虚構の目撃者たち
「記録に残らない“現象”が、世界を揺らした――」
その日、《ケイオス・レイズ》は静かにざわついていた。
中枢塔で発生した“構文帯崩壊事故”は、
演算構文官の誰もが――口に出せないほど恐れていた。
【公式記録:破損】
【観測映像:欠損】
【演算軌跡:存在せず】
だがそれでも、“その存在”を見たという者がいた。
「コード未登録の少年が、空間を破壊したらしい」
「いや、逆だ。存在の方が世界を書き換えたって話だ」
「てか、名前すら記録されてねえ。記憶なのか、夢なのかすら曖昧……」
それは“噂”のかたちを取りながら、確かに拡がっていた。
一方その頃――
当のナオ=ミカド本人は、部屋のベッドで目を覚ましていた。
天井の光は変わらず淡く、身体には重さが残る。
(あれ……また、途中で意識が……)
思い出せない。試験に向かい、演算空間に入ったまでは覚えている。
でもその先にあるはずの記録が、思考から“滑り落ちて”いく。
ベッドサイドの端末には、通知が一通。
【再定義試験:終了処理済】
【結果:定義未完/特異構文対象】
【行動制限解除:学園生活への復帰を認可】
「――は?」
自分は、何も……してない。
なのに、なぜ“処理されなかった”?
なぜここにいる? なぜこの部屋で目覚めた?
学校に戻れば、“空気”は明確に変わっていた。
誰もがナオを避けて歩きながらも、時おり視線だけは刺してくる。
無関心でも敵意でもなく――あれは、畏怖だ。
「……こいつがそうらしい。塔を壊したって噂の」
「視界に入れた演算官が発狂したって……ホント?」
ナオは黙って廊下を歩いた。全ての靴音が浮いて聞こえる。
世界が、自分を“語らないようにしてる”のが、わかった。
ある日、授業の終了後。
ひとりの少年が声をかけてきた。
「よう。“存在記録からは削除されたはずの人間”って、君か?」
少年の名はミール=レフ・ヴァイス。
コード名:時制錯誤者候補
生徒でありながら理文省からも監視される“危険観測対象”だった。
「君の中には“語られる側じゃないもの”がいる。……自覚、ある?」
ナオは答えられなかった。けど、身体のどこかが反応していた。
「安心しな。俺も少し似てるから」
ミールの笑みは、“時間”を知っている者のそれだった。
ナオはその夜、夢を見た。
否――それは夢というにはあまりに“情報が濃かった”。
歪んだ演算柱。記録から抜け落ちた文字。
そして、立っていた。“自分でない自分”が。
『君が拒んでも、いずれ僕はもっと前に出るよ』
『君は、“語られなかった少年”で、僕は“語られすぎた神”だ』
『……いずれ、重なる。その時が来たら、君が“語って”くれ』
目が覚めたとき、ナオの手のひらには、焦げついた“記述”が浮かんでいた。
【Code:Null=Narrator】
【副定義:語られざる構文】
翌朝。
コード官からの呼び出しが届く。
だが、それは処罰でも尋問でもなく――
【特別演習クラス:構文異常対処班(仮称)に選抜された】
【理由:君自身が“最大の異常構文”であるため】
――ここに、“理外の存在”が正式に記録へと歩み出す。
世界はまだ知らない。
語られる者が、いずれ語る側になることを。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
作品の文字数はこれくらいで進めていく予定です。
次回もよろしくお願いします。