9 彼の三年間
心配だったけれど、本当に誰にも気づかれずにコリーナの部屋まで来られてしまったわ。
「ミリア様、お疲れ様でした。もうすぐ広間でのお夕食となります」
「え?夕食?!その席には王様と王妃様もいらっしゃるの??」
まだ心の準備が出来ていないわ!
「いえ。本日は殿下とコリーナ様のお二人だけです。皆様でのお食事は月に一度大広間で行います」
「そ、そう。では今日は殿下と二人だけなのね?」
「はい。お食事の前にお召し物を替えましょう」
リズが夕食用のドレスを何着か見せてくれたので、私はパープルのドレスを指差した。
「これにするわ」
「かしこまりました。コリーナ様とは好みが違うんですね」
「そう?コリーナはどんなドレスを着るの?」
「イエローやライトグリーンのお召し物をよく選ばれますね」
「確かに。昔からあの子は明るい色が好きだったわね。ではイエローのドレスにしましょうか?」
「いえ。パープルもよくお似合いになると思います」
「そう?じゃあこのドレスにするわ」
支度を終えて、広間の前に着いた私は大きく深呼吸をした。
なんだか緊張してきたわ・・・。
勇気を出して広間に入ると、すでにスレイン様が席についていた。
「お待たせしました」
平常心を装って向かいの席に座ると、私を見たスレイン様が目を細めた。
「今日はなんだか雰囲気が違うな」
「そうですか?このドレス、似合わないでしょうか?」
「いや、よく似合っている」
「・・・ありがとうございます」
浮かれてはだめ。
この言葉はコリーナに対して言ったのよ。
「今日はミリアの所へ行ったのか?」
「え?」
「君が行きたいと言うから、私が馬車を手配しただろう?」
「あ、はい。行きました」
「彼女は息災だったか?」
「お元気でした。殿下によろしくお伝えくださいと、おっしゃっていました」
「そうか。私も機会があればまた会いに行こう」
「はい。姉も喜ぶと思います」
「・・・・」
ふう。
美味しかったけれど、量が多過ぎるわ!
コリーナは毎日この量を食べているのかしら・・・。
「コリーナ、部屋に戻る前に執務室へ来てくれないか?」
何の用かしら?
「はい。わかりました」
スレイン様に連れられて執務室へ入ると、後ろで勢いよくドアが閉まった。
「どういうことだ?」
「はい?」
振り返ると、背の高いスレイン様が私を見下ろしていて。
「何故君がここにいる?」
「えっ・・・」
なぜバレたのかしら?
変装は完璧だったはずなのに・・・。
「私がわからないとでも思ったのか?」
スレイン様、何だか怒ってらっしゃる??
「なぜ君がコリーナのフリをしているんだ?」
「これは・・・仕方なく入れ替わったんです」
「それで?私のことを試したのか?」
「ち、違います!ちゃんとお話するつもりでした!城に到着してすぐに夕食の時間になってしまったので、お伝えする時間がなかったんです!広間には給仕の者もいましたし・・・」
スレイン様、ちょっとお顔が近いですわ。
「殿下はどうして私だとお気付きに?」
「ははっ。何年君と一緒に過ごしたと思っているんだ?話し方や仕草ですぐにわかるに決まっているだろう。それに・・・君はコリーナよりもずいぶんと食べていたしな」
「なっ・・・」
なんてことっ!
恥ずかしいったらないわ!
「無理して食べたんです!残していいとは知りませんでしたし!」
「ははっ。別に残しても構わない。それに君は・・・少し肌が焼けているな」
「え・・・」
確かに最近はお庭でお茶をするから、焼けてしまっているかもしれないわ。
「ふっ。殿下のことは騙せませんね」
「やはり試したんだな?」
「実は、騙せたら面白そうだとは思っていました」
「ははっ。騙せなくて残念だったな」
「いえ、私だと気付いて頂けて嬉しかったです」
「はっ・・・まったく君は」
スレイン様は呆れた顔で私の肩を抱き寄せた。
「で、殿下?」
「少しだけこのままで・・・いさせてくれ」
何だかいけない事をしている気分だわ・・・。
でも、私も嫌ではないから困ったものね。
しばらくしてスレイン様の腕の中から解放された私は、促されるままソファに座った。
「それで、コリーナはディボン伯爵の屋敷にいるのか?」
「はい。今頃エニフィール様に挨拶している頃かと」
「そうか・・・。それで、二人はいつまで入れ替わるつもりだ?」
「それが、何も決めずに来てしまいました」
そういえばこの先の事を話し合わずに出てきちゃったわ。
「殿下、コリーナを狙った犯人が捕まるまでは、私がコリーナとしてこちらで過ごしてもいいでしょうか?」
「それは構わないが・・・。危険に晒されるんだぞ?」
「わかっています」
「あれから警備の者も増やしているし、城内で滅多なことは起こらないとは思うが・・・」
「犯人も寝首をかくまではしないかと。次また狙われるとしたら、人が多く集まるパーティーなどでしょうか」
「そうだな。直近だと来月行われる陛下の生誕祭か」
国のあらゆる貴族が列席するはずよ。
人混みに紛れて犯人が接触してくるかもしれないわ。
「そこで私が囮になります」
「だめだ!それはあまりにも危険すぎる!」
「いつまでも手を拱いているわけにはいきません。一人になる時間を作って犯人をおびき出そうと思います」
「ミリア・・・」
「監視の者をつけてください。危険だと感じたらすぐに合図を出しますのでだいじょう・・・」
その時私はスレイン様の顔から血の気が引いていることに気付いた。
「殿下?大丈夫ですか??」
「ミリア・・・私はまた君を失うかと思うと怖いんだ・・・」
「殿下・・・」
手が震えていらっしゃるわ・・・。
私は今まで自分だけが被害者だと思っていた。
三年の時を失い、そしてスレイン様との婚約破棄にコリーナとの結婚・・・。
私だけが不幸のどん底にいるのだと思っていた。
でも、スレイン様にとっても、トラウマになってしまうくらい辛い出来事だったんだわ。
私は自分のことしか考えていなかった・・・。
「ごめんなさい。三年間殿下をお一人にしてしまって・・・」
スレイン様の頬にそっと触れると、彼の青い瞳が迷っているかのように揺れて。
私は気が付くと、スレイン様の唇に自分の唇を重ねていた。
ただ彼を慰めたい一心で・・・。
でも顔を離した途端、急に恥ずかしくなってしまったわ!
なんて言い訳しようかしら。
「あの私・・・」
「もうやめてしまうのか?」
「え?」
スレイン様は微笑みながら私の顎を引き寄せた。
なんて綺麗なのかしら、彼を見ているだけで酔ってしまいそう。
そういえばさっきお酒をいただいたから、本当に酔っているのかもしれないわ・・・。
今はそういうことにしておきましょう。