神格記録の再演算/イドの椅子
「彼は語らなかった。
でも、語りたかったことは確かにあった。
だったらそれは、“語り”になれなかっただけの“神義”だったのかもしれない」
構文制御省・第零記録帯。
数十年もの間封印されていた演算座標が、
《Lex_Seed》の出現によって自動的に再演算を開始する。
【座標開示:語義神格候補《イド=クロニア》】
【構文分類:記述不能属性/最終演算記録あり】
【備考:当時の語義候補記録、全文消去】
【唯一の残留記述:『椅子には、語って座る者だけが許されるのか』】
演算機構が再生する。
古い記憶。
だが誰にも“言葉にされなかった記憶”。
ナオは制御塔の記録室で、それを見つめていた。
映像にも音声にも変換されていない。
だがそこに、確かに沈黙の塊のような彼が立っていた。
制御官のひとりが、言った。
「この記録波形は、“語られなかったものを神性と認めるか”という演算そのものだった……」
別の官が告げる。
「そして我々は、その演算を――停止させたんだ。
『語義とは語られなければ意味にならない』という前提で」
だが今、それが覆されようとしている。
コト=ヴェインの語義発芽。
ナオ=ミカドの構文遮断領域。
語らなかった者たちが、語義の根源に触れている。
構文制御省は、ついに決断する。
【通知:神格構文座《Chair_0》に対する再資格確認演算開始】
【対象:語る者、語らなかった者、語り損ねた者】
【補助演算構文名:《Genesis of Deicide》】
――神の椅子は、語られた者だけのものではない。
語りたかったのに語れなかった者、
語らなかったまま寄り添った者、
その全てに対して、“神性という問い”は開かれ始めた。




