14.暴かれる悪意
三日も経たず、私は貴賓室を出ることになった。なんでも、先触れの手紙とほぼ同時に姿を見せたアズファルド様が、私の姿を見るまで動かないと宣言して王城の入り口で座り込んでしまったらしい。もちろん、竜の姿で。
そんなことをしでかして、国王陛下とかいろんな方の印象を悪くしたらどうするのだという気持ちと同じくらい、私を求めてくれることへの嬉しさもある。
とにかく、場を収めるために私は貴賓室から昨日の応接間ではなくもっと広い部屋に移動した。
そんな状況だから、国王陛下がまとめられた情報も少ないけれど、アズファルド様を交えて花嫁としての真偽を確かめるそうだ。
「守護竜アズファルド様、お会いできて光栄でございます」
いっそのこと清々しいほどに誰からの挨拶も無視しているアズファルド様に、私は声をかける権利というものを持たないらしい。
花嫁としての資質を疑われているからという状況からだそうだけど、それなら花嫁候補だったイザベラ様が声をかけるのは許されるのかと問いたいくらいだ。
沈黙を貫くアズファルド様に挨拶を終えて戻ってきたイザベラ様の視線は、私が何かをしたんじゃないかという疑惑を隠そうともしない。行動をしてもいいと許可が出る朝食が運ばれてきたのと同じタイミングだったのだから、何もできないとイザベラ様だって分かっていると思うのだけど。
離宮のみんなが信じていてくれる状況で、自分が不利になるようなことをするはずがない。誓って、私は何もしていない。
「この期に及んで守護竜様をいいように使うとは。なりふり構わない村娘のやることは違いますなあ」
集まったのは国王陛下だけではなかった。アズファルド様を迎えるにあたり、政治を動かす方々の意見も聞かないといけないという事で、私には顔も名前も分からない人たちがこの場にいる。
「言葉が過ぎますよ、プロンコール大臣。彼女はまだ勉強中の身。幼き頃より学んでいるイザベラ嬢のそれと比べるのは酷というものです」
「申し訳ございません、ラディッツ宰相。少々、熱が入りすぎてしまったようです」
ピリッとした空気は、私よりもアズファルド様からだろう。それをいち早く察した男性から、制止がかかる。
アズファルド様に何かを言う気配のないことを確認して、制止をかけた男性が場を仕切るように話し始める。
「……昨日から情報を精査する時間はさほど取れませんでしたが、守護竜様がいらっしゃったのです。各々の主張を確認すると致しましょう。
陛下、よろしいですね?」
「ああ。ではアズファルド様にお聞かせ願いたい。かの令嬢、イザベラ・エルフォードの主張する“幻華の蜜”について」
離宮で説明されることのなかった、花嫁の再審が行われるとされた理由。竜にとって中毒性のある幻華の蜜を離宮で使用していた、という理由からだ。私がこの部屋に通される前にアズファルド様は説明を受けていたみたいで、国王陛下もラディッツ宰相も、当然のように話し始めた。
「……確かに、竜にとってそれは、一種の毒だ」
「一種の、と申しますのはどのように」
「竜は人よりも五感が鋭い。ゆえに、その蜜の芳しさと甘美さにおぼれてしまうのだ。後先考えずに乱獲し、その地域の生態系を崩すほどに」
毒、そう聞こえた瞬間に心臓が跳ねた。にやりと笑う口元を隠そうとしない大臣に、あくまで冷静に、情報を確認しようとしている宰相。いつもと変わらず淡々としているアズファルド様だけど、ここまで長く話しているのを見るのは、初めてではないだろうか。
離宮では私があれこれ話しかけて、アズファルド様が答えてくれることがほとんどだったから。それでも会話は出来ていたし、お互いの事を知るには充分だったから、あんまり気にもしてなかった。
「しかしそれも、もはや過去の話。今、存在している竜はどれもそれなりの年月を生きている。蜜に目を眩ませるほどの幼さなど持ってはおらぬ」
