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3 想い人との再会




「素敵なお庭ですね・・・」


ティナがティーカップを片手に感嘆の声を漏らした。

私たちは今、色とりどりのバラが咲き誇る庭園で優雅な午後を過ごしている。


王都にあるエニフィール様のお屋敷に来てから、すでに二週間が過ぎていた。


「でも、こんなに広いお屋敷に一人で住んでいるだなんて、なんだか寂しいわね」


エニフィール様が四年前に国立魔導師団に所属したのを機に、彼のご両親は領地にある本邸に戻られたそうで、それからこのお屋敷にはエニフィール様だけで暮らしているのだという。


「お仕事でいつも帰りが遅いようですし、寂しさを感じる暇もないのかもしれませんね」


国立魔導師団に所属している魔導師は、魔物討伐や災害時に様々な地域に派遣されるので、とんでもない激務だと聞いたことがある。


「お体を壊さなければいいけれど・・・」


あれから彼とはディナーを一度ご一緒しただけだ。

そんなに忙しい彼が、毎週のように郊外にある治療院まで来てくださっていたなんて信じられない。

今だってこんなにお世話になってしまっているし・・・。

どうにかして感謝の気持ちを伝えられないかしら。


「ティナ、ちょっと聞きたいんだけれど」

「なんでしょうか」

「男性が喜ぶことって何かしら?」

「え??」

「男性が女性にされて嬉しいことよ」

「ど、どうしたんですか??急に」


なぜかティナが顔を赤らめながら口元を覆った。


「エニフィール様には随分お世話になっているし、少しでも感謝の気持ちを伝えたいの」

「あ・・・そういうことですか」

「なんだと思ったの?」

「いえ!なんでもありません」


パシンッとティナは自分の両頬を叩いた。


「何かない?私が出来て、彼が喜ぶことって何かしら?」

「そうですねぇ・・・。刺繍を施したものを差し上げるのはいかがでしょうか」

「刺繍・・・それはいい考えね!」


自分で言うのもなんだけど、刺繍には自信があるのよね。


「ではさっそく侍女の方に刺繍道具がないか聞いてきます」

「えぇ。お願い」


お茶を飲みながらしばらく待っていると、ティナがしょんぼりとした顔で戻ってきた。


「お嬢様、こちらには刺繍道具はないそうです。奥様が領地に戻る際に持って帰られたのだとか」

「そうなの・・・」


残念だわ。

刺繍はいい暇つぶしにもなるのに。


「よろしければ私が今から買って来ましょうか?」

「え??」

「私だけでしたらお屋敷から出られますし」


そうだったわ・・・。

私は誰かに見られたら困るけれど、ティナは自由の身なのよね。

私に付き合ってここに留まってくれているだけなんだわ。


「そう?じゃあお願いしようかしら」

「はい。すぐに買って来ますね。その他に必要なものはございますか?」

「そうね・・・せっかくなら色々と買ってきてもらおうかしら」


人様のお屋敷でお世話になっておきながら贅沢は言えないと思っていたけれど、淑女が生活する上で必要なものが足りないのよね。

化粧品も今はティナのものを借りているし。


「ティナ、私が使っていた化粧品を覚えてる?」

「トワエモアですよね?」

「えぇ。化粧水と乳液、あとフェイスパウダーとリップも買って来て欲しいの。あとブティックで髪飾りもいくつか買って来てくれる?シルバーではなくてゴールドがいいわ」

「わかりました!お任せください」

「お金は足りるわよね?」


治療院の転院手続きをした際に先払いしていた入院費を返金してもらったので、お金は少なからず確保していた。


「はい。大丈夫です」

「では、お願いね」


なんだかワクワクして来たわ。

久しぶりにオシャレをして、刺繍をして、いい気分転換になりそう。






遅いわね・・・。

あれからだいぶ経ったけれど、ティナが買い物から戻らない。

ここから市街地まではいくばくもないはずだけれど・・・。

何かあったのかしら。

その時、一階の玄関扉がものすごい勢いで開け放たれた音がした。


「ミリア!!」


この声は・・・まさか。

