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Genesis of Deicide  作者: キキ
第三章 無構文世界/Narrative_Zero
36/60

余白に、朝が降りる

三章も頑張っていくのでよろしくお願いします。

――この世界は、ようやく語りたくなかった声に、

「語らないままでいてもいい」と返せるようになった。

だけど、それは“語られないまま残る”という、

新しい孤独を孕んでいる。


構文塔《Chair_0》の演算が止まってから、五日目の朝。

語義候補たちの多くはそれぞれの故郷へと戻り、

語義戦の記録は、語義のない沈黙として保存されることになった。

新たな神は、存在しない。

ナオ=ミカドの名は記録されなかった。

けれど《Chair_0》は、確かに彼の沈黙を“語義未登録のまま”で受け入れた。


語義制御省は混乱していた。

何も語らずに構文座を起動させたナオに、制度としての名称を与えるかが決まらないまま、

構文管理アーキテクチャそのものが停止。


【語義システム:Lv.0構文波形未定義による接続不能】

【エラーコード:No_Narrator】

→「語る者が存在しない場合、演算対象が不在になります」


それは“語らなくても存在できる者”が神となったことによる、

世界のエンジンの崩壊だった。


その朝。

ナオは、構文塔からひとりで歩いて街外れへと向かっていた。

語義戦の観衆たちはすでに散り、

この町に残っていたのはほんの数人の――“語れなかった者たち”だけだった。

そのひとり。

コト=ヴェインが、焚き火の前で膝を抱えている。


「ナオ……お前、あのときさ。

……俺を助けたんじゃなくて、“何も奪わなかった”だけだったんだよな」


ナオは言葉を返さない。

でも、静かに隣に腰を下ろす。


そのとき。

空のどこかで、構文波形と似た微かな軋みが響いた。

だけどそれは、誰の構文でもなかった。

記録されなかった()()()()――


空が、呼吸したように思えた。

それは風でも雷でもなく、

ただ、世界が“語られなかったまま残された何か”を、

そっとひとつ、受け取った音だった。


ナオは空を見上げた。

焚き火の音がかすれ、コトの目がわずかに見開かれる。

音は消えた。

けれど耳に残るわけではなかった。

それは、“耳で聞く前の音”――

言葉になる手前の衝動に、よく似ていた。


「あれ、なんだろうな……」

とコトが言う。

答えはない。

ナオは立ちあがり、靴のつま先を少しだけ地面から浮かせ、また落とした。

それは、何かに“応えた”動作のようにも見えた。

まるで、沈黙そのものが、

語られなかった声に向かって「ここにいる」と返したような仕草だった。


――語られなかった音が、

誰にも意味を求められないまま響いたとき、

世界は初めて、“記録されないまま残る存在”を祝福しようとしていた。


コトがぽつりと言う。

「なあ。語りじゃなくてさ、

語りそこなったことをそのまま残す……そういうやり方って、ないのかな」

ナオは答えない。

コトが立ち上がり、ふたりで歩き出す。

その先にあるのは、“語義のない領域”――


こうして、世界は「語ることのない者たち」が

一歩目を踏み出せる朝を、ついに迎えた。

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