表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】聖女は死の円環を解く  作者: 干野ワニ
第一幕 円環は繰り返す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/32

第05話 再びの惨劇

 あれからひと月近くが経ち――私は、警戒を深めていた。そろそろ一つ目の事件が起こった日が近づいているためだ。


(前回は『予兆』があったけど、少しだけ人間関係を変えてしまったから……予兆がないまま事件が起こる可能性がある。とにかく今は、アンジェリーネ様から離れないようにしなきゃ!)


 私がいつものように部屋をノックすると、今日は取次の侍女ではなく、初めにアンジェリーネ様ご本人が現れた。


「まあ、ファウスティナ!」


「ごきげんよう、また押しかけてきてしまいました。アンジェリーネ様のお顔が見られないのが寂しくて!」


 つとめて明るく言った私に、アンジェリーネ嬢は珍しく、困ったように目を泳がせる。


「それは、ごめんなさい……。今日はフランチェスカ様たちにお茶に誘われているの」


「そうですか……残念です」


 フランチェスカ嬢が初日のお茶会にアンジェリーネ様を呼ばなかった理由は、自分より家格が高い人と同席したくないからかと思っていたけれど……違うのだろうか?


 フランチェスカ嬢の考えが分からなくて頭をひねっていると、アンジェリーネ嬢はふんわりと無邪気な笑みを浮かべて言った。


「そうだわ、貴女も一緒にいかがかしら?」


「せっかくのお誘いですが、お招きいただいておりませんので……」


 私が困ったように笑うと、彼女も顔を曇らせる。


「そう……。ならばわたくしも、今日は欠席しようかしら。貴女だけのけ者にするなんて、やっぱりおかしいわ」


「い、いえ、滅相もない! 約束を違えるなど、アンジェリーネ様のご名声に傷がついてしまいます。私はもとより下位貴族。高位のご令嬢方と席を同じくするなんて、そもそも不遜なのです。アンジェリーネ様、いつも優しくしてくださって、本当にありがとうございます」


 心から淑女の礼を取る私に、アンジェリーネ嬢は慌てたように言った。


「そんな、気にしないで! 気づまりなこの神殿で、貴女と過ごす時間だけがただ一つの楽しみなんだもの。これからも仲良くしてね」


「はい!」という私の返事に被せるように、廊下に声が響いた。


「フン、相変わらず下民なんかと付き合っているのねぇ。お似合いですこと」


 アンジェリーネ嬢を迎えに来たのだろうか。声の方に顔を向けると、フランチェスカ嬢たちが、こちらに近づいてくるところだった。私はわき上がる怒りを押さえ込むように、低く声を上げる。


「フランチェスカ様、我が父祖(ふそ)はただの文官であり、戦場で功成り名遂げし帯剣貴族(たいけんきぞく)ではございません。しかし、王家直々に爵位を賜った直参の臣下であることに、変わりはございません」


「ふふ、そうね。あなたたち法服貴族(ほうふくきぞく)も、確かに貴族だわ。でもね、そちら(・・・)ではないのよねぇ」


 フランチェスカ嬢が扇子で口許を隠すと、三人は計ったようにクスクスと同時に笑い合う。


「それは、一体どういう……!」


 思わず熱くなりかけた私の肩に、ポン、と横から手が置かれた。


「フランチェスカ様、今日は少々気分が優れませんの。せっかくのお誘いですけれど、これで失礼しますわ」


 穏やかな声に振り向くと、いつものアンジェリーネ様が優雅に微笑んでいる。


「ファウスティナ、またね」


「あ、はい、また……」


 みなまで言い終えぬ間に、アンジェリーネ様は自室の奥へと消えて行った。



 * * *



 その翌日、前回と全く同じ『予兆』が届いた。それは公爵家の紋章が入った白い便せんに、流麗な文字で綴られていた。


『今日の午後二時、書庫で会いましょう。秘密のお話があるから、このことは誰にも言わないでね。少し遅れていくかもしれないから、そのときは申し訳ないけれど本でも読んで待っていて。 アンジェリーネ』


