カンバス
気の向くままにプロット無しで書いたので、よく解らない雰囲気になってます。
それでも目を通して下されば幸いで御座います。
今日もカンバスに向かって筆を走らせる。
先生には個性的だが賞を取るのは難しいだろうと言われたり、同級生からは下手だの訳が解らないだのと言われてしまう。結局、私の絵と言うのはそう言うものなのだろうと思う。
しかし、それの何が悪いと言うのだろうか。
他人と一緒の様な絵は描きたくない、だから私は私なりに工夫をし、表現を変えていつも筆を走らせる。
部員の絵を見るとどれも似たり寄ったりで、正直見ていて詰まらない。
描いていると言うより、描かされている―――と言う表現の方が正しいと思う。
絵と言うのは自分の世界を表現する一種だと私は捉えている。
小説だって音楽だってそう、全て自分を表現する場所なのだ。
それなのに、型にハマって皆と同じ様にさせられて巧いと褒められて。
――― 一体、何が楽しいと言うのだろうか。
そう考えると何故か無性に腹が立って、私は眉間に皺を寄せた。別段腹が立つ事でも無いのに。
一旦筆を止めてカンバスの先にあるモデルを見た。
窓の向こうに広がる海、どこまでも続く地平線。
単色で塗ってしまってはカンバスがただ青と白だけに染まってしまって詰まらない。
私はゆっくりと目を閉じて想像する。
海の青と沈みかける太陽が入り混じった紫の海。
青からじょじょに黒に染まるグラデーションの空。そして散りばめられた星たちを。
――― これにしよう。
私は目を開けて再度筆を動かした。早く描かなければ、この想像が尽きてしまう。
誰かが来る前に仕上げたかった。描いている最中に来られると、集中力が切れて絵が描けない。
目を細めて、時々脳内に想像した風景を映し出して手を動かす。
と、その時。扉の開く音がして、私は思わず後ろを向いた。
見てみればそこに居たのは美術部部長、そして学校一の人気者だと言う同級生の姿があった。
今日は日曜日、基本部員は来ないけれど任意で時々部員が訪れる。私も、その一人だ。
けれど日曜日。勿論遊びたいであろう他の部員が部室に来る事は無い。勿論先生も、来ない。
いつも私一人がここに訪れて、描きたい物を見つけてカンバスに筆を走らせる。
彼は私を見るなり笑顔で居たのか、と口を開く。心地の良い、低音の声が部室に響いた気がした。
「お前は偉いな、毎日絵描いてて」
「私は絵が描くのが好きなだけ、別に偉くもなんともない」
「入部の時も言ってたよな、それ。全く、他の部員も見習ってもらいたいよ」
「で?」
「ん?」
「アナタは何しに来たの?」
目線をカンバスに戻し、筆を持つ手を動かす。嗚呼、想像していた風景がみるみる姿を消してゆく。
彼はそうだなあ、と言いながら私の隣にまで来ると窓の外を眺めながら言葉を続ける。
「お前の絵を見に来たんだよ」
「ああ、からかいに来たのね」
「誰もそんな事言ってねぇだろうが」
「私の絵を見に来たんでしょ? 言ってる様なもんよ」
もう慣れたわ、と付け足して私は小さくため息を吐いた。今日はどうも描けそうに無い。
いつも誰も居ない時を見計らって描いているのに、今日は邪魔をされてしまった。
筆を持つ手を下ろすと、それを見ていた彼は止めるのか、と問うてくる。
「未完成だろ? それ」
「やる気が失せたの、アナタが来たから」
「……俺のせい?」
「以外に何があるって言うのよ」
そう、全ては彼のせいだ。折角今日中に出来ると思っていた絵が、未完成で終わってしまった。
未完成で終わった絵は捨てる、と私は自分の中で決めている。微妙な絵の具の色具合が違ったら折角の作品も台無しになってしまうからだ。
カンバスが勿体無いなあ、と思いながらも私はポケットに入れておいたカッターナイフを取り出す。
