28.あなたと生きる誓いを
儀式の間を後にして、私達はゆっくりと王城を歩く。今日は許可を取ったと言っていたアズファルド様の案内の元、離宮とは趣の違う庭にやって来た。
庭師が私の好みを反映させてくれた離宮の中庭と違って、こちらは訪れる色んな人の目を楽しませるために、様々な花が咲いている。
「……リィナ」
穏やかで静かだけど、何かを決意しているような硬さのある声。そんな声に呼ばれた私も、自然と背筋が伸びる。
王城の庭は何個かあるけれど、ここは国王陛下が許可した人でないと入れない場所にあるそうだ。だから、私達が話をしていても誰かが通りかかるという事はない。
「離宮に戻って来てから、疑問に思うことはなかったか」
離宮に戻って来てからというと、一度目の花嫁の選び直しから花嫁の儀式を終えるくらいまでの話になるのだろうか。
改めて聞かれると疑問に思うようなことがあっただろうか、と考えてしまうけれど今までと比べればというのならば思い当たることはある。
むしろ、思い当たることしかないとも言えるのだけど。
「え? えーっと、少しはありましたけど……」
「どんなことかを聞いてもいいか?」
「あ、はい。言葉を選ばないなら、アズファルド様が私をよく構って来るなっと」
今までが避けられているようなものだったから、違いは分かりやすい。侍女たちも驚くくらいに毎日顔を見るようになったのは、そういえばあの時からだった。
一緒につくことのなかった食卓に、毎食を共にするようになったのは自然な流れだった。書斎で本を読んでいればいつの間にか隣に腰掛けているし、魔術の練習をすればアドバイスをくれる。
花嫁を迎えたのは義務でしかないと言っていた当初の私が聞いたら、何の冗談かと思うだろう。
今では当たり前のように受け入れている自分がいることにも、驚いているけれど。
「そうか。気づかれていたか」
「そもそも、最初の態度と比べて全然違うんですから。気づかない方がおかしいでしょう?」
アズファルド様も自分の最初の態度はよろしくないものだと分かっているからか、苦笑いを浮かべている。
花嫁を拒絶していたときが嘘のように今は側にいてくれるから、私はあの時の気持ちを思い出すこともなく嬉しい日々を過ごしている。
「……言うようになったじゃないか」
「ふふ。もう、変な遠慮はしないと決めたんです」
エルセリア様にあなたの分も大切にしますと宣言したし、これからを共に歩むのは私だ。遠慮して一緒にいられる時間が短くなってしまっては、もったいない。
それに私は、アズファルド様とできるだけ対等な関係を築いていきたいと思っている。それこそ、家族のような。今では顔も思い出せない両親の代わりに愛してくれた村の皆のように、温かい関係が理想だと言ったら、笑われるだろうか。
きっと今のアズファルド様だったら、穏やかに微笑んで受け入れてくれると思う。
「どうしようもなく小さくて、情けない理由なのだが……聞いても嫌いにならないでくれるか」
「それは理由によります。けれど、私がアズファルド様を嫌いになるってたぶんないと思いますよ。たぶん」
「そんなにたぶんを付けるようなことなのか……」
何を言われるのか分からないから、たぶんと付け加えたんだけども、どうもアズファルド様はそれに不安を感じ取っているらしい。
私を構うようになったアズファルド様だけど、直接言葉を聞くことは今でもあまりない。普段の会話だったら気にならないけれど、自分の気持ちとか考えていることを人に伝えることは、あまりないように思える。
「それで、何ですか理由って」
この機会だから、アズファルド様はもっと気軽に自分の考えていることを他の人に話すことを覚えて欲しいな、なんて考えていたのに早まったみたいだ。
まるで小さな子供がいじけた時のように、しょんぼりとしているアズファルド様の背中をぽんぽんと叩く。
話し始めた時の硬い声などどこかにいってしまったみたいだ。そうさせたのは、私なんだろう。だけど、アズファルド様がこうして感情を表に出すようなしぐさをしてくれるのが、嬉しい。
「失うのが、怖かったんだ。自分から拒絶しておいて、いざお前が近くにいるとその時が来るのが怖かった」
背中を叩いていた手はいつの間にか、アズファルド様にぎゅっと握られている。鼻先が触れそうなくらい近い距離で見る金の瞳は、どこか揺らいでいるようだ。
私が自分からアズファルド様の気持ちを話してもらえるように仕向けておいて、受け止めないなんて真似は出来るはずがない。
ゆらゆらと水面に揺れる月のようなアズファルド様の瞳を見つめて、言葉の続きを待つ。
「竜と人は、時の流れが違う。どう思っていようが、いつか必ず別れが来る。その日が来るのが怖くて、いつお前が俺の手の届かないところへ行ってしまうのではないかと思ったら、触れずにいられなかった」
「それは、私も同じですよ」
するりと口から出たのは、短い言葉。けれど、それは私も抱いていた思い。エルセリア様のことがあったからこそ、余計に感じていた。
あなたと一生を生きると言いながらも、流れる時間の早さだけはどうやっても覆すことが出来ないのだから。
「私は、またあなたに失う痛みを経験させてしまう。どうしようもないことだと思っていたし、何もできないって考えてた」
「リィナ……」
「でも、今アズファルド様の気持ちを聞いて思ったんです。いつか来る別れに怯えて過ごすより、今を大切にしたいって」
どうしたら、この長い時を一人で生きることが分かり切っているアズファルド様に伝えられるだろう。そう、考えていた。
けれど、思ったのだ。そうして私が考えて、アズファルド様に何か遠慮するようなことがあれば、それこそ心残りになってしまうのではないかと。
私の独りよがりかもしれないけれど、長い時間の中でも寄り添った存在がいたことを覚えていて欲しいから、強気な態度に出た。でも、もしかしたらそれは、私も不安に感じていたことの裏返しだったのかもしれない。
「ありがとう、リィナ。お前も同じことを考えてくれたのだな」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるアズファルド様の力の強さが、そのまま感情の昂りなのだとしたら。
これだけ思ってくれる相手に出会えるなんて、私の生きる時間で何よりの贈り物だろう。大事にしたい、その気持ちが伝わるように私もアズファルド様の背中に回した手に力を込める。
「もう、何も言わずに行動だけで気持ちを分かってもらおうとはしない。お前を守る。それは、俺たちの今を守ることと同じだ」
「そうですね。私も、アズファルド様にきちんと言葉で伝えます。遠慮はしない、って宣言しましたし」
こつん、とおでこをくっつけて笑うと、お互いが少し身じろぎするだけで振動が伝わってくすぐったい。
それを楽しんでいると、ぷくっと小さく頬を膨らませたアズファルド様が上目遣いでそっと呟いた。
「……そこは少し手心を加えてもらえないだろうか」
かわいらしい、なんてストレートに口に出した日には、間違いなくアズファルド様は拗ねる。私からぎゅうと抱きついてもきっと、許してもらえないだろうと感じたので誤魔化すようにひとつ、咳払いをした。
「さて、それはアズファルド様の今後次第ですよ?」
「尽力して見せよう。我が花嫁よ」
「私も、頑張りますね。旦那様」
だから、これからの時間を一緒に大切に過ごしていきましょうね。




