語るもの、目覚めよ
「……俺は、誰なんだよ。
こんなにも必死なのに……何も、証明できねぇ……!」
《エクス=レクス》――中央演習塔。
この世界で“存在の正当性”を測る場所に、ナオ=ミカドは一人立たされていた。
「定義コード未所持、構文適応ゼロ……存在階層、未満。
再定義試験の実施を認可する。――処理班、展開」
無感情な声と共に、空間が軋む。
虚空から現れたのは、全身を重装の神性演算鎧で覆った一人の男。
コード名:ゼス=シェイド。理鎮圧官、つまり“存在異常者”の即時処理専門部隊の実行者だった。
「貴様の存在は理の網にかからず、記録にも記述にも残らない。
“語られていない存在”は、世界に不要――よって排除する」
ナオは一歩下がった。喉が焼け付くほど乾く。
逃げ場は、どこにもなかった。
「待っ……俺は、ただ、“ここにいたい”だけで……!」
ドン、と音を置くように、シェイドの足が動いた。
風圧が時間を巻き込み、視界がぐらつく。
ナオは身構えたが、反応より先に拳が来た。
──意識が、途切れる。
闇。
身体の感覚が消える中、どこか遠くで揺れている“視点”だけが残る。
そして、聞こえる。
どこでもなく、心の奥底から、
それでいて“心”とは異なる何かから。
『ここまでよく粘ったね。もう、休んでいいよ。
さあ――ここからは、僕が“語ってあげよう”』
次の瞬間、空間が“止まった”。
いや、止まったようにしか見えないほど、全てが遅くなった。
シェイドの再起動構文が起動する前に、演算帯が裂ける。
音もなく、意味だけが崩れるように。
「っ……何……この、重圧……⁉」
目の前に立っていたのは、さっきまで無力だった少年ではない。
血に濡れた制服、崩れかけた構文盤の中心。
それでも姿勢は静かで、ただ――
その瞳だけが、“世界を語る者”のものだった。
「君たちは、“語られる世界”に生きてる。
でも僕は、“語る側”から来たんだよ」
シェイドの全身装甲が瞬時に演算硬化する。
神性弾をまとった拳が唸りを上げ、突き出される。
だが、その刹那。
『戦闘記述式:語彙先制(Narrate First)』
シェイドの身体が、空中で“止まった”。
凍結ではない。“次に動く”という記述そのものが消された。
『解析完了。記述抹消。君は、ここに描かれていない』
ズンッ。
構文の網が崩れ落ちる音を立てて、
ゼス=シェイドという“語られていた存在”が、消えた。
痕跡も、記録も、再構築も不可能。
演算官たちは遠隔構文視から言葉を失っていた。
「な、何が起きた……? 構文障壁が機能していない……!」
「いや、あれは“読み直された”……まるで彼の言葉が、世界に先行してる……!」
“語っていた”ナオ=ミカド……否、“イド”は構文盤に指を走らせた。
そこに浮かび上がる、世界に属さない記述。
【Code:Null=Narrator】
【定義:語る側】
【副定義:世界、黙って聴け】
それから数分後――
ナオは目を覚ました。
焼けるような頭痛。揺れる視界。
目の前には、崩れかけた試験空間と、誰もいない静寂。
「……あれ……? ……俺、なんで……ここに?」
視界の片隅、構文盤には一言だけ残っていた。
『初稿、終了。次は君が書く番だよ。』
——語られぬ少年に宿る、語り手の声。
世界が定義を与えぬなら、
彼が世界を“語り直す”しかなかった。
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