記録神域《ゼロ=レイン》
本日も三話同時投稿です
「語られた神性は、記述の彼方で夢を見る。
そして、語りかけてくる――“もう一度、語ってくれ”と」
第零記録層。
公式には存在しないはずの階層、《ゼロ=レイン》へ向けて、特別演習班に招集がかかった。
ナオ、イーリス、ミール、ヴァルクス、アルネ、ほか二名の同期――計七名。
監視官マリエルも同行する任務は、明確に“観測と封鎖”を目的としていた。
【目的:神性構文残響の安定化】
【補足:階層内では演算抑制帯が変動する恐れあり】
【備考:ナオ=ミカドは“構文反応体”としてデータリンクを行うこと】
「なんで俺が……」
小声で呟いたナオに、ミールが笑った。
「“語られない”君が最初に反応するなら、
きっとそこには“語られすぎたもの”が残ってるって理屈だろ。……皮肉な話だけどね」
「別に反応したくてしてんじゃねーし……」
「それな。俺も“タイムコードの乱れ”で招かれた口だ。
でも――“壊れたもの同士”のほうが、静かに読める記録もあるんだよ」
ゼロ=レインに降り立った瞬間、皆の視界が濁った。
空気が動いていない。時間が、滑っている。
世界がただ“再生待ちの語り手”のように、沈黙していた。
構文は乱れていない。壊れてもいない。
ただ、「すでに語られたもの」が、あまりに静かすぎた。
「……誰か、いたな。ずっとここに」
アルネがぽつりと呟いた。
「ずっと座って、語り直してた……誰にも届かない、神話みたいな言葉で」
遠くの残響装置が“記録律”を再演算しはじめる。
その瞬間、塔の壁面から崩れ落ちた文字列が浮かび上がる。
【記述復元開始】
【神性コード:No.00/語り主(First Echo)】
【語り手:正体不明/構文断片:Null=語義未確定】
演算装置に不明な干渉波が走る。
構文障壁がひび割れ、隊の後方が一瞬だけ遮断された。
その瞬間、ナオの内側が疼いた。
『また“声”が、記録を読んでる……
でもこれは……語ってほしくて震えてる記憶、だ』
イドの声だった。
今までよりも――少しだけ、“近かった”。
ナオの手が無意識に、崩れた構文に触れる。
だがその行為は許可されていないはずなのに、
装置が逆に反応し、“語義再編”が始まってしまう。
【未登録コードによる言語圧縮波起動】
【復元対象:記録No.0《Prototype God》】
【警告:再演算により“神性定義”が起動される恐れあり】
マリエルが鋭く指示を飛ばす。
「ナオ、構文端末から離れて!それ以上は――」
しかしもう、遅かった。
瞬間。
構文世界の色が塗り替わるように、
塔の天井を貫く“黒い語り”が、空間そのものを貫いた。
時間が、少しだけ軋んだ。
『彼は、ここにいた。
でも彼は、もう語られたくなかった』
ナオの中に、微かに残る誰かの声。
それが誰かまではわからない。ただ、その感情だけが――
“俺たちを、語らないでくれ”
という静かな、祈りに似ていた。
演算は停止。構文復元は中断。任務は一時撤収へ。
データログには何ひとつ残らず、ただ“空間が悲しかった”という曖昧な所感のみが隊の口々から零れた。
――誰かが、そこにいた。
でもそれは“語りかけてこなかった”。
なぜなら、それを語った瞬間に、また“神”にされてしまうからだ。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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