第11話:兆しの歪み
「最近、他校で感情魔法使いが狙われる事件が相次いでいる」
教師の言葉に、教室がざわついた。
週末を目前に控えた午後の講義。
その話題は、いつもの授業とは明らかに空気が違っていた。
「詳細は伏せられているが、いずれも魔力を奪われかけた形跡がある。
感情魔法は強力だが、同時に“利用価値”も高い。……気をつけろ」
その言葉が、リオの胸に妙な重さを残していた。
――そして、休日。
街は穏やかな陽光に包まれ、広場には買い物客や子どもたちの笑い声が響いていた。
リオはひとり、学院の寮から少し離れた通りを歩いていた。
特に目的があったわけではない。ただ、気分転換に外へ出たのだ。
そのときだった。
広場の一角で、突然空気が震えた。
魔力の奔流。制御を失った感情魔法の暴走――。
「下がって!」
リオは咄嗟に駆け出し、暴走の中心にいた少女をかばう。
彼女の周囲には、赤紫の魔力が渦を巻いていた。
目は虚ろで、感情が暴走に呑まれているのがわかる。
リオが魔力を展開し、干渉を試みようとしたその瞬間――
「動くな。下手に触れると、共鳴が拡がる」
冷静な声が背後から響いた。
振り返ると、ノア=ヴァルディアが立っていた。
その隣には、エリナ=シェルヴァの姿もある。
ノアは剣を抜き、魔力の渦を切り裂くように一閃する。
エリナは魔法陣を展開し、少女の感情を静かに鎮めていく。
やがて、魔力の暴走は収まり、少女はその場に崩れ落ちた。
「……魔力を吸われかけてた。完全に意識が飛んでたわけじゃない」
エリナが少女の様子を見ながら呟く。
「この魔力……誰かの感情が混ざってる。
本人のものだけじゃない。……外から干渉されてた」
ノアが周囲を見渡し、低く言った。
「これは自然な暴走じゃない。……誰かが仕掛けた」
リオは少女の手元に落ちていた小さな金属片に気づく。
それは、魔力を増幅・転送するための“共鳴触媒”だった。
その夜、学院に戻ったリオは、ふとエリナの言葉を思い出す。
「予選で感情魔法を使った私も、狙われるかもしれないね」
その笑みは冗談めいていたが、どこか本気にも見えた。
そして、誰も気づかぬ屋根の上。
黒いフードを被った何者かが、事件のあった広場を見下ろしていた。
風に揺れる外套の裾に、見慣れぬ紋章が刻まれていた。