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【完結】聖女は死の円環を解く  作者: 干野ワニ
第三幕 明けない夜の鐘

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第16話 侍女たちの履歴書

 私がうつむいたまま同じ階にある自室に帰ると、先生からの伝言が届いていた。なんでも『使用人たちの雇用歴が分かる資料が届いたから、手が空いたら見に来るように』とのことらしい。


 この大神殿の中に用意された宿坊のうち、二階には貴族向けの部屋がある。そのさらに上の三階には、王族向けに用意された部屋が並んでいた。そのうちの先生が滞在している部屋を訪ねると、そこは聖女候補たちに用意された部屋より広い造りとなっていた。


 王族が滞在するために用意されている部屋は、応接室、寝室の他に執務室と客間からなる四部屋があり、さらに侍従や侍衛たちが寝泊まりする部屋も続きに用意されているらしい。先生はすでに臣籍に下ってはいるが、この神殿の頂点にある聖女ルチア猊下の孫であるということには変わりないのだろう。


 案内されたのは、そのうちの最も表にある応接室だった。中央にある大きな卓上には一点をざっくりと紐で綴じた紙束が置かれていて、先生はお茶を口に含みつつ、紙束を一枚ずつめくっているようだった。その横には同じような紙束が、まだ十数冊ほど積み上げられている。


「先生、ファウスティナが参りました」


 声をかけて淑女の礼を取ると、先生はこちらへ目を向けた。


「ああ、早かったな。これは現在、大神殿で働いている者たちが採用されたときに持参していた紹介状の全てだ。採用前にこの紹介状をもとに身元を照会した際には、特に不審な点はなかったらしい」


 侍従に椅子を勧められた私が腰かけると、先生は紙束の一つをトントンと指先で叩きながら言った。


「まず聖女候補たちに三名ずつ付けられている侍女の出自を調べたが、まず若手は中流階級から嫁入り前の行儀見習いとして送り出された娘たちが多い。対する熟練の者は、元王宮や貴族の邸宅で働いていた者たちが多いようだ。後はこの選定に際して実家から付いて来た者を、そのまま侍女としている者が少々」


 そんなことが可能だとは我が家には知らされていなかったが、高位貴族である三名は、それぞれが実家より慣れ親しんだ侍女を連れて来ていたようだ。――もしくは、それは実家から付けられた監視役なのだろうか。彼女たちにそれほど仲の良い侍女がいるようには見えなかったし、アレッサンドラ嬢から過去の話を聞いてから、どうも良いように取りにくくなった。


「アンジェリーナ様の侍女は……行儀見習いが一名、元王宮付の熟練者が一名、そして公爵家からの御付きの侍女ダフネ……あら、ダフネはもう退職済みなのですね」


 記録によると、アンジェリーネ様の死後も公爵家には戻らず、かといって神殿に残ることもなく、退職してしまったのだという。理由は『親が老境にあるので、これを機に帰って世話をする』という、ごくありふれたものだ。


「……もしダフネだと仮定したら、逆に何か理由をつけて神殿に残るのではないでしょうか。これまでの周では、下手人は生贄とする一人を除き、全員殺すことを目的としているようでした。そんな状況で外に出てしまっては、目的達成が困難になってしまいますし」


「なるほど……他の者は?」


「元王宮付の熟練者も、違うと思います。彼女はふくよかな体形だったので、あの取り出し口を抜けられるとは到底思えません。それにアンジェリーネ様の口内を覗いていた侍女……確か細身でしたよね?」


「その通り」


「それならば、残るのは行儀見習いの侍女ですが……」


「その侍女は、十七歳か。女性の年代を見分けることに自信はないが、あのときの侍女は少なくとも十代のようには見えなかった」


「そういえば、先生は口内を覗いていた侍女の顔を見ていらっしゃったのでしたね。その侍女の顔を見れば、今でも判別はできそうでしょうか?」


「ああ、可能だ」


「ならば、私に神殿から付けられた三人の侍女たちの顔はご覧になりましたか!?」


 私は、先ほど見た資料のうち……自分に付けられた侍女のうち一人であるサビーナが、元王宮付、それも選定の儀に合わせて人員を増やしたタイミングで神殿に移ったという事実が気になっていた。年齢も三十歳前後であるし、さらに体型も穴を通り抜けることができるだろう。


「ああ、三人とも君の部屋で見た覚えがある。だがあの侍女とは違っているから、安心するといい」


「そう、ですか。よかった……」


 私はほっと胸をなでおろしてから、ふと気がついた。


「あの、この神殿に勤める侍女は全部で何名いるのでしょう? 全ての侍女を先生に面通ししてもらえたら、話が早いのではないかと思いますが……」


「現時点で、侍女のお仕着せが支給されている対象は、百十四名であるらしい。ただその人数を一人ずつ顔を見て回るには、時間がかかりすぎる。あまり時間をかけては、噂を聞いて逃げられてしまう可能性があるからな。そこでアッティリオ祭司長に目的を伏せて侍女たちを集める場を設けるよう要請しようと考えているが、君はどう思う?」


