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恋を知らない竜の花嫁は愛を学ぶ  作者: 柚みつ


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25.君の手にある幸せ

 


「えーっと、これをこうして……」


 離宮の中庭に、私の声だけが響いている。いつもだったら庭師が談笑しながら仕事をしている時間なのに、私しかいないのは理由がある。

 エルセリア様の記憶から分かった、私にある魔力。使いこなすためには習うよりも慣れろというアズファルド様の助言に従って、書斎にこもっていた時間を離宮の中庭での練習に使うことになった。


 そうはいっても、教科書はエルセリア様が生きていた時代の書物、それからアズファルド様の説明のみ。

 コツコツと積み重ねることが大事だとアズファルド様に言われたので、時間を作ってこうして練習しているというわけだ。

 万が一、周りに人がいてケガなどさせるわけにはいかないから、私が中庭に向かうときには誰もいないようにしてもらっている。仕事は終わらせてもらっているはずだけれど、皆のスケジュールを狂わせてしまって申し訳ないと思っていたら、逆に魔法の練習頑張ってと応援してもらった。


 期待に応えたいし、私も自分の中にある魔力を使いこなしたい。そう思ってはいるんだけど、これがなかなかうまくなっているという実感がないのだ。

 コツさえ掴んでしまえばあとは上手くいくはずだ、と言ってくれたアズファルド様の言葉を信じている。信じてはいるのに、目に見えるほどの成果がないのは少しばかり気落ちだってしてしまう。


「あ、また逸れちゃった……!」

「角度が甘いな。狙うなら、もう少しだけ右斜め下だ」

「わっ!? びっくりした、アズファルド様おかえりなさい!」

「ただいま。今日も熱心だな」

「アズファルド様もですよ。毎日、見回りお疲れ様です」


 もう一度、と思っていたのに突然かけられた声にびっくりして集中が切れてしまった。違うな、出来ないことに苛立っていたから、アズファルド様が声をかけなくても私は一旦練習を止めただろう。

 それをアズファルド様のせいにしてしまうくらい、私には余裕がない。

 デルマリスとの一件以来、国の見回りを日に一度から二度に増やしたアズファルド様は、離宮に戻って来たら必ず私のところに来てくれる。

 それは、どんな景色を見てきたかを話すためであったり、飛んできた疲れを癒すためであったりと理由は様々だ。けれど、必ずどこにも寄らずに私のところへ帰って来てくれる。


「それで? どこが上手くいかないんだ?」

「風は吹かせられたんですけど、望む方に向かってくれなくて」


 ゼロから作り出すよりは、ある物の力を借りるほうが感覚を掴みやすい。そう聞いてまずは風の魔法を練習することになったんだけど、これで簡単な方なのかと頭を抱えるほどには難しい。

 それでもアズファルド様がつきっきりでアドバイスをくれたので、なんとか風を起こせるくらいは出来るようになった。

 だから何か分からないことは素直にアズファルド様に聞くことにしている。私が一人で悩んで変な癖をつけてしまうのもよくないとは、魔法の練習を始める最初に言われたことだ。


「基本は真っすぐだ。それが逸れるのであれば、魔力の使い方とリィナのイメージが一致していないのだろう。

 狙うのは、ここだ」

「えっ!?」


 とんとん、と自分の胸を叩くアズファルド様に私は変な声を上げてしまう。

 落ちた葉っぱを棒に括りつけたものを的にしていたから、おそらく当てることはできる。出来るけれどそれをやれるかどうか、というのはまた別問題だ。

 しかも狙うのがアズファルド様の胸の位置なんて。さっきみたいに逸れたら枝を落とすどころの話ではない。人を傷つけないために中庭の人払いをしてもらっていることを、アズファルド様だって知っているはずなのに。


「大丈夫だ。今のリィナでは俺に傷ひとつだってつけられない。それに、練習といえど花嫁の魔力を当てられるなど、許せそうにないのでな」

「またそういうことを……」

「言っただろう? 竜とは本来、愛情深い生き物なのだと」


 にやりと笑ったアズファルド様は、最近よくこういった言い回しをしてくる。見回りに行ったはずなのに汚れなど見当たらない白いシャツの袖をまくり、とんとん、と改めて示すように胸を叩いている。