とてもおいしい、というのは竜でも人でも通じるものだったようだ。離宮で私と同じものを食べているから、アズファルド様の味覚を疑ったことはないんだけど。
若い竜であれば毒だったのかもしれない、でもアズファルド様はこの国を守護して長い。そうなると幻華の蜜は、アズファルド様にとってはただのおいしい蜜でしかないという事だ。
「しかし、離宮で使用されていることは事実でございましょう!」
「……そうだな。そして、私もそこにいる花嫁も、口にしている」
「え!?」
思わず声を出してしまった私に、注目が集まる。料理人はみんな、食べてみたい食材だとしてその名前を挙げていた。離宮で使っていたなら、食べる機会はいくらでもあるはずなのに。
「……知らなかったのか」
「……知りませんでした」
疑われているのだから、つつかれるような行動は避けようと決めていたのに。あまり発言しないよう、基本的には聞かれない限りは黙っていようと決めていたのに。
アズファルド様が呆れたように私を見ている視線が、すごく痛い。それに国王陛下や宰相からの視線も、若干柔らかくなったような気がする。
「国王陛下、これは彼女が罪から逃れるための言葉です。どうか耳を貸すことなく、公平なご判断を」
悔しそうな表情を浮かべているのは、プロンコールと呼ばれていた大臣。離宮にやって来たひげをたっぷりと蓄えた男性も、いる。立ち位置で判断するなら、プロンコール大臣寄りなのだろう。
加勢をするように頷いている。
「ほう、我が花嫁を村娘と囀ったその口は、さらに言葉を重ねるか」
「っ! 失礼を、致しました」
ただし、それはアズファルド様の機嫌を損ねてしまったみたいだ。私を大事にしているのだと伝えるような行動に、さきほどとは違う意味で心臓が跳ねた。
私が花嫁だと信じてくれているのは、この場でアズファルド様だけ。迎えに行くと言ってくれただけでも嬉しかったのに、約束を果たしてくれた。そんなアズファルド様を私は信じている。
「その女」
「イザベラ・エルフォードでございます。守護竜アズファルド様の花嫁となるべく、これまで教育を受けて参りました」
ここに来て、初めてアズファルド様がイザベラ様に視線を向けた。ゆったりと頭を下げる。その仕草は優雅の一言で、私と比べて花嫁にふさわしいと言われるのも無理はないと思わせられた。
離宮に戻れることがあるのなら、この姿を目標にさせてもらいたい。
「我が花嫁の座を望むなら、問うのはひとつ」
アズファルド様は、何を聞くのだろう。花嫁になるために教育を受けてきたというイザベラ様は、国王陛下のいる前でも堂々とした態度を崩さない。
「なぜ、お前からも花嫁と同じ匂いがする」
思っていたことと違う事を聞かれたからだろうか。イザベラ様の橋上から少しだけ力が抜けたように見える。
同じ匂いがする、というのはどういう意味だろうか。もしかして、アズファルド様は私と同じようにイザベラ様も昨日から王城にいたことを、知らないのかもしれない。
それなら納得がいく。湯浴みをさせてもらったときに用意されていた石鹸とかは、おそらく同じだろうから。
「イザベラ様も昨日から王城にいたからじゃないですか?」
「そうではない。私の鼻はごまかせん。あの日、離宮に届いた花と同じ匂いがお前からもする。一体どういうことなのか、説明してもらおうか」
「それは……!」
イザベラ様が、明らかに動揺した様子で肩を揺らした。そして、勝ち誇っていた顔で私を見ていたプロンコール大臣と、その隣にいる男性も。
堂々とした態度を見せていたイザベラ様のその姿を見て、国王陛下と宰相、そして他の人も。口を挟むことなくアズファルド様と、イザベラ様を見ている。
「どうした、答えられぬか」
広い部屋、たくさんの人がいる中で響く荒い息遣いは、ひとり分。誰もが、イザベラ様の言葉を待っていた。




