10.遠ざけた過去と迫る影
「え、っと……これは?」
「リィナ様! お騒がせしております」
パーティーを終えてしばらく、移動させた花の具合を確かめようと中庭に出たら、離宮の入り口の方に数人の侍女が向かっていくのが見えた。
何かあっただろうかと思ってこっそり顔を出していたのに、入り口にいた騎士があっという間に私を見つけて声をかけてくれた。
村を出て離宮まで移動していた時に一緒だった騎士の一人だ。向こうも私が気が付いたことに気づいたようで、にっこりと笑ってくれた。
「先日のお披露目パーティーは無事に終えられたようで。お疲れ様でございます」
「ありがとうございます。ここの皆さんのおかげです。
それで、あの……こちらの荷物の山は?」
敷地の外での仕事だから、会うことはきっとないだろうと言っていたのに。これだけ荷物が届いてしまったら、人手は足りなかったのだろう。問題は、これほどの荷物が届く理由が分からないことだ。
ライラに視線を向けると、彼女は心得たようにゆっくり頷いた。
「こちらは、全てリィナ様への贈り物です」
「え!?」
離宮でそれなりの期間を過ごしているけれど、こんな山を作るほどに贈り物をもらう心当たりなんて、何もない。毎日の食事もだし、服は私が買いに行かなくても気が付けば増えていた。そういえばこの間、食事の後にアズファルド様から欲しい物があるかと聞かれたような。
生活には不自由ないし、今では離宮に来た時のような冷遇だって受けていない。だから、欲しい物と言われてもそんなすぐに思いつかなくて、考えておきますなんて答えたのに。
まさか。
「差出人は、王都の貴族……特に城で政に携わっている家からですね」
「そんな方々からなんて、この間のパーティーで何かをした覚えもないんですよ」
「何かをしていらっしゃらないから、こうして届いたのでしょうね」
アズファルド様からではなかった。安心したような、残念なような、少しだけ複雑な気持ち。
そんな私を見てから荷物の確認を始めたライラの言葉を聞いて、意味が分かったように騎士たちも苦笑いをしている。集まっている侍女たちにライラが指示を出し、大きかったり重い物は騎士にお願いしてどんどんと離宮の中に運ばれていく荷物。
急いでいるようには見えない丁寧な手つきだけど、入り口を長い時間塞いでいるわけにいかないから、と騎士と侍女が動き回っている。
「先日のパーティーでアズファルド様とリィナ様の様子を見た貴族から、近づいておきたいと思われたのでしょう」
「私に、そんな価値はないのに……」
「さ、リィナ様は離宮にお戻りください。これを片付けるのは我々の仕事です」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
騎士から優しく促されて、私はその場から離れる。その時、上が開いている箱が目に入った。ふわりと広がっている甘い匂いは、あの箱からだ。
「ライラ、あの箱の中にある花は持って行ってもいい?」
「……あれくらいなら、問題ないでしょう。ご自分でお持ちになりますか?」
「ありがとう!」
私が何かをしていないと落ち着かない、というのはライラも十分に理解してくれている。おそらく、今までの花嫁だったらこの花を自分で持っていくとは言い出さなかったのだろう。
箱から出した花は、その甘い匂いを一層強くした。この量だからむせるように感じてしまうのだろう。抱きかかえると少しきついと思うのだから、部屋に一気に飾ると頭がクラクラしてしまいそう。
「せっかくだけど、多いからこれだけにしておくね。残りは、欲しい人がいたら譲ってあげて」
「畏まりました」
花の香りを楽しみながら、自室に戻る。花瓶の用意はないから、誰かに持ってきてもらわないと。一緒に探してもいいかもしれない。侍女でもいいし、頼めばアズファルド様も付き合ってくれるかもしれない。
そういえば、今日はまだアズファルド様の姿を見ていない。見なかった期間だってあったのに、今では顔を見ないと落ち着かなくなるなんて、不思議だ。