 だが前回、私が書庫で待っている間に、アンジェリーネ嬢は殺された。そして犯行が行われた時刻に唯一、存在証明(アリバイ)がなかった私に疑いの目が向けられた。呼び出しの手紙を提出したが、筆跡の鑑定でアンジェリーネ嬢のものではないという結果になり、偽造したのではないかと逆に不審がられてしまったのだ。


(とはいえ直接の証拠はなかったから、この段階では私が下手人(げしゅにん)――つまり殺しの手を下した者だと断定されることはなかった。でも今思えば、二人目も、三人目も、ちょうど私に存在証明がないときに亡くなった。真の下手人は、初めから私に罪を着せるつもりだったんだ……!)


 私は紙に皺が寄るほどぐっと手紙を持つ指に力をこめると、それを鍵をかけられる書き物机にしまって部屋を出た。


 アンジェリーネ様に確認すると、やはり手紙になんて覚えがないという。その日は少々強引に一日中アンジェリーネ様に付きまとい、ようやく日が暮れた。



 * * *



「アンジェリーネ様、今日はたくさんやりたいことに付き合っていただいて、ありがとうございました」


「うふふ、今日はたくさん共にすごせて楽しかったわね」


 その日の晩餐を終えると、私はアンジェリーネ嬢が居室の頑丈な扉の向こうに消えるまで見送ってから、自分の部屋へ帰った。部屋にある小さな祭壇に向かい、就寝前の祈りを捧げると共に、聖樹の苗木に力を注ぐ。


「おかげさまで、アンジェリーネ様を助けることができました。女神アウラ様、本当にありがとうございます!」


(といっても……今日はどうにかしのぐことができたけど、もしかしたら明日に延期しただけかもしれない。油断はできないわ。王太子の息がかかっているとしたら、下手人は使用人か、もしや神官の可能性もあるかしら。とにかく、もっと警戒して、怪しい動きをしている者自体を探さなきゃ!)


 たったの半日しのいだだけで、なぜこれほど油断してしまっていたのだろう。夜の静寂を割くような悲鳴が聞こえたのは、その時だった。


 急ぎ廊下へ出ると、隣接するアンジェリーネ様の部屋の扉の前に、夜警らしき神殿騎士と侍女たちが集まり、開かない扉に声をかけているようだった。他の聖女候補たちも、不安そうに廊下に出てきている。そうしているうちに、扉の隙間からもくもくと濃い黒煙が噴出し始めた。


「急げ、すぐに扉を破れ!」


 騎士たちが体当たりを続けるが、本来は中で眠る者の安全を守るために造られた扉は頑丈で、びくともしない。


「魔術を使って扉を壊しては!?」


 侍女の一人が声を上げたが、神殿騎士が首を振る。


「バカを言うな、令嬢が近くにいたら巻き添えになってしまうぞ!」


 混乱の果てにようやく扉が破れた瞬間、戸板を押し戻す勢いで、中から大量の黒煙と共に炎が噴出した。瞬く間に混乱が広がって、使用人たちが逃げまどう。職務に忠実な騎士たちも炎に吹き飛ばされたところから、それ以上近づくことができないようだ。


「早く、誰か、水を!!」


 私が叫ぶと、駆けつけた神官の一人が呪文を唱えた。


水の壁(ムルス・アクア)!」


 炎の中を厚い水壁が走り、突き当たりでドシャッと音を立てて崩れ去る。


 真っ黒に煤けた室内が神官の放った魔術の灯りで露わになると、その中央には、無残に焼け焦げたアンジェリーネ嬢の遺体が横たわっていた。


 熱で畏縮しきった手足は痛ましく、豪華だった服も少しの残骸を残すだけである。今周も彼女とお揃い(・・・)であつらえた貝彫刻(カメオ)のブローチは、炎に舐められ真っ黒に染まっていた。


「そんな、助けられなかった……アンジェリーネさま!!」


 私は半狂乱となり駆け寄ったが、すぐに騎士たちに取り押さえられる。


(私は今日、いえ、この一か月もの間、ううん、その前の一年も、一体何をやっていたの!?)