 呆れて笑ってしまった私に向けられた金色の瞳は、蜜のよう。幻華の蜜は、中毒性があると言って騒動になったけれど、アズファルド様の瞳のほうがよほど、人の心を捉えて離さないのではないか。

 そんなことを言ったところで、この瞳を向けるのは私にだけ、なんて返って来るから黙っておくけれど。


「じゃあ、いきます!」


 深く息を吐き、手のひらに意識を集中させる。大丈夫。私の体を巡る魔力は真っすぐに放てるし、狙うのはアズファルド様の胸の中心。

 あの日もらった鱗は加工して、今は私の首下でしゃらりと小さな音を立てている。その音にも背中を押してもらったような気がして、私は手の中の力を風へと変えた。


「やった……!」


 軽やかに飛び出した風は、狙い通りにアズファルド様の胸の中心へと届いた。もちろん、傷などひとつもついていない。ふわりとした風がアズファルド様の髪を揺らしている。

 上手く出来たという思いと、アズファルド様を傷つけることはなかったという安心感でへたり込んでしまった私に、アズファルド様がそっと手を差し出してくれた。


「リィナが人を傷つけたくないと思っていることを知っていながら、こんな提案をしてすまなかった」

「やっぱり、わざと自分の体を狙えって言ったんですね」

「ああ。いずれ、人に向ける機会が来るかもしれない。その前に、一度だけでもいい。経験を、して欲しかったんだ」


 アズファルド様は、私が嫌だと思うことは絶対にしない。それなのに、どうして自分の胸を狙えなんて言ってきたのか正直分からなかったけれど、その言葉を聞いて納得した。

 可能性として考えなかったわけじゃないけれど、そうなることだってあり得るのだと、私はもう知っている。


「リィナにそんな役回りをさせる前に、俺が相手を消し炭にする予定だから安心しろ」

「消し炭にさせるのは、安心できないですって」

「なら……黒焦げでどうだ」

「どっちも同じです! でも、気持ちは嬉しいですよ。ありがとうございます」


 ふふっと笑えるくらいに戻ってきた余裕。それを作ってくれたのは、アズファルド様だ。ごろごろと喉を鳴らしているかのように私の首下にすり寄ってきたアズファルド様のさらりとした髪の感触を楽しんでいると、こちらを真剣に見ている視線に気が付いた。


「やはり、リィナは強いな。そうやっていろんなことを受け入れようとする姿が、とても眩しい」

「私が強く見えるのなら、それはアズファルド様のおかげです。私が見えないところを、教えてくれるから頑張らなきゃって思えるんですから」

「そうか。だが、無理はするなよ。魔法についてもだ。熱を入れすぎて暴走させるなど、望んでいないだろう?」


 金色の瞳でじっと見つめられるのに弱いと、分かっていながらアズファルド様はここぞというときにそれを使ってくるのだ。

 今回は、夜にこっそりと練習しているのがバレたのだろう。魔力の流れを見ることが出来る守護竜に隠し事など出来ないとは思っていたけれど、黙認されているとも思っていたから。


「……分かりました。夜に、黙って練習するのは止めます」

「いい子だ」


 さっきは私がアズファルド様の髪をなでていたのに、数分でまるきり逆になってしまった。少しばかりひんやりした手の温度が、心地いい。


「明日は、一緒に練習しようか」

「いいんですか?」

「ああ。今日と同じ時間だったら、その前に見回りを終わらせればいいだけだ」

「ありがとうございます! 嬉しい」


 見てもらえるのはもちろんだけど、それ以上にアズファルド様と一緒にいられることが嬉しい。そう言ったらまじめにやれと怒られるだろうか。同じ気持ちだと、笑ってくれるだろうか。

 そんなことを考えながら話していたら、時間はあっという間に過ぎてしまって。

 様子を見に来たライラに声をかけられるまで、私達は中庭のガゼボで話し込んでいた。


 願った通りの穏やかな時間を過ごせる幸せを、かみしめながら。





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