第12話:共鳴の檻
翌朝、学院の空気はどこか落ち着かないものだった。
昨日の街中での暴走事件は、すでに学院内でも噂になっていた。
だが、リオの胸を重くしていたのは、別のことだった。
――エリナの姿が、どこにも見当たらない。
講義にも姿を見せず、寮にも戻っていない。
ノアは無言で教室を出ていき、それきり戻ってこなかった。
日が傾き始めた頃、リオは学院の裏手でノアを見つけた。
壁に拳を叩きつけた跡が、赤く残っている。
「……何かあったのか?」
リオの問いに、ノアは振り返らない。
「エリナが何処にも居ない.....」
「奴らは、感情魔法使いを狙ってる。予選で目立ったエリナが、標的になった。……たぶんな」
「それだけ、で済ませるのかよ」
リオの声に、ノアがようやく振り返る。
その目には、怒りと焦りが滲んでいた。
「……感情魔法を使う危うさを、俺はずっと見てきた。それなのに」
「探そう。俺たちで見つけるんだ……きっと無事だそう信じてる」
しばしの沈黙のあと、ノアが低く言った。
「……言われなくてもそのつもりだ。エリナの魔力の痕跡、街の地下に残ってた」
「一緒に行く。お前ひとりじゃ、無理だ」
ふたりは並んで歩き出す。
その背中には、まだ距離があった。
だが、同じ方向を向いていた。
街の地下通路。
かつて使われていた古い魔導排水路の奥に、微かな魔力の残滓が残っていた。
「……ここだ」
ノアが立ち止まり、剣に手をかける。
リオも魔力痕跡を探る。
そのとき、空気が震えた。
――罠だ。
魔力の波が爆ぜ、ふたりの足元に魔法陣が浮かび上がる。
空間が歪み、出口が閉ざされる。
「閉じ込められた……!」
「くそっ、やっぱり仕掛けられてたか!」
リオは、ノアの中にある焦りと怒りを感じた。
「きっとこの先にエリナがいる。先に進むぞ。」
しばらく進むとそこに、エリナはいた。
魔力を封じられ、意識を失っていたが、傷は浅かった。
「……間に合ったな」
ノアが剣を収め、リオが駆け寄ろうとしたその瞬間――
空気が震えた。
部屋の奥、闇の中から一人の黒衣の男が姿を現す。
顔は覆面で隠されていたが、その魔力の気配は異様だった。
「……来るのが早すぎたな。だが、十分だ。
感情魔法の干渉データは取れた。あとは――」
男が手をかざすと、床に複雑な魔法陣が浮かび上がる。
「共鳴封鎖陣――“感情の檻”」
瞬間、空間が歪み、リオとノアの周囲に魔力の檻が展開された。
空気が重くなり、胸の奥がざわつく。
怒り、恐怖、後悔――抑えていた感情が、次々と浮かび上がってくる。
「くっ……これは……!」
ノアが剣を構えるが、手が震えていた。
リオもまた、魔力の流れが乱れ始めているのを感じていた。
男は檻の外から、冷ややかに言い放つ。
「感情に囚われた者は、いずれ自滅する。
その力を使うなら、せいぜい気をつけることだな」
そして、男の姿は魔力の霧とともに掻き消えた。
残されたのは、感情を乱す檻と、
その中で崩れかけるふたりの気配だけだった。