 分かっていたはずなのに、色々と対策したつもりになって、実際には何一つ、これっぽっちも、中身のある行動ができていなかった。せっかくやり直すことができたのに、私が考えなしのバカだったばっかりに、大事な友人ひとり、守ることができなかったのだ。


(こうなったら、せめて、あの方の(かたき)だけは取らなければ……)


 フラフラと部屋を出ようとすると、扉の前にいた神殿騎士に止められた。今夜はもう、令嬢たちは出歩いてはならぬという。不安ならば女の神官を呼び付き添わせるとも言われたが、私は丁寧に断り扉を閉めると、小さな祭壇の前に崩れるようにひざまずいた。



 * * *



「我々は悲鳴を聞いてすぐに扉の前に駆けつけました。しかし扉には内側から鍵がかかっていて、あの短い時間に扉から出た者がいたとは考えられません」


「ならば、アンジェリーネ嬢は自ら部屋に火をかけたということか。魔紋も、水を放った神官のものしか出ておらぬから、火種は灯火か暖炉といったところだろう」


 翌朝行われた、現場検証の場。前日その場に居合わせた私や騎士、神官たちに詳細を聞いていたアッティリオ祭司長は、そう言って困り果てたという表情を浮かべた。


 魔術で灯りや暖を取ることはできるが、灯している間はずっと術者の集中が必要だ。さらに魔術は、術者の目視できる範囲でしか効果が発生しない。そのため灯火も、暖炉も、天然の炎を使うのが常だった。


「それにしてもジェンティレスキ公爵に、なんと申し開きをすればよいか……」


 そう言って心底困ったように首を振る祭司長を見て、私はカッと頭に血が上るのを感じた。


(……は? こんなときに祭司長はアンジェリーネ様を(いた)むのではなくて、公爵家への言い訳なんて考えているの!?)


 だがここで感情のままに動いたら、また最適な対処ができないだろう。私は利き手でぐっと自分のスカートを握りしめて耐えると、努めて冷静に口を開いた。


「アンジェリーネ様には、そんなことをする動機が全くありません。きっと何か、あの部屋から出る方法があるはずです。どうか、私にも調査をさせてください!」


 私は必死に訴えた。だが祭司長は、無情にも首を横に振る。


「ファウスティナ嬢、調査は我々神官と神殿騎士団が行う。聖女候補は選定の儀に集中しなさい」


「でも……!」


 結局どれだけ食い下がっても、室内を調査する許可はもらえなかった。そもそも今はまだ神殿関係者でもない、ただの小娘なんかに許可が下りるはずがなかったのだ。


(なにか、他に方法は……考えろ、考えろ、私……!)


 私はあまり教師に褒められたことのない頭を懸命に振り絞りながら、自室へ向かう廊下を歩いていた。ふと向かいから来る神官たちへ目をやると、彼らはみな同じ型のお仕着せ、つまり制服に身を包んでいる。そういえば廊下に並ぶ聖女候補たちの部屋の扉も、どれも同じ型で――。


「制服……そうか、アンジェリーネ様の部屋は私の部屋と中の造りは全く同じになっているはず。ならば私の部屋を調べたら、下手人が脱出した方法の手がかりが見つかるかもしれない!」


 だがハッとして顔を上げた瞬間、後頭部にがつんと強い衝撃が走った。

 目の前に火花が散るように、視界が明滅を繰り返す。


「だっ……!」


(誰!? 顔を、顔を見なければ……!)


 ふらつく足をなんとか踏みしめ、振り返ろうとした瞬間、再びの衝撃。






 ――どこかで「ピシリ」と、亀裂の入る音がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