4 あの頃と変わらず
スレイン視点
↓
エニフィール視点
馬車に戻ると、護衛騎士のマッシュが不満げな顔で口を開いた。
「殿下、本当にミリア様をここに残して行くんですか?」
「城には連れて帰れないだろう」
「そうですけど、この屋敷に留めておくのは・・・」
それは私も本意ではないが。
「伯爵の子息は国立魔導師団の魔導師だと言っていたな」
エニフィール・ディボン・・・どこかで聞いたことのある名だ。
「彼がどういった人物か調べてくれ」
「かしこまりました」
「それと、ミリアが目覚めたことは他言しないように」
「心得ております」
「御者にも口止めをしておいてくれ。ここへ来たことは誰にも知られないようにしたい」
ミリアを抱きしめた感触がまだ腕に残っている・・・。
まるで時が止まったかのように、彼女は三年前と何も変わらなかったな。
「このまま城へ戻られますか?」
「あぁ。そうだな」
これからコリーナの元に帰るのかと思うと気は進まないが・・・。
「殿下、少し寄り道しませんか?今日は俺なんだか飲みたい気分なんです」
ははっ。
マッシュにはなんでもお見通しか。
「そうだな。たまには一杯やるか」
「はい」
それから高級酒場でマッシュと酒を飲み交わした私は、久しぶりに気分が良かった。
ミリアと再会出来たのだ。
また彼女に会えるのかと思うと、嬉しさのあまり自然と口角が上がっていた。
今日はこの気持ちに浸ったまま眠りにつくのだろう。
そう思っていたが、彼女の顔を見た瞬間、酔いが急激に覚めていくのがわかった。
「おかえりなさいませ。視察はいかがでしたか?」
この笑顔、姉妹なだけあってミリアと似てはいるが、心が一ミリも動かないのが不思議だな。
「コリーナ、ずっとここで待っていたのか?」
執務室には誰も入れるなと言っておいたんだがな。
「スレイン様のお戻りが遅いので気になってしまって・・・。お酒を飲まれたのですか?」
「あぁ。少しな」
「久しぶりに息抜きが出来たようで良かったです」
またか。
彼女はいつも笑顔で本心を包み隠す。
「これからは私のことは待たずに先に休んでくれ」
「いえ。一日の終わりに挨拶だけでもさせていただければと・・・」
「私が心苦しいんだ。先は長いのだから、お互いに気を使うのはやめよう」
「そうですね・・・わかりました」
「すまない。ではまた朝食で」
「はい。それでは失礼します」
結婚してひと月経つが、いまだに彼女が何を考えているのかわからない。
そういえばミリアからもあまり彼女の話を聞いたことがなかったな・・・。
今度聞いてみてもいいかもしれない。
ふっ。
今度か・・・。
これからは君に会えるんだな・・・。
数時間前ーーーー
「エニフィール!お前最近やけに早く帰りたがるよな?これからどこに行くんだ?」
「別にどこにも行きませんよ。たまには家で夕食を取ろうかと思っただけです」
「は〜ん・・・怪しいな。誰かと会う約束でもしてるんじゃないのか?」
「違います」
「お前こないだスーツを新調しただろ?これまで身なりに気を使わなかった奴が急に色気付きやがって。バレバレだぞ?」
「そんなんじゃありませんよ!」
「相手はどんなレディーなんだ?どこで知り合った?詳しく聞かせろよ」
「だから違いますって!」
キース先輩に絡まれると長くなる!
「急いでいるので失礼します!」
「ちょっ!待てって、おい!」
せっかくミリアさんが屋敷にいるのに、まだ一度しか食事をしていない。
今日こそは早く帰って彼女との親睦を深めたい!
家路を急いでいると、屋敷の近くで見覚えのある馬車とすれ違った。
あれは・・・王族がお忍びに使う馬車じゃなかったか?
そんな僕の予想は的中した。
「先程スレイン様が来られました」
ミリアさんが持っていたフォークとナイフを置いて顔を曇らせた。
第一王子のスレイン様はミリアさんのかつての婚約者だ。
先程から顔色が優れないのはそのせいだったのか。
「大丈夫でしたか?なぜここがバレてしまったのでしょうか」
「それは、ティナが偶然街で出くわしてしまったようで・・・」
「そうでしたか・・・」
「すみません。スレイン様には私が目覚めたことは口外しないでほしいと伝えました。ご迷惑をお掛けしないようにしますから、これからもこちらに置いていただけませんか?」
「それは問題ありませんが。ミリアさんは大丈夫ですか?殿下に会われて・・・」
「えぇ。もう過去のことですから」
そうは言っても、彼女が目覚めてからまだ二週間しか経っていない。
そんなにすぐに気持ちを整理することは出来ないだろう。
毅然と振る舞ってはいるが、腫れた瞼をメイクで誤魔化しているのがわかる。
やはり王都に呼んでしまったのは間違いだっただろうか。
「あの・・・よろしければ郊外に屋敷をご用意いたしましょうか?ここよりも落ち着いて暮らせるかもしれませんし」
「いえ、大丈夫です。スレイン様も今後は訪れることはないと思いますので」
「そうですか・・・」
「お気遣いありがとうございます。こちらで十分快適に過ごさせていただいております」
あなたという人は。
他人に弱みを見せないところは昔から変わらないな。
笑顔の裏で一体どれだけのことを耐えて来られたのですか?
「何か困ったことがあればいつでも言ってください。緊急の場合は僕の伝書鳩を使ってくださって結構ですので」
「わかりました。緊急の事など無ければいいのですが・・・」
「そうですね。ですが、念のために伝書鳩の使い方をお教えしますね」
「伝書鳩でしたら昔何度か使ったことがありますよ?」
「僕の伝書鳩は魔法で飛ぶんです。なので、本物の鳩ではないんです」
「そんなものがあるんですね・・・」
「食事の後で僕の執務室に来ていただけますか?」
「わかりました。伺いますね」
食事を済ませて執務室で待っていると、先程よりも軽い装いになったミリアさんが訪れた。
こうやって二人きりで顔を合わせるのは初めてなので何だか緊張する。
「お掛けください」
「えぇ」
ソファに腰を下ろしたミリアさんに、青白く輝くガラス製の鳩を手渡すと、彼女の新緑の瞳が大きく見開かれた。
「まぁ!綺麗ですね!」
「魔導師の使う伝書鳩は木製や銀製など、いろんな材質のものがあるんですが、この鳩は僕のオリジナルです」
「なぜガラスでお造りになったんですか?このように繊細ですと、すぐに壊れてしまうのではありませんか?」
「その・・・見た目が綺麗かと思いまして。それに魔法で強化しているので簡単には壊れませんよ・・・」
「ふふっ。エニフィール様は乙女心をお持ちなんですね」
「変でしょうか?」
「いえ、素敵だと思います」
ミリアさんは昔から誰に対しても偏見のない女性だ。
彼女が昔とひとつも変わっていなくて良かった。
「こうやって頭を撫でると鳩が動き出します」
「まぁ!」
「首輪のチャームに触れると声を録音出来ます。録音が終わって、鳩を飛ばす時は尻尾を2回撫でてください」
「わかりました」
「一度やってみますか?」
「えぇ。やってみたいわ」
あの頃手の届かなかった彼女が目の前にいる。
触れようと思えば触れられる距離に・・・。
瞳を輝かせながら鳩を見つめる彼女が愛おしくて、つい抱きしめたくなってしまう。
だめだ。
今はただこうやって側にいられるだけで十分なんだから。
僕はそう自分に言い聞かせながら、彼女の美しい横顔を眺めていた。