38 帰り道
今朝は雨も上がり、空はどこまでも澄み渡っていた。
私たちは焚き火で乾かした服を着て、洞窟を後にした。
それからしばらく経ったのだけれど・・・。
「エニフィール様、本当に大丈夫ですから、降ろしてください」
「いけません。素足で山道を歩くとまた怪我をしてしまいますから」
エニフィール様は靴のない私を背中におぶって山道を降りていた。
たくましくなられたとは思っていたけれど、こんなに軽々と私を運んでくださるなんて・・・。
「あ、あの、本当に重くないのですか?」
「全然平気です。この日のために身体強化魔法を習得しましたから」
「え?そんな魔法があるんですか?」
「はい。僕が作りました」
「え?」
またさらりとすごいことをおっしゃったわ。
「川に落ちそうになったミリアさんを助けられたのも、この魔法のおかげなんです」
彼は川岸から大きく跳躍して私をキャッチしたらしい。
「本当に運が良かったです。川沿いを上流に向かって歩いていたら、橋の上にミリアさんがいるのが見えて・・・。ミリアさんがもし川に落ちてしまっていたら、見つけられなかったかもしれません・・・」
なんて奇跡なのかしら・・・。
いいえ。
これは彼が作ってくれた必然なのかもしれないわ。
「この道を下って行けばテネスに着きますから、もう少し頑張りましょう」
キーフランドのテネスというのはアルドレアとの関所がある街ね。
もう少しってどれくらいかしら?
「ここからどれくらいかかるのですか?」
「どうでしょう・・・たぶん夕刻くらいにはなるかと思います」
「えぇ??やっぱり歩きます!降ろしてください」
私はエニフィール様に降ろしてもらうと、大きな岩を見つけて腰をかけた。
「あの、エニフィール様はあちらを向いていてくださいませんか?」
「は、はい」
私はスカートをめくり上げると、中に着ていたスリップの裾をグッと握った。
ふんっ・・・。
あら?
生地を裂こうとしたけれど、まったくびくともしなかった。
長いこと悪戦苦闘していると、痺れを切らしたのかエニフィール様がこちらを振り向いた。
「あの、僕がやりましょうか?」
「あ・・・お願いします」
私は彼が裂いてくれた生地を両足にぐるぐると巻きつけて靴下代わりにした。
「これでなんとか歩けると思います」
「本当に大丈夫ですか?足が痛くなったらすぐに言ってくださいね?」
「ありがとうございます」
それからエニフィール様は、私の歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれた。
たまに小休憩をとっては木の実を食べたり、花の雫で喉を潤したりした。
昨日まではこの道のりが絶望でしかなかったのに、今はこんなにも楽しいだなんて不思議ね。
そんな悠長なことを考えていると、遠くの方から馬の蹄の音が聞こえて来た。
まさか・・・。
モニカが私を追いかけて来たの??
私が思わず後ろを振り返ると、エニフィール様が私の肩を掴んだ。
「大丈夫です。テネスの方からこちらに向かって来ているようです」
では、私を追いかけて来たのではないのね・・・。
それでも、蹄の音がだんだんと大きくなって来ると恐怖心が募った。
「もしかして、ミリア様ではないですか??」
馬に乗った男たちは私たちの前で馬を止めると、礼をとった。
誰なの?
この方たちに正体を明かしてしまって大丈夫なのかしら・・・。
私がなんて答えようか悩んでいると、エニフィール様が口を開いた。
「どちら様でしょうか?まずはそちらからお名乗りください」
「・・・失礼しました。私たちはある方に雇われた者でして」
すると、後ろから走って来た馬車が止まり、中から褐色の肌の男性が降りてきた。
あれは・・・。
「ミリア!!」
「ミヒル様?」
駆け寄って来たミヒル様は私を力強く抱きしめると、大きなため息を吐いた。
「よかった・・・無事だったんだな・・・」
「ミヒル様、どうしてこちらへ??」
「はっ。お前を助けるために決まっているだろう??」
「え?」
まさかミヒル様がそんなことをしてくださるとは思わなかったわ。
「ありがとうございます・・・」
「無事ならそれでいい。俺が城まで送ろう」
「あの・・・」
私がエニフィール様の方を向くと、ミヒル様が首を傾げた。
「この男は?」
「彼は・・・彼も私のことを助けに来て下さった、国立魔導師団の魔導師様です」
「そうか・・・。ではお前も一緒に馬車に乗ってくれ」
「はい・・・」
私とエニフィール様はサハルさんに促されて馬車に乗った。
「ご無事で何よりです」
「サハルさんまで、本当にありがとうございます。まさかお二人がこのような遠いところまで私を探しに来てくださるなんて・・・」
「ミヒル様がどうしてもとおっしゃるので」
「おい。何を言っている」
「ミヒル様は夜も眠れずミリア様のことをご心配されていたんですよ?」
「やめろ」
あら?
ミヒル様が照れていらっしゃるわ。
「ミヒル様、ありがとうございます。このご恩は必ずお返しいたします」
「恩など返さなくていい。これはあの時の詫びだからな」
「あの時・・・」
あのネックレスのことね。
「そうですか、わかりました」
謝罪の代わりにお気持ちを受け取っておきますね。
しばらく馬車に揺られていると、私は安心したのか、瞼が重くなってきた。
でも今眠ってしまったら・・・。
私が隣に座っているエニフィール様を見ると、彼は私を見て微笑んだ。
彼がいつ消えてしまうかもわからないのに眠れるわけがなかった。
最後の瞬間まで彼の姿をこの目に焼き付けておきたい、そう思った。
これから城に戻ってスレイン様と会えるのが嬉しいはずなのに・・・。
私はどこかでアルドレアに着かないで欲しいと思う自分がいることに気付いていた。




