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【受賞】聖女は死の円環を解く  作者: 干野ワニ@受賞作6/15発売
第一幕 円環は繰り返す

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第07話 円環は、また

 ふと目が覚めると、快適な寝台に横たえられていた。

 飛び起きると、そこは実家にある自分の部屋だった。


「また、戻ったのね……」


 真っ白な髪を自ら手早く結い上げながら、私は部屋を飛び出した。

 今は一秒でも時間が惜しい。


(女神アウラは、また機会をくださった。次こそは……!)


 一年間の猶予を使い、私はこれでもかと身体を鍛えぬくと同時に、毒薬の知識も広く身に着けた。そして前回自分に使われた無味無臭、かつ血を吐く症状は砒霜(ひそう)のものらしきことと、砒霜の多くは銀を黒変させる硫黄を含み、ゆえに銀食器の使用で判別可能だと知ったのだった。



 * * *



 ――そして一年後。私は四度めの選定の儀を迎えた。

 今回も少し早めに礼拝堂に入ると、私は女神像の台座を確認した。


(やっぱり、三つめの火精の宝玉にひびが入っている。時間が戻るたびに一つ壊れてるんだ! それってつまり、やり直せるのはあと一回だけということ……?)


 私は初日からアンジェリーネ様の護衛騎士を自称すると、少々迷惑がられているのを承知の上で彼女の優しさに甘え、四六時中ぴたりと張り付いた。さらに自ら使うだけでなく、アンジェリーネ様を始めとした聖女候補たちに銀食器の利用を勧めた。


 フランチェスカ嬢たちは初めこそ鼻で笑って拒否したが、私があまりにも真剣に心配するので「わ、わかったわよ……」と、渋々銀食器を使い始めた。


(やっぱり、関係性も変えておいてよかった! このままなら、皆無事に選定の儀を終えることができるのでは!?)


 だが儀式も終盤を迎えた、ある日のこと。私が自室に帰ると、枝を折られた聖樹の苗木が目に入った。かなりの大きさに育っていた苗木には、もう私の腕ほどに太い枝が茂り始めていた。だがその枝は乱雑に全て折り取られ、無残にも床に散らばっている。


(一体、誰が……)


 初めてのときも、枝を折り取られたことはあった。だがあの時とは、人間関係が全く違うと思っていた。でも表だっての関係性を変えることはできたけど、心の中の反感は消えていなかったのだろうか。


 もっとも、私の目的は誰より立派に聖樹を育てて聖女になることではない。ただ、毎日欠かさず力を注いで育てた樹を折られたことが、悲しかった。とはいえここまでくれば、もう問題なく最終日を迎えることができるだろう。


 ――だが。枝を折られたことに強く動揺したせいか、はたまた『あと一回はやり直せる』と、油断していたのだろうか。まるでつじつまを合わせるかのように、フランチェスカ嬢以外の三人が一度に火事で亡くなった。


(なんで私は、こんなにも油断ばかりなの!? 私がもっと頭がよければ、もっと冷静な性格だったなら、助けられたかもしれないのに……!)


 かつての私は家庭教師から逃げてばかりで、友人たちと一緒にお菓子を食べながらおしゃべりするのが一番の楽しみだった。そろそろ結婚する友人も増えてきた年ごろで、誰にどんな縁談が来たかの話で、毎日飽きもせず盛り上がっていた。そんな平穏な日々が、まさかこんなふうに崩れてしまうなんて……思ってもみなかったのだ。


 愕然としているうちにフランチェスカ嬢の胸に氷柱が打ち込まれ、私の魔紋が検出された。


 私は、再び磔となった――。



 * * *



 大聖樹に力を搾り取られながら、私は朦朧とする頭で必死に考えた。


 下手人は、おそらく使用人だ。下級使用人ならば表の扉を使わず聖女候補たちの部屋に出入りする方法があるはずだと、ようやく気付いたからだ。でも使用人に直接の動機はないだろうから、やはり王太子あたりが黒幕で、その命令で動いているのだろう。


 いや、先入観で直情的に動いてしまうのは私の悪い癖だから、慎重にならなければならない。そもそも下手人を一人二人捕まえたところで、背後にいる黒幕に逃げられては、何も意味がない。


(次もまた身体を鍛える? ううん、それは本職の護衛を雇えばいい。これまでは、場当たり的に防ぐことばかりを考えていた。だから、こちらから下手人を追い詰めるための、反撃の手段を全く考えていなかった!)


 下手人を見つけて黒幕をたぐり、元を断つ。

 もうそれしかないだろう。


(普通の方法で証拠が見つからないならば、見つける方法を変えられたらいいんだけど……)


 そのとき、頭に一人の名がよぎった。屍公爵(しこうしゃく)フィデンツィオ。彼は本来、現王の第一王子、つまりデメトリオ殿下の兄である。


 だが『加護なし』、つまり魔法力を持たずに生まれて来たことが判明し、六歳で留学という名の人質として遠い帝国へと送られた。


 その挙げ句、十五歳の成人で帰国と同時に、廃嫡の憂き目に遭う。そして魔の森からの国境守備を名目に辺境領地へと追いやられ、臣籍に下り公爵となった。


 そんな彼が『屍公爵』だなどという恐ろしい二つ名で呼ばれる理由は、とても人の心を持っているとは思えない、その残虐な嗜好にあるという。彼は様々な死因を持つ屍体(したい)を辺境にある自らの城に蒐集(コレクション)しては、腑分(ふわ)け――つまり遺体を解剖するという悪魔の所業を、夜な夜な(たの)しんでいるらしい。


 だが魔法を重視しない大帝国で最新の技術を学んで来た彼は、魔術や法術では再現できない『医術』を手にしていた。


 帰国から十年。彼がその二つ名を不名誉なものから畏敬を含んだものへと変えたきっかけは、関係のよくない隣国の大使が夜会の場で変死した事件の真相を、その医術を用いて解き明かしたことだった。


 もしこの国の人間による犯行とみなされたままだったなら、それは隣国が領地を切り取りに来る口実となっていたことだろう。


(そうだ、あの方の医術を学びに行こう。たとえ悪魔に心を売ろうとも、私にはもう、普通のやり方では無理なんだもの……!)


 だが、その医術――検屍術(けんしじゅつ)――は人の命を救うためのものではなく、死者の最期の声を聞くためのものだという。つまり、死なせてしまってからしか使えない。


(私がもっと頭が良ければ、これまでに下手人を暴いて、全員を救うことができたのに……ううん、まだ全員生存はあきらめない。でももし次に事が起こったら、必ずや下手人を追い詰めて、真実を(ただ)す!!)


 私は決意と共に口を開け、舌先を出した。

 暗く閉じられた視界に、ブツリという音が響く。






 ――どこかで「ピシリ」と、亀裂の入る音がした。



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