23 一夜の過ち
栗色の髪に新緑の瞳、はっきりとした目鼻立ちと白くすらりとした体。
確かに容姿は整ってはいるが、世界中を旅してきた俺にとっては飛び抜けていい女というわけではない。
世界にはもっと美しい女はたくさんいる。
それなのに、なぜ俺はあの女が気にかかるのか・・・。
未来から来た変わった女だから?
それとも他の男のものだから?
いや、人妻と関係を持ったことは何度もあるが、特別な感情を持つことは一度もなかった。
なのになぜ俺はあの女の元にこうして通うのか・・・。
今日も俺はミリアの屋敷へと向かっていた。
「またいらしたのですか?」
「今日は劇場に行きたくてな」
「なぜ私をお誘いになるのです?」
「劇場にはこの国の貴族の紹介がないと入れないんだろう?」
「それでしたら別の貴族のご令嬢を誘えばいいではありませんか」
「他に知り合いがいないから、こうして来たんだろう?まぁ、他の女に頼んでもいいが、うっかりお前がオークションにいたことを話してしまうかもしれないな」
「な・・・脅すつもりですか?」
「一度でいいから連れて行ってくれ」
俺に少なからずの恩を感じているはずだから、こいつは断れない。
「申し訳ございません。劇場には行けません」
は?
「なぜだ?」
「この国では、演劇というのはカップルで鑑賞するものなんです」
「男と女という意味だろう?何が違う?」
「そうではありません。愛し合っている者同士ということです」
「愛だと?」
「はい。ですのでミヒル様と行くことは出来ません」
「じゃあお前は誰となら行くんだ?」
「それは・・・」
「先日ここで会った男か?」
「そ、そうです」
そこまであいつを愛しているのか・・・?
そうか。
俺は絶対に手に入らないこの女を、手にいれたいという願望があるのかもしれない。
手に入ってしまえばすぐに興味がなくなる。
ただそれだけの存在だ。
なら、あのネックレスを使えばいい。
俺はホテルに戻り、宝石箱から青い石のついたネックレスを取り出した。
「ミヒル様、それをお使いになるのですか??」
「あぁ」
「それは扱いには気をつけませんと」
「わかっている」
「それを誰に・・・」
「行ってくる」
ミリアの屋敷に戻った俺は、街を案内してくれと言ってミリアを連れ出した。
「劇場は諦めたのですか?」
「あぁ。この国には愛する相手がいないからな」
そう言って俺が胸ポケットからネックレスを出すと、ミリアが首を傾げた。
「そのネックレスはどうなさったんですか?」
「修理に出そうかと思ってな」
「では宝石店に寄りましょうか?」
「そうだな。その前に一度着けてみてくれ」
「え・・・なぜですか??」
「修理のついでにサファイアを違う石に変えようかと思ってな。どの石にしようか悩んでいる。イメージしやすいように着けてみてくれ」
「わかりました・・・」
ミリアは渋々と言った感じでネックレスを装着した。
「どうですか?私はサファイアのままで十分素敵かと思いますが」
「そうだな。今のままで綺麗だ・・・」
「変ね・・・なんだか眠くなって」
「そうか・・・。なら到着するまで少し寝ていろ」
ミリアは馬車の中で眠ってしまった。
劇場に着くと、俺はスタッフに大金を払い、最上階の個室へとミリアを連れて行った。
その部屋は、一階の客席からはこちらが見えないように考慮されていて、真ん中には大きめのソファが置かれていた。
俺は眠っているミリアをソファに降ろして声をかけた。
「起きろ・・・」
「ん・・・。私、眠ってしまってましたか?」
「あぁ。馬車の揺れが気持ちよかったんだろう」
「はい・・・」
ミリアはソファに座ったまま俺に寄りかかってきた。
「誰かに見られたらどうするんだ?」
「ここは個室ですし、大丈夫です」
ミリアはとろんとした目で俺を見つめてきた。
効いているようだな。
ミリアが付けたネックレスには、目の前の者を愛するという催眠魔法がかかっていた。
演劇が始まると、ミリアは俺の首に抱きつきながら鑑賞し始めた。
もうそろそろクライマックスか。
主人公の男が愛する人と口付けを交わすシーンになると、ミリアは頬を赤めながら俺の顔を見た。
「ミヒル様・・・」
「どうした?」
これは口付けをしてほしいという合図だ。
そう思って、俺がミリアの顎を引き寄せると、ミリアの片方の目から涙がこぼれた。
「ミリア・・・?」
この魔法がかかっている間は自我がなくなるはずだ。
なのになぜミリアは泣いている?
「私は・・・だめ・・・」
ミリアが苦しそうに首を振った。
まさか、自我が残っているのか?
ミリアは急にソファから立ち上がると、手すりから身を乗り出して客席に飛び降りようとした。
「やめろ!!」
俺は咄嗟にミリアの腕を掴んだ。
「離して!」
「すまない!!」
俺はきつくミリアを抱きしめた。
「私は・・・スレイン様を・・・」
「わかったから、落ち着け!俺が悪かった・・・」
「うぅ・・・・」
ミリアはその場で泣き崩れ、しばらくすると眠ってしまった。
俺はミリアがあいつを想う気持ちを舐めていた。
人の想いにまさか催眠魔法を打ち消すほどの力があるとは・・・。
俺はミリアを屋敷に送り届けてホテルへと戻った。
「ミヒル様、お帰りなさいませ」
「あぁ・・・。このネックレスをしまっておいてくれ」
「はい・・・」
ミリアが帰りの馬車で目覚めた時、彼女は何も覚えていなかった。
催眠魔法がかかっている間の記憶は無くなってしまうから。
だが俺のこの罪悪感は一生消えることはないだろう。
「ミヒル様、お茶をお持ちしました」
サハルが寝室まで入って来るのは珍しいな。
サハルの言う通り、やめておくべきだった。
だが、たとえ一夜だけでも、俺は夢を見たかった。
あいつに愛される夢を・・・。