そして刃を少し出してカンパスに刺そうとした瞬間、彼に腕を掴まれ止められた。
「……何?」
「それ、ボツにすんのか?」
「途中で止めた作品は捨てるって、私決めてるの」
「なんでだよ、折角描いてたんだろ?」
「完成したって誰にも褒めらずにケチ付けられて文句言われて、部室の端っこで埃をかぶるだけの作品なのに」
「例えどんな奴がお前の作品にケチ付けようが、文句を言おうが、俺はお前の作品が好きだ」
突然の言葉に、私は目を丸くした。思考回路が暫し停止をして、考える猶予を与えない。
そんな私など知らずに、彼はどんどん言葉を口から紡ぎ出してゆく。
「お前の絵は確かに部員の奴らや先生とは違う。個性的だ、個性的過ぎて逆に文句やケチを言われる。だからどうした? お前がこうしたい、ああしたい、って思って描いたんだろ? だったら良いじゃねえか、途中でも。完成した自分の作品、見たくねぇのか?」
そう言われて私は言葉を呑んだ。言い返す言葉が、一言も出てこない。
私だって自分自身完成させた作品を見たい。それは画家に限らず小説家、漫画家、音楽家だって、自分が手がけた物を最初から最後まで見てみたいと思うはずだ。
けれど、そうは言ったって駄目なものは駄目なのだ。
私自身が、それを許さない。
声を発そうと口を開く。口内がは気持ち悪い位乾いている。
「私だって、見たい。出来た時はいつも嬉しいわ。けれど、描いている途中でどうしても作品にならない子たちも出来てしまう時があるの。完璧に完成した子たちでさえ文句を言われるのなら、作品にならない完璧でない子たちは、完成したって更に文句を言われてしまう。可哀想じゃない!」
「……確かに可哀想だろうさ。けど、描いてる奴が途中で諦めて投げ出して! カンバス八つ裂きにしやがって! そっちの方が可哀想だとはおもわねぇのかよ!」
「っ……!」
「昔も、俺はそうだった」
「は?」
またとない発言に、私は終始驚きっぱなしである。
この人は―――こんな人だったのか。
彼の顔を覗き込むと、眉を八の字にさせて悲痛な顔で私を見ている。
昔の自分と今の私を重ねているのだろうか。
「俺も最初はお前みたいだった。自分の絵に文句言われてケチ付けられて、先生にも賞は取れないって言われて。それでも俺は自分の絵が好きだったから描き続けた。出来上がった絵を見るのが楽しかった。他人と違う絵が出来上がるのが、俺は何より嬉しかった」
お前も、そうじゃないのか?
そう言われた時、何故だか涙が込み上げてきて目頭が一気に熱くなった。泣く理由なんて無い筈なのに、涙は何故か止まらなくて零れて頬を伝い流れてゆく。
それを見た彼は私の頭に大きな手を乗せて優しく撫でてくれた。子ども扱いするな、と言いたかったが声が出ない。嗚咽ばかりが、私の口から溢れるだけだ。
「誰もお前の絵を認めないなら、俺が認める。だから、そうやって傷付けるな。絵も、お前自身も」
「う、ん……」
「なら、この続き描いてくれよ。この絵が完成したの、見てみてーし」
「……解った」
「俺は邪魔だろうから出とく」
踵を返して扉に向かう彼の服の裾を、私は無意識に掴んで待ってと制す。
彼は驚いた様に後ろを向いて、私をじっと見下ろした。
「……何?」
「ここに、居て。描き終わるまで」
「だってお前、邪魔だって最初言ってたじゃねーかよ」
「気が変わった、ここに居て」
恥ずかしさに顔が赤くなるのを感じながら、私は目を合わせずにそう言った。
彼は少し黙っていたがしょうがねぇな、と笑う。
少しずつだけれど、私のカンバスは色鮮やかになるのだろう。
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