語義の外側で立ち尽くす者たち
「語る資格なんて、最初から持ってない。
でも、語られたくなかった人間が泣いてるなら――俺は、ただ立っていたいんだ」
構文監視層・第三観測塔。
監査官アスラン=ユデルは、演算記録を何度も巻き戻していた。
そこには構文律も術式も記録されない、真っ白な空白。
【戦闘記録:ナオ=ミカド vs セイ=ローザ → データ欠損】
【戦闘記録:ナオ=ミカド vs ダリオ=ヴァント → 部分演算不能】
「これは……演算から漏れてる。
語られなかった者として“構文そのものを無視している”」
助手が震えながら答える。
「けど、それでも戦場は“更新”されているんです。
まるで……沈黙が構文より先に物語を進めてるみたいに」
その頃、ナオは訓練区画の片隅にいた。
自分が“戦ってしまった”ことすら、うまく消化できていない。
拳を下ろすだけで、構文がざわつく。
もう自分の言葉は、“黙っていても構文層に干渉する”ほど異常なのだ。
そこへ、そっと近づいてきたのは――セイだった。
「……あたし、あんたのこと“語られたくない奴”だって思ってたけどさ」
ナオは顔を上げずに訊く。
「違うのか?」
セイは首を振った。
「“語れなかっただけ”の人間に、
初めて“語られたい”って思っちゃったの、あんたが最初だったよ」
その言葉が、ナオの心を打った。
“語られたくなかった過去”が、自分のなかにも確かにあったから。
一方、語義候補が第三区域で暴走する。
構文属性:拡声。
自らの語義を“他者の語りに強制上書き”する特殊干渉。
彼に“語られた者”たちは――自分自身の語りを奪われていく。
苦しむ候補者たち。
だがその中で、ひとりだけ言葉を取り戻せた者がいた。
“ナオに、拳で語られた者”――ダリオだった。
「……俺は、語りたがりだった。
けど今は、語られない拳に“何かをもらった”気がするんだ」
彼が一歩踏み出したとき、《拡声》構文が歪む。
沈黙は語りに勝てないと、誰が決めた。
その瞬間――第三戦域で、沈黙が語りの侵食を押し返した。
構文制御層が再びざわめく。
沈黙の演算干渉が世界記述に影を落とし始めていた。
――語る者が、語らない者に導かれるなら、
そこに初めて“語る資格”が生まれるのかもしれない。