私の心臓がぎゅっと縮み上がった。


「ミリア!!」

「スレイン様・・・」


スレイン様は寝室に駆け込んで来るやいなや、すごい力で私を抱き寄せた。


「いつ目が覚めたんだ!?どうしてこんなところに!!」


スレイン様は私の体のどこにも異常がないことを確かめると、ほっとため息をついた。


「なぜ知らせてくれなかったんだ??私がどれだけ心配したと思っている!!」


黒い艶のある髪に白い肌。

ガラス細工のように透き通った青い瞳。

三年も経ったとは思えないくらい、あなたはあの時のままね。

でもなぜそんな苦しそうな顔で私を見つめるのですか?

私のことなどもうお忘れになったのでは?


「殿下にお知らせする理由がありませんから」

「なっ何を・・・」

「コリーナとご結婚されたと聞きました」

「それは・・・」

「義姉になったとはいえ、殿下とこうしてお会いするのは避けるべきかと存じます。どうかお引き取りください」

「ミリア・・・。久しぶりに会えたのだから話をするくらいは・・・」

「殿下にとっては三年ぶりの再会でしょうけれど、私にとっては何もかもがあの日のままなんです。気持ちの整理をする時間をいただけないでしょうか」


私はまだあなたと冷静に話せる気がしないのです。


「そうだな・・・すまない。君が目覚めたと聞いて居ても経ってもいられなくて、君の気持ちを考えていなかった。急に三年も経っていたのだから、さぞかし混乱しただろう」

「はい・・・。今はなんとか現実を受け入れようとしているところです」

「ミリア・・・これだけは知っておいて欲しい。私は君との婚約破棄がなされたことを知らなかったんだ。療養地から戻った時にはもうどうしようもなかった」

「わかっています。殿下を恨んでなどおりません」

「そうか・・・」


誰のことも責めることが出来ないのが今は苦しいのです。


「気分が優れないようだから、今日のところは失礼する。落ち着いたらまた会えるだろうか?」

「はい・・・」


姻戚になったのだから、いつかはお会いすることになるでしょう。

そうだわ・・・別れる前にこれだけは言っておかないと。


「殿下、私が目覚めたことは誰にも言わないでくださいませんか?」

「それは、どういうことだ?リューデン侯爵も君が目覚めたことを知らないのか?」

「はい。お父様も存じません」


それを聞いたスレイン様は眉間に深い皺を寄せた。


「なぜ隠すんだ?」

「それは・・・私の身の安全のためです」

「身の安全??誰かに命を狙われているのか!?」

「まだわかりません。その可能性があるということです。なので、私はまだ意識が戻らないということにしておきたいんです」

「伏せておくのは構わないが・・・君は大丈夫なのか?」

「このお屋敷に匿っていただいていますから、私のことは心配なさらないでください」

「ここはディボン伯爵の屋敷だろう?彼と親交があるとは知らなかったな」

「いえ、伯爵とはお会いしたことはありません。ご子息のエニフィール様のご厚意でこちらの離れをお借りしているんです」

「エニフィール?どこかで聞いた名だ・・・」

「彼は国立魔導師団の魔導師様です」

「そうか・・・魔導師団に所属しているのなら身元は確かだろう」

「はい。彼にはとても親切にしていただいております」


その言葉に、スレイン様は不安げな表情で私を見下ろした。


「彼とはどういう・・・」

「エニフィール様は私の意識を戻すために治療院に通ってくれていた恩人ですわ・・・。ところで、殿下はどうして私がここにいることをお知りに?」

「先ほど街でティナ嬢を見かけたんだ。声をかけたら明らかに挙動不審で、君の好きなブランドの紙袋を持っているし、それで問いただしたら、君がここにいることを白状したんだ」

「そ、そうでしたか・・・」


ティナは昔から思っていることがすぐに顔に出るし、隠し事が出来ないのよね。

そこが彼女のいいところでもあるのだけれど・・・。

ふと廊下に目をやると、申し訳なさそうな顔をしたティナがこちらを覗いていた。




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