語義候補《プレ=ナレータ》
二章です。
二章も毎日17時に2話,3話か4話ずつ投稿していきます。
頑張って語っていくのでよろしくお願いします。
「この椅子に座りたがる奴ばかり見てきた。
けど――“誰も座ってほしくない奴”に、ようやく出会った気がする」
構文記述省・中央語義層。
第七観測中枢には、封印指定が解除されたばかりの記録が一枚だけ表示されていた。
【記録名:空位神格構文 - Chair_0】
【状態:構文中核ログ 発生中】
【招集対象:語義候補候補者7名】
理文省の観測官たちは無言だった。
中央指令官はただこう呟いた。
「“語った者”が誕生してしまった。……ならばこの椅子は、再び誰かを選びはじめる」
その頃――
構文学園の構文塔から、演習班は一時解散していた。
構文制圧との直接戦闘後から、ナオの中で“語義震”は続いていた。
発話せずとも、世界が言語のように軋む。
黙って歩くだけで、構文帯の空気がざらつく。
「……俺、何か変なんだと思う」
ミールにそう漏らすと、彼は笑って言った。
「変じゃなかったら、あの神の構文領域を破れないだろ」
「でも、あれは――語りたくて語ったんじゃなくて……」
イーリスが横から静かに言葉を差し込む。
「……語って“しまった”んじゃない。
ナオ、お前は――“語らせたくなかったもの”を語ってしまったんだよ」
その翌日、選抜通知が届いた。
【対象:ナオ=ミカド】
【内容:構文位階《語義候補》への招集】
【参加条件:語義戦域選定試験への応答義務】
【開催地:神格構文準封印区】
ナオは首を傾げながら読み進めた。
(プレ=ナレータ……?語義候補……?)
ただ、その下に添えられた一文が、彼の思考を射抜いた。
「神の椅子に、誰かが座らなければ、世界は語られなくなる」
封印区、語義戦域“α座”。
そこに集められたのは、ナオを含む7人の“語り手候補”。
内訳は、圧倒的な構文戦能力を持つ精鋭や、かつての神格降下実験体たち。
ナオは場違いそのものの存在に見えた。
「お前が“語義爆裂”の起点?」
そう声をかけてきたのは、候補の一人――セルナ・ヴィルデ。
全身に浮かぶ構文式の刺青が、その“語りたがる性質”を物語っていた。
「アンタさ、“語る”ってどう思ってんの? あたしはね、語るたびに誰かが震えるのが好きなんだよ」
ナオは答えなかった。けれど、胸の奥でなにかがざわめいた。
(語って、誰かを震わせる。それって――)
(本当に語るってことなのか?)
その夜、再び白の空間が夢に現れた。
中央に椅子が一つ。誰も座っていない。
でもその椅子には――小さな傷跡が残っていた。
“誰かがかつて、そこで立ち上がろうとした痕”。
『その椅子は、語りたい奴のための椅子じゃない。
“語らせたくなかった者”のためにあるんだよ』
かつてのイドの声が、ほんの一瞬だけ脳裏に滲んで消えた。
翌朝、ナオは誰よりも早く戦域に向かった。
誰かの語りを止めるためじゃない。
ただ――語る前に震えていた自分を、置き去りにしないために。
椅子が選ぶのではない。
語った者が“椅子の必要性そのもの”を問えるかどうかだ。
――第二章、開幕。
世界が再び“語られること”を望むとき、
最初に沈黙した者が、その語源を叩き潰す。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。