語りすぎた剣、語らない刃
「語るってのはな、“誰かに語られない”ための抵抗だった。
けど今は違う。語れば勝てる。……それが、戦場だ」
語義候補は、異名で呼ばれていた。
“語られし剣”
かつて語りによって鍛造された構文兵装《語義剣=Lex-Blade》を唯一所有する男。
構文属性:破語
《α座》に展開された第二戦域に、
ダリオは“語るように”歩いてきた。
「俺に必要なのは、ただ語ること。
それだけで、世界の輪郭が斬れるようになったんだ」
彼の後ろで、構文が浮く。
【Lex-Blade/語義剣:記述構文“斬語”展開中】
【発話演算式:『切除』にて対象語彙範囲指定可】
対するのは、ナオじゃない。
語義候補《ソウ=フェイン》。
彼女の語義は“遮断”、言葉を閉じる者。
「……あんたみたいな“語りたがり”を見ると、喉が痛くなるの」
構文遮断術式《Mute=Shell》を展開。
だが、ダリオは構わず“語り”を続けた。
「この剣は、俺が“語られたい”と思い続けた全ての言葉で鍛えた。
だからお前みたいに“語られたくない”奴には、致命的に効くぜ」
構文が火花を散らし、演算が斬撃となって走る。
文字が形となって襲いかかり、語彙が重なった部分から現実が裂けていく。
ソウは後退しながら、じりじりと抗う。
(……なんで語らない方が“弱い”って空気になるんだよ)
そのとき、彼女の背後にひとりの影が立った。
ナオだった。
セイとの戦闘後に“語義構文を遮断した”ままなのに、彼は再び《シル・サプレッサ》を展開し、
自ら戦場の語義構文ごと沈黙へと引きずりこんだ。
ダリオが構文剣を構えるが、詠唱が封じられている。
言葉を発するたび、刃が濁る。
そしてナオが、沈黙のまま前へ出る。
拳ではない。
その右手には、刃の形を成していない――**「語られなかった刃」**だけが、虚空を切る構え。
一瞬だけ、ダリオの目に焦りが走る。
(……語ってないのに。どうして俺より、殺意の“文法”が整ってやがる……!)
構文もない。意味もない。だがナオの刃は、その“斬りたくなかった感情”ごと、相手に突き刺さる。
沈黙のまま“語義剣の語源”を砕いた。
ダリオの目の前で、《Lex-Blade》が軋んだ。
刃の根元に走る亀裂は――語った記録ごと崩れていく音だった。
その剣は「語られるたびに硬くなり」「言葉で磨かれ」「称えられるたび鋭くなった」。
だが今、語られない一撃に触れた途端、語彙を失った武器は、ただの鉄塊より脆くなっていた。
ナオの剣は無名だった。
何も語らず、誰にも認識されない。
ただ“こうするしかなかった”という衝動のかたちとして、腕に握られているだけだった。
ダリオは動けなかった。
刀身が砕ける音と共に、自分の語りが――
相手を語りつくすことでしか生きてこなかった己の在り方が、ひとつ剥がれて落ちたのを感じた。
そして、その男は何も言わずに踵を返す。
語らないまま立ち去るその背中に、ダリオは初めて――
言葉では追いつけない種類の、静かな敗北を覚えた。
そこには勝者も敗者もいなかった。
ただ、“語る必要すらなかった痛み”が静かに落ちていた。
戦いののち。
ナオは何も言わずに去った。
ソウはただ、呟く。
「……あの人、もしかして最初から、
誰にも語られたくなかっただけ、なんじゃないかな」
――沈黙が、語り手たちにとって最も厄介な剣になる。
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