表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Genesis of Deicide  作者: キキ
第二章 神格継承戦争/Deicide-Game
22/60

語義閉鎖と囁きの涙

沈黙領域の中心で、エルヴィアの足音が崩れるように乱れていく。

語ることを封じられた空間に、彼女の呼吸音だけが不安定に残る。

焦りが喉元を締めつけ、語彙を探そうとする舌が空を叩く。


(言葉が、出ない――)


彼女の視線が泳ぐ。

過去に繰り返し語ったフレーズを思い浮かべても、

《シル・サプレッサ》の遮断によって、構文律は一切起動しない。


(語らなきゃ……私じゃなくなる……語ってた私が、全部消えてく……)


ナオの沈黙が怖かった。

それは暴力ではなく、優しさでもなく――

「語らなくても存在できる人間がいる」という事実だった。


エルヴィアは手を握る。

その拳は、語りたい想いではなく、

()()()()()()()()()に震えていた。

そして、ぽつりと――

言葉にならない声が、やっとこぼれる。



「語りたかったんだ。ずっと。

でも――“語られた途端、全部が嘘みたいになる”って、思ってしまった」





語義候補《エルヴィア=セリュー》は、“語ることだけが生存方法”の少女だった。

構文属性:語彙積層《Stack-Lex》――語った言葉の数だけ防御力が強化される語義。

その日も、彼女は声を振り絞っていた。


「私は生きてる。私はまだ大丈夫。私はここにいる――」


戦域にて、彼女は文字通り“語ること”で自身を保っていた。

語らないと演算構文が崩れ、自分が世界に埋没してしまう不安が常に心を支配していた。


その相手に指名されたのは――ナオだった。


「……君さ、語らないってこと、怖くなったりしないの?」


問いかけるエルヴィアに、ナオは答えない。

ただ、静かに《シル・サプレッサ》を展開し、語りを封じる空間を現出させる。

そして――自分も沈黙に入り、

彼女に語りを止めるように促す仕草だけを見せる。

エルヴィアは震える。

唇が動く。声が掠れる。だが語義構文が封じられているため、彼女の語彙は世界に届かない。


「ねえ、お願い、語らせて……!

語らなきゃ、“わたし”が消えちゃう……!」


ナオはゆっくり近づきながら、

ひとつだけ拳を構える。

“語らなかった者”が、語りすぎた者に手渡す、唯一の対話手段。

その拳は振るわれなかった。

ただ――エルヴィアの震える手に触れただけだった。


沈黙が続く。

けれど、その手の温度だけが彼女の語義層を上回った。


その瞬間――エルヴィアの語彙積層が崩れ、

防御構文が解除されていく。

演算が“語るために構築されたもの”であるなら、

語らずに触れた温度は、()()()()()()()()()()()()()()()()になった。


涙が落ちた。


「……わたし……語られるの、怖かったんだ……

語った言葉が、“ほんとの自分じゃなかった”って、思いそうで……」


ナオは言葉にせず、ただ手を握っていた。

その手が、“語りたいけど語れない”者にとって、

何よりも雄弁だった。


エルヴィアは、ナオの手の温度にすがるように指先を動かした。

震えるような弱い握り返しだったけれど、

その動きの中には――「言葉にしなくても届くものがある」と気づき始めた印が確かにあった。

沈黙の中で、彼女の瞳がふと揺れる。

それは“語られたくない”という拒絶ではなく、

語られても、少しだけなら許してもいいと思えた瞬間の震えだった。

そしてほんのかすかに、唇が動いた。

声にはならなかったけれど、

その口元はきっと、「ありがとう」と言っていた。


語らずに伝えられた感情が、

ようやく彼女自身の語彙に戻っていこうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