第14話:揺り戻しの日常
一日が、終わる。
けれど、何かが確かに変わり始めていた。
夜の帳が下りた学院の門を、三つの影がくぐった。
リオ、ノア、そしてエリナ。
事件の余波をまとったまま、静かに寮へと戻ってきた。
「リオ!」
駆け寄ってきたのは、ミナだった。
寮の前でずっと待っていたのだろう。
その顔には、怒りと心配が入り混じっていた。
「どこ行ってたの!? なんで連絡もなしに……って、えっ、怪我してるじゃん!」
リオの腕に巻かれた包帯を見て、ミナの声が一段高くなる。
ノアの袖も破れ、エリナはまだ意識が浅いままだ。
「……ごめん。ちょっと、いろいろあって」
リオが苦笑すると、ミナは眉をひそめたまま、
それ以上は何も言わず、エリナの肩をそっと支えた。
その後、学院には警備隊――いわば魔導警察のような部隊が駆けつけた。
リオたちが案内した地下通路は、すでに魔力の気配すら消えていた。
「……痕跡はあるが、肝心の犯人の姿はどこにもない。
魔導具も、魔力の残滓も、ほとんどが処理されている」
調査員のひとりがそう呟いた。
まるで、最初から“何もなかった”かのように。
ただ、崩れた壁の隙間に落ちていた魔導具の破片だけが、
異国の紋章をかすかに残していた。
それでも、学院は日常を取り戻そうとしていた。
事件は“未確認の魔力暴走”として処理され、
生徒たちには詳細が伏せられたまま、静かに幕が引かれた。
だが、リオたちの中には、確かに何かが残っていた。
感情の檻を越えた絆。
そして、まだ見ぬ“敵”の気配。
夜の寮の窓辺で、リオは空を見上げた。
その隣で、ミナがそっと言った。
「……今度は、ちゃんと話してね」
「……ああ。ありがとう、ミナ」
静かな夜風が、ふたりの間を通り抜けていった。
事件から一日。
学院は、何事もなかったかのように動いていた。
けれど、リオの中では、まだ何かが揺れていた。
講義の内容は頭に入らず、
ノートの端に無意識に剣の形を描いていた。
――ノアの剣。
あのとき、確かに背中を預け合った感覚があった。
放課後、廊下でノアとすれ違う。
彼は一瞬だけ立ち止まり、リオに目を向けた。
「……訓練、明日付き合え」
それだけ言って、歩き去っていく。
リオは少しだけ笑った。
「……うん、わかった」
その様子を、少し離れた場所から眺めるふたりの姿があった。
セラとリリィ。
「ねえ、ノアと話してたのリオよね? 何かあったの?」
「うーん……ちょっとだけ、剣の人と仲良くなったかもね」
冗談めかしてリリィが答える。
少し間を置いて、ふたりは顔を見合わせて笑った。
夜。
窓の外には、静かな星空が広がっていた。
リオはベッドに横たわりながら、
ルミナスソードの柄にそっと手を添えた。
あの光は、きっと偶然じゃない。
想いが、剣に届いたのだとそう思った。
そして、遠く離れた医務室のベッドで、
エリナは静かに目を閉じていた。
まだ言葉にはならない想いが、胸の奥で揺れていた。