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2.竜の棲む都へ

 


 馬車の窓から見える景色。それは、この数日で目まぐるしく変わっていた。

 村に通じる小道はあっという間に細くなって見えなくなったし、薬草を取るために通っていたあの山ですら、遠くに見える山のどれかひとつ、になってしまった。

 花も盛りの季節だというのに山を越える風は冷たく、空気は硬い。


 この国、アルセリオンには守護竜がいる。遥か昔の契約により国を守護する竜の存在は、この国に生まれたなら誰もが知っている。

 病に倒れる前の両親も、毎晩のように寝る前に語ってくれた。子守唄のような優しい声は、まだ私の記憶にある。

 そうやって語られる守護竜を、疑ったことはない。疑うとするならば。


「本当に、私が花嫁なの……?」


 溜息と共に漏れた独り言に、向かいの席の騎士から視線が向けられる。けれど、それだけだ。返事も相づちすらなく、すっと目を伏せられる。

 騎士の役目は、守護竜アズファルド様の花嫁となる人物を無事に王都まで連れていくこと。私の独り言に付き合うのは、役目に含まれていないのだろう。

 馬車を共にする騎士は何人か交代したけれど、村を出てから今まで、必要な会話以外には誰とも話していない。

 空気が硬いと感じたのは、きっとこれが理由。


 守護竜の存在を国の誰もが知るように、その花嫁もまた、よく知られている。けれどその地位はしばらく空席で、王都でお役目を巡る争いが起きると新しい演劇の演目になるくらいに注目されていると聞く。

 行商のおじさんが盛り上がっていたけれど、王都からこうして馬車で何日もかかる村に住む私には関係のない話だと、ぼんやりとしか聞いていなかった。マリナは楽しそうにはしゃいでいたので、おじさんの気を損ねることにはならなかったなと余計なことまで思い出してしまった。


 こんな遠く離れた村の私じゃなくても、もっと他に相応しい人がいるはず。何度も同じことを考えては、そのたびに不安が押し寄せてくる。

 けれど、どこかで選ばれた意味を知りたいと思っている自分もいる。そんなごちゃ混ぜの気持ちに整理はつかないまま、馬車はどんどん進んでいく。




「あれが……」


 山を越えるたびに森の色が変わり、道端に咲く花ですら知っているものではなくなった。

 草木を感じる空気は薄くなり、どこかから見られているような緊張感を感じ始めた時に、それは現れた。


「リィナ様」

「――はい」


 返事が遅れてしまったのは仕方ないだろう。なにせ、この数日間の移動で声をかけられたのは久しぶり。前の席に座る騎士は、隣に住んでいるジャンおじさんくらいの年齢に見える。鎧に覆われていない顔の褐色が、おじさんを思い出させた。

 そうだ。あの村の皆は、私が……薬屋がいなくなって大丈夫だろうか。マリナに薬草摘みの手伝いはしてもらっていたが、調合は私しかしていない。両親が村で始める前には、薬草をそのまま使っていたと言っていたし、ほとんど病気などしないから大丈夫だと願っている。


「間もなく王都に到着いたします。少し、説明をさせていただいてもよろしいでしょうか」

「分かりました。お願いします」


 騎士のおじさんの声ではっとして、頭を下げる。村の事は心配だし、あとでどうにか状況を聞ければいいのだけれど。

 あと少しで到着する王都。いったいどんな場所なのだろうか、と移動中に想像していたそのどれもが違っていた。

 白い石で築かれた高い城。その横に灰銀の塔がそびえている。その上部は像が飾られていて、ここからではよく見えないけれど守護竜をモチーフとしているそうだ。塔の色も、守護竜の体の色を模していると。だから王都の住人は金と銀を使わない。それは、守護竜の色であり自分たちが纏う色ではないからという理由で。


「でも、騎士様たちは……」

「我々が金を纏うのは、この色を決して汚さぬという意思の表れです」


 そう告げた時の騎士の顔は、とても誇らしげに見えた。守護竜のおかげで、この国に攻撃をしてくる他の国はない。それでも、騎士という職務があるくらいなのだから、争いが全くないというわけではなさそうだ。

 村で見た時には分からなかったけれど、こうして至近距離で見ると良く分かる。日の光を反射して輝いている鎧は丁寧に磨かれていが、細かい傷は刻まれている。


 視界にずっとあるのは、高い塔。見上げるほどに高いそれは、守護竜にとって簡単に飛んで越えられてしまうらしい。

 どうして作ったのかについては、守護竜の花嫁が高い所を望んだからとか一人になる場所を求めたとか、今では理由が分からなくなっているそうだ。


 観光案内のような騎士の話を聞きながら、馬車は門をくぐる。王都の中は意外なほど静かだった。石畳の道を通る馬車の音は、広場に集まる人々の話し声よりも大きい。時折、遠くから聞こえる鐘の音は何かを知らせる合図だろうか。

 村とは違う景色を見て、この馬車が止まるまでの間だけは、花嫁として王都に来たという事実を忘れることにした。見たこともないものだらけの景色に、不安だらけだった私の心が躍ったのを感じたから。



 馬車が止まったのは、塔の下にある建物の前。隣にあるお城には、この国の王が住んでいるのだと騎士たちが教えてくれる。そして、今止まったのは守護竜の花嫁のための建物で、離宮と呼ぶそうだ。

 もうすぐ日も暮れるというのに、塔と同じ灰銀は輝きを失っていない。


 馬車の扉が開き、騎士から手を差し出される。同じ鎧を着ているけれど見たことない顔の人だったから、村には来ていない騎士だ。

 今までの騎士たちにはなかったやや落胆したような空気があるのは、私が見た目に特徴のあるわけでもない、本当に平凡な村娘だからだろう。それでもその空気を感じたのは馬車から降りたわずかな間だけで、騎士は姿勢を正す。


「ご到着です。リィナ・シーリス様。これより我ら一同、貴女を守護竜アズファルド様の花嫁として扱わせていただきます」


 待っていた騎士たちの一糸乱れぬ動きに、空気が変わったのを嫌でも感じ取る。奥に控えている侍女たちも合わせて頭を下げたのが見えて、本当に私が花嫁になるんだと背中にぞわりとしたものが走った。


「リィナ・シーリスです。これから、よろしくお願いします」


 震える声で名前を告げて、私の花嫁としての生活が始まった。




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