表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Genesis of Deicide  作者: キキ
第三章 無構文世界/Narrative_Zero
42/60

語義亡命者/クリム=ヴァーシュの祈り

「語義なんて、本当は信じたことなかった。

でも、“語らなければ存在できなかった”世界で、

私は……それしか、生きる方法を知らなかったんだよ」


ゼロアークの境界警報が初めて鳴った。

音はない。だが静かに揺れる構文排斥膜。

それは外部構文国家からの入域者が、“語義を持ったまま”領域へ侵入していることを示していた。

ただし、警告波形の中に記されていたのは、ひとつの申請コード。


【語義亡命者登録:クリム=ヴァーシュ】

【理由:語義を捨て、語られなかった者の側へ帰属したい】

【備考:語義“うまく笑えるように”を自壊させ済】


迎えに出たナオとコトの前に現れたのは、

構文制御省の高位語義士だった少女――今はただの、傷だらけの旅人。


彼女は、笑わなかった。

それでも微かに、かつて使っていた語義の残響だけが、空気に滲んでいた。


その場の空気が、かすかにゆらいだ。

言葉にはならない、でもたしかに“笑おうとしていた”構文の残り香が、

風の粒に染み込んで浮かび上がる。


それは、誰かの前で作っていた“安心させる微笑み”。

構文名《うまく笑えるように》。

語義が崩壊した今も、彼女の胸の奥に――笑いたかった記憶だけが残っていた。


頬の筋肉がわずかに痙攣する。

微笑の癖が、無意識に戻ろうとする。

でも、笑えない。

笑うことを手放して、ここに来たのだから。


「ねぇ……あのとき、“笑えます”って言えたから、

あの人たちは……私の痛みを見てくれなかったんだ」

その声は震えていた。

けれど、そこに言葉以上の“真実”があった。


ナオが、一歩前に出る。

目を合わせないまま、ただ隣に立つ。

語らない沈黙が、

“今度は笑わなくてもいい”という許しになって、

そっと彼女の肩に降りた。


――構文が壊れても残る“笑顔のくせ”は、

語らなかった痛みの、いちばん深いところにあった。


「私、“構文”でしか愛されたことがなかった。

語義が崩れたら、誰も私を振り向かなかったんだ。

でも、この場所は違うんでしょ。

語らなくても、誰かに残されてていい場所なんでしょ……?」


ナオは頷いた。

ただそれだけで、彼女の目に涙が浮かんだ。

“語られた者”が、“語られなかった側”へ。

その越境は、構文社会にはない新しい道だった。


だが――そのとき。

ゼロアーク内で、未記録波形が蠢く。


【予兆反応:構文亡霊因子の混入】

【クリムの破損語義“うまく笑えるように”が共鳴波形を持続中】

→【警告:沈黙領域への語義の染み出し】


破壊されたはずの語義が、

彼女の体温の奥で、まだ微かに命を持っていた。

そして、それがゼロアークの“語られなかった風景”たちに――

影のように、音もなく侵食を始めていた。


――語義を捨てた者が、“語らなかった世界”に遺した最後の問い。

「本当に、語りを捨てても……私はここに居ていいの?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