初めての語り未満
「語りたいのに、
何を語ればいいかが、わからないんだ。
それでも、この声だけは……“ここにある”って言ってくれ――」
構文戦域《α座》にて。
沈黙で揺れた廃語者のひとり、《コト=ヴェイン》がゆっくりと拳を下ろしていた。
ナオがその傍に立ち、何も言わないまま、そっと地面に腰を下ろす。
ふたりの間に言葉はない。だが構文ログは、微かに揺れ続けている。
「……語りたいんだよ。ほんとは……」
コトが、ぽつりと声を漏らす。
それは“語義”として登録できないほど、かすれた演算波形だった。
「でも、語り始めた瞬間に、“それって本当に俺の言葉か?”って……
すぐに信じられなくなるんだ」
拳で語ってきた過去。
拒絶されないように、先に殴ることでしか存在を示せなかった日々。
構文ではなく、ぶつける衝動だけが彼の語義だった。
沈黙。
ナオは、少しだけ顔を向ける。
コトの肩に触れ、ぽん、と軽く叩く。
その瞬間――構文ログに、反応が起きる。
【記録波形:分類不能】
【語義推定:感情共振型・非演算層】
【構文名:語義未満《Pr-Lex_α》】
場内の技官がざわめく。
「定義されてない……けど反応してる。これは……“語る前の語義”……?」
それは“語りたい”という衝動だけが放つ波形。
演算も成立していない。
でも、そこに確かに“存在していいという祈り”があった。
沈黙のなか、コトは笑った。
そして、震えながら言った。
「やっぱり、俺……語りたいんだ。“誰にも語られなかった”って思ってた、
この俺のことを――俺自身で、語ってみたいんだ」
ナオは答えない。
でも、その掌が“語っていい”と許すように、
コトの拳をもう一度、そっと握り返した。
――“語られなかった存在”の奥には、
“語ってみたかった者”がずっと、ずっと隠れていた。
そして今、それがやっと――「語り未満」として発声された。