 私が賛成すると、先生は侍従の一人に目を向ける。


「では祭司長に面会の打診を」


 すると侍従はすぐにうなずいて、部屋を出て行った。


「さて、侍女以外の使用人たちの確認だが……こちらは住み込みの者だけでも六百を超える数になる。だから条件を定め、人手を集めて一次調査をさせよう」


「では初めに調べる条件は……『聖女選定の儀に合わせて王宮からの紹介で移って来た者たち』からで、いかがでしょうか」


「妥当だな。ほか、個別に気になっている者はいるか?」


「はい、ジャンナという下級使用人の女性で……」


「ならば、ここにあるだろう」


 私は礼を言って手渡された紙束をめくると、ジャンナの名を探した。


「あった! 幼いうちに見世物小屋の興行主に売られ、その後、選定の儀のために下働きの数を集めていた神殿へと転売された……」


 そこに書かれていた経歴は、本人が語った過去と特段の違いはないものだった。だがなぜか気になってしまうのだが、やはり関係ないのだろうか。


 私が考え込んでいると、アッティリオ祭司長からの返事を携えた侍従が戻ってきた。今すぐであれば、時間が取れるということらしい。


「それって、先生に来いということですか!?」


(臣籍に下ったとはいえ、先生は王族でしょ!? それを礼も尽くさず呼びつけるなんて……!)


 自分の尊敬する相手が軽んじられた気がして、私は思わず眉をひそめる。だが先生は、微かに苦笑して言った。


「その方が効率的だろう」


(そんな、明らかに敵地だと分かっている場所に先生を一人で送り込むなんて……できない!)


「どうか、私もお供させてください!」


 すると先生は、さらに困ったような笑みを深めると、同行を許可してくれたのだった。



 * * *



 アッティリオ祭司長の執務室に通されると、先生は侍女たちを集める計画を、部屋の主に淡々と説明した。さすがに仕事や場所の都合で一度に集めるのは無理だろうから、四組に日時を分け、健康状態の確認を名目に集めるということらしい。


 だがそれを薄笑みを浮かべて聞いていた祭司長は、呆れたように首を振って言った。


「侍女はそれぞれ、日々忙しく働いておるのです。それを一堂に集める時間を用意せよなど、いくら閣下が聖女ルチア様の御孫君であれ、少々我がままが過ぎるでしょう。検屍をして下手人を見つけるなどと大そうなことを仰っておりましたが、結局分かったのはジェンティレスキ公爵令嬢は焼死ではなかった、ということだけ。これ以上余計なことをして、聖女選定の儀の邪魔をしないでいただきたい」


 祭司長はそこでいったん言葉を切ると、次いで私の方へとジロリと視線を向けた。


「アンブロージオ子爵令嬢。君も調査だなどと称して、捕吏(ほり)のまねごとをして遊んでいる余裕があるのかね? こんなところで油を売っている暇があるなら、聖樹の苗木に祈りを捧げたまえ」


「遊びだなんて! アンジェリーネ様は、殺されたのですよ!? それなのに緘口令(かんこうれい)を敷いて民にはひた隠しにし、死者を悼むための葬儀すら行われないなんて……そんなの、おかしいではございませんか!」


 かねてから感じていた疑問があふれ、私は思わず声を上げる。するとアッティリオ祭司長は、苛立つように眉を吊り上げて言った。


「聖女候補の葬儀など大々的に行えば、民に混乱と恐怖を与えてしまうだろう。なにより聖樹が枯れ始めている今、選定を進めることこそが最優先なのだ。葬儀は無事次代の聖女が決まった後に行うと、先日説明したであろう!」


 激高した様子のアッティリオ祭司長と対照的に、先生の落ち着いた声が響く。


「隠蔽すれば、事実が消えるわけではない。選定を終えた後に葬儀を行うという言葉が嘘でないならば、民を混乱させぬためにも真実を明らかにしておくべきだろう」


 だが祭司長は、挑むように口の端を上げた。


「女神の加護を受けていらっしゃらない閣下に、女神の家たる神殿の方針に口を出す権利があるとでも?」


「なっ……!」


 私は思わず卓上に手をつき、抗議の声を上げかけた。だが先生は、私の前にすっと手を上げて制すると――なお冷静に、口を開いた。


「女神の加護は魔法力を持たない平民にも等しく与えられると神殿は触れ回っているが、口先だけか?」


「平民に向けられる加護など、まさに女神の恩寵たる我ら貴族に与えられる加護とは、全く異なるものに決まっておるではありませんか」


 そう言ってせせら笑う祭司長を見て、私は絶句した。民の前では大いなる慈悲を説きながら、その根底には当然のように選民思想が根付いていたのだ。


 だが祭司長を睨み付ける私とは対照的に、それでも先生は不快を示すことなく、冷たく言った。


「私は国王陛下より、今回起きた事件の真相究明を一任されている。それとも、ジェンティレスキ公爵家より預かった大切な聖女候補が焼き殺されたという事実の責任を、そなたが一身に引き受けるとでも?」


 アッティリオ祭司長は何かを言いたげに口をぱくぱくとさせて、結局、言葉にできなかったらしい。ぎりりと奥歯を噛みしめたかと思うと、彼は(うな)るように言った。


「……承知いたしました。ただ面通しを行うとおっしゃいましたが、その女の顔は一瞬見ただけなのでしょう。その程度で、再び顔を見たところで、見分けることなどできるのですか?」


「私の記憶力が悪くないことは、そなたも知っておるだろう。一度に集める必要はない。幾度かに分けても取りこぼしさえなければ、それでよい」


「かしこまりました……」


 アッティリオ祭司長はとうとう観念したように、ため息をついた。



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