道が安定する。
「ありがとう、ミナ!」
「うん、任せて!」
一方、エリナは後方で詠唱を始めていた。
だが、その魔力の流れはどこか不安定だった。
言葉に詰まり、魔法陣の光が一瞬だけ揺らぐ。
「……っ!」
そのわずかな乱れを、ミナは見逃さなかった。
彼女の指先がふわりと動き、召喚陣が展開される。
「ルゥナ、お願い!」
幻獣ルゥナが地を駆け、エリナの足元に飛び込む。
その動きは攻撃ではなく、ほんの一瞬、バランスを崩させるだけの牽制。
だが、それで十分だった。
「エリナ!」
ノアがすぐにカバーに入る。
剣を振るい、ルゥナを退けると同時に、エリナの前に立ちはだかる。
だが、その動きは明らかに“守り”に回ったものだった。
連携が、一瞬だけ乱れる。
リオはその隙を見逃さなかった。
ルミナブレードに魔力を集中させ、踏み込む。
「……今だ!」
ノアが剣を構え直すが、体勢がわずかに崩れている。
リオの斬撃がノアの防御を押し返し、バランスを奪う。
その瞬間、ミナの魔法が重なる。
光の矢が空中から降り注ぎ、ノアとエリナの間に着弾。
爆ぜる光。
そして――
試合終了の鐘が、静かに鳴り響いた。
勝者、リオ&ミナ。
◇
静まり返る会場。
リオは剣を下ろし、荒い息を吐いた。
その手はまだ震えていた。
勝った――けれど、胸の奥には言葉にできないざわつきが残っていた。
ノアはゆっくりと立ち上がり、リオに手を差し出す。
「……おめでとう」
「……ぁあ、お前が毎日付き合ってくれたからな。」
ふたりの手が、しっかりと握られる。
エリナは静かに頭を下げた。
「……ごめん、足を引っ張った」
だが、ノアがすぐに言葉を返す。
「違う。お前がいたから、ここまで来られた」
ミナも、そっと言葉を添える。
「でも……もしエリナが本調子だったら、きっと結果は違ってたと思う」
エリナは驚いたように顔を上げ、そして小さく笑った。
「……そうだといいな。でも、今は――悔しい」
「その悔しさ、次にぶつけてよ。あたしも、もっと強くなるから」
ふたりの少女が、静かに手を取り合う。
そこにあったのは、勝者と敗者ではなく、
“同じ場所を目指す者”としての敬意だった。
◇
その夜、リオはひとり、訓練場のベンチに座っていた。
勝ったはずなのに、胸の奥が少しだけざわついていた。
そこに、ノアが現れる。
「……お前、強くなったな」
「お前も。……でも、まだまだだよ」
ふたりは並んで座り、夜空を見上げた。
交差した想いは、まだ終わらない。
けれど、確かに――前に進んでいた。