語った、その先に待つ”椅子”
「語ってしまった者は、
もう語られずにはいられない。
それでも――“語る理由”があるなら、それは祈りであってもいいと思った」
構文圧制御塔第五観測層。
記録官マリエルは、端末に映る最新の演算軌跡を見つめていた。
【神格構文:未確定】
【観測対象:ナオ=ミカド】
【状態:語義源波持続 → 世界構文の自己修復を誘導中】
「“語りが世界を癒やす”……?そんな事例、今まで一件もなかった」
隣のオペレータが問う。
「このまま、彼を“神性候補”として管理すべきですか?」
マリエルは首を振った。
「違う。“神”にしようとした瞬間に、彼はもう“語れなくなる”。
今の彼は――まだ“自分のために語っている”」
学園地下の静謐層。
ナオはひとりで資料塔の最上階にいた。
演習記録でも、観測官からの報告でも、誰も彼に語りかけてこない。
だが、それがむしろ心地よかった。
ただ風と機械音、
そして――ナオ自身の内側で、言葉が“定義されずに残っている”感覚。
「お前、今どこにいるんだよ」
小さく、問いかける。
けれど、イドの声はもう返ってこなかった。
不意に、構文帯の風景が歪んだ。
脳裏に焼きついたような白。音のない空間。
そして中央に置かれた、見慣れない椅子。
誰も座っていないはずなのに――
たしかに“誰かがそこにいたような記憶”だけが、ナオを立ち止まらせる。
『あそこに座れば、君も“神になる”んだろうね』
聞こえたのは、記憶だったのか幻だったのか。
でも、たしかにイドの気配だけが――温度なく、背後に滲んでいた。
その夜、ミールから一通のメッセージが届く。
【“語ったあとに残るもの”って、さ。
……孤独じゃなくて、“責任”なんだと思う】
【お前がそれを選んだなら、
俺はまだ“信じる”準備、できてる】
翌朝、ナオは初めて自分から演習塔の訓練室に入った。
制御構文を展開し、“語らなくても現象を起こせる”力はまだ健在だった。
でも、今日は口を開いた。
「俺は……語る。
誰かの定義のためじゃない。
“語られなかったやつら”が、語られる前に消えないように」
観測ログが再び揺れる。
【異常反応:構文階層外で構文律の再演算検出】
【空間名未登録:仮称“語座領域”】
【内容:中心座標に“空席の椅子”存在】
【制御機関:なし】
【構文同調対象:ナオ=ミカド】
――世界はまだ、語り手を選んではいなかった。
でも、語った者に“椅子”は見えるようになっている。
問題は、その椅子に“座ろうとする理由”を――
語れるか、どうかだ。
第一章:語られぬ者たちの序列 完
最後まで読んでくださりありがとうございます。
二章も頑張って語っていくのでよろしくお願いします。