表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/29

8.竜が抱く想い

アズファルド視点です



 竜の花嫁、そう呼ばれる存在がこの離宮にやって来るようになってから、どれほど経っただろうか。竜と時間の流れの違う人と共に生きたとて、置いていかれるのはこちら。胸を痛める思いを何度も味わってから気が付いた。こちらが、歩み寄らなければよいのではないかと。

 どうせ最期は別れるのだ。だったら、初めから近づかなければいい。



「リィナ・シーリス、と申します」

「……覚えておく必要があるなら、そうしよう」


 さて、これで騒いで離宮を出て行くのならそれまで。この娘の前に来た者は、次の日には部屋から出てこなくなった。毎度着飾ってくるのは結構なことだが、それで悲鳴を上げられるこちらの身にもなってほしい。

 怯えている様子なのにこちらを真っすぐ見据える水色の瞳が、記憶の中のある面影と重なった。そんなはずはない。そう思うのに瞳の色は頭から消えてくれなかった。


「なぜ、思い出す……」


 忘れたくない記憶、あの娘の水色を見るたびにそれを突きつけられるような気がして避けていたのに。

 静かで冷たい空気に満ちていた離宮に変化が訪れたのは、それからしばらく。

 侍女たちの足音、響く声の調子。どれもがわずかではあるが柔らかくなっていた。


 距離を詰めるつもりがないと知らぬとはいえ、愚かなことだ。

 そう思ったにも関わらず、心の奥には言葉に出来ない違和感が石のように残る。手元のインクが染みを作る程度には、考え込んでいたらしい。

 苛立ちを打ち消すように、翼を広げて空に舞う。見渡す範囲にまで広がった国、アルセリオン。

 守護竜の役目はこの国を守る事。例え攻めてくるものがないとて、日の見回りはせねばならない。それが、竜語の巫女と呼ばれた彼女との約束。




 その日は、夢見が悪かった。長く生きていても、あの時を忘れることなど出来はしない。

 いつもはしまい込んでいるそれを、無性に見たくなった。

 それがまさか、あの娘にここまでの接近を許すとは。


「竜の生は、長い。人のそれなど比べものにならぬほど。どれほど想いを結ぼうとも、離れる時は必ずやってくる。繰り返すことには、もう疲れた」


 喪うくらいなら。その存在をどれほど想っても、手の届かないところに逝ってしまうのなら。

 初めから、情をかけなければいい。

 それをされた側の気持ちなど、知るものか。


 突き放したはずなのに、あの娘はこの離宮から離れようとしない。むしろ、指輪を見られたあの夜から、積極的に関わろうとしているような様子さえ見て取れる。

 今までの花嫁たちと同じように距離を取ろうにも、あの娘は風のようにふわりとこちらの心を包もうとする。形なきものを追い払うことなど、出来るはずもない。

 中庭であの娘と出会ったあと書斎に向かい、気付けば手に取っていた一冊。


「竜語の巫女、か……」


 古い、書物だ。この時代では解読できないくらい昔の書物。

 その血と魂を継ぐ者は、再び契りを導くという一文で締めくくられたこの書物は、巫女がそう呼ばれる前に書きあげられた。

 恥ずかしい、と笑っていた彼女はこのように長いこと残るなど、想像もしていなかっただろうか。その様子を思い浮かべると唇は弧を描くが、同時に張り裂けそうな胸の痛みも襲ってくる。


「エルセリア」


 返事はない。当然だ。彼女はとっくの昔に灰となり、その血も時代の流れでいつしか途絶えたと聞く。

 だから、あり得ないのだ。あの娘に、彼女の面影を感じ取るなど。




 こちらがいくら距離を置こうと決めようが、竜の花嫁を披露せよ、という知らせはやって来る。これを無視すると、その後の関係が面倒になるというのはすでに体験済みだ。


 竜の花嫁、契約、加護の象徴。どれだけ時を経ても変わらないその呼び方に、うんざりとしていた。隣に立つ“花嫁”がどんな気持ちなのかも知らないで。いや、知ろうともしてこなかったという方が正しいだろうか。


 ダンスを終えればこの場を終いに出来る。さっさと踊って終わらせようとしたのに、あの娘はまだバルコニーから戻ってきそうにもない。


 そうして連れに来た時に飛び込んできた、ふさわしくないという言葉。

 自身の魅せ方を良く分かっている令嬢は、花嫁の候補にでも上がっていたのだろう。しかしその言葉は、無意識だった扱い方を代弁されたように鈍い痛みを残す。


 あの娘と距離を取り、形式的な儀式のために花嫁として迎える。それでよかったはずだ。そうしようと決めたのは自分自身。

 なのに、役目を大切にしたいと言いきったあの娘の言葉が焼きついて離れない。


 かの令嬢と対峙していた時には譲れぬ何かを抱いていたような娘が、私の手を取ることで心底安堵したような表情を見せる。

 今まで、ずっと距離を取り冷遇していた相手に見せる顔だろうか。ふさわしくない、大切にしたい、その言葉が自身の頭の中を巡り続けている。私は、花嫁をどうしたいのか。


 答えは出ぬまま、パーティーを終わらせた。集まった人々は私がいなくとも歓談を続けるだろう。話題はもちろん、竜の花嫁について。政治的なものには竜は関わらない。だが、花嫁は違う。

 自身の知らぬうちにそのような事に巻き込まれるようになってしまったこの娘、リィナと言っていたか。

 花嫁という立場にしがみつくでもなく、私に媚びを売りもせず、けれど役目を大切にすると言い切った娘。

 もっと近づきたい、近づいてはならない。そんな反する感情にのまれた私は、熱に浮かされたような一言を、口にした。


「……そのドレス、よく似合っている」


 世辞ではない、感情のこもった言葉だと気が付いたのだろう。娘――リィナは、花がほころぶような笑みを見せた。

 その顔を見て自身の胸に灯った感情に、まだ名前はない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