「アズファルド様、今日はお忙しいのかな」
朝食に夕食。それから、中庭にいるとき。今までとは比べられないほど、アズファルド様と顔を合わせて言葉を交わす機会が増えた。
会話の内容はだいたいが食事に出た食材の好みとか、庭で育てている花の種類とか、そんな他愛もないこと。表情を緩めてくれることも増えた。実は感情豊かな方なのだと思ったのは、いつだっただろうか。
これまでと距離が変わったからこそ、気が付いたことがある。
アズファルド様は、何かを私に伝えようとしている。
それを、私にどう伝えようかと言葉を選んで悩んでいるだろうことにも。無感情の仮面をかぶり続けようとしていたあの方は、意外と分かりやすいから。
きっと、近いうちに話をしてくれるはずだ。何を伝えられようとも、私が出来るのは信じることだけ。
アズファルド様から呼び出されたのは、それからすぐの事だった。
***
王城の一画、プロンコール大臣の執務室に人目を盗むようにひっそりと姿を見せたのは、イザベラ・エルフォード公爵令嬢。大切そうに抱えていた一枚の紙が、プロンコールの前にするりと差し出される。
「これは?」
「離宮で使用された食材の納入記録です。こちら、ご覧いただけますでしょうか」
プロンコールの視線の先には、ペンを握り続けて節くれだった己のものと比べるまでもない、ほっそりとした指がある。示す先には様々な食材に並び、幻華の蜜と記載があった。
「幻華の蜜は高級食材だが、節度を越えたほどの量ではあるまい」
「プロンコール大臣は、この幻華の蜜に竜を狂わせる成分があることを、ご存じですか」
もちろん、偶然ではない。イザベラは自身の家の権力を使ってこの蜜を離宮へと納入させた。竜を狂わせると言われるのは、その蜜があまりに芳しいから。人よりも五感の優れた竜にとって、その香りは一種の猛毒のようにも感じられるそうだ。ただ、その特性が顕著に表れるのは年若い竜のみ。おそらく、守護竜には通じないとイザベラも理解はしている。
効果が出るかどうかなど、この際どうでもいい。つまりは花嫁になるにふさわしくないと思わせる何かになればいいのだ。
「離宮で使われる食材に気を配れないうえに、守護竜様に影響を及ぼす可能性があるなど。花嫁にふさわしい慎重さに欠いているとは思いませんこと?」
「なるほど。私は、これを陛下に報告すればいいのかね」
「……私は、竜の花嫁にふさわしくあろうと思って行動したまでですわ。プロンコール大臣」
ゆるりと頭を下げたイザベラは、プロンコールに見えないところで表情を歪ませる。さらりと垂れていく金髪を眺めながらプロンコールもまた、先ほどまでイザベラに見せていた笑顔を引っ込めていた。
「頭を上げてくれたまえ、イザベラ嬢」
衣擦れの音もなく静かに背筋を伸ばしたイザベラは、社交と努力で培った淑女然とした微笑みを見せる。
さすがだな、と感心した心の内を見せるようにプロンコールはわずかに目を開き、それからまるで獲物を捕らえたかのように鋭い視線を見せた。
「さて、陛下の忠臣としては不安要素を放っておくわけにもいくまい。これは、早々に陛下のお耳に入れるとしよう」
プロンコールにとって、竜の花嫁の座にどちらの娘が就こうとも、どうでもいい。その視線は、そこの先にある玉座へと向いていた。
この一件をどう扱おうか、と自身の手を確認しながらイザベラに向かって安心させるように微笑む。
「君は他の人がやって来る前に帰りなさい。……姿を見られると、変な勘繰りを受けてしまう」
「失礼いたします」
誰もいなくなった室内で、プロンコールはイザベラから差し出された紙を自身しか開けられぬ引き出しへ、大切にしまい込む。
政治に関わるつもりはないと離宮に引きこもっているくせに、花嫁だなんだと結局国の中枢に影響を与える存在――守護竜。
力なき者の知略は、ときに竜ですら飲み込むのだと知ったら、あの端正な美貌はどう歪むのだろうか。
その時を想像したプロンコールは薄く笑う。その体から湧き上がる昏い感情を隠さずに。




