後編
後編です!!
「あの、クソ兄貴!!」
「荒れてるな~」
翌日の放課後、恋の木がある神社に椿ちゃんと来ていた。
ランドセルを投げ捨てた後、恋の木をよく見る。
確かに穴が開いていた。そして古い穴は、ものによっては塞がっている。随分前から使われていたようだ。
そして、釘の周りに破れた封筒のカスが付いている。これが、兄さんが破いて持ってきたものだろう。
「それで、どうしたの?」
「マジで、最後まで見てたわよ!!」
「最後まで見てたことを知ってるってことは、結局同じ部屋にはいたんだね」
それを言われると何も言い返せない。
「……………ねえ」
「なに?」
「やっぱりさ、お兄さんの名前を書いたのはバツゲームだと思う」
椿ちゃんから前回と同じことを言われてしまった。
前回と違うのは、確証を持って言っているところだ。
「………………どうしてそう思うの?」
「一つ、お兄さんは、クラスで一番目立つ女子のグループに嫌われていた。クラスのこういうイベントに参加するのがだるいってタイプの人とモモちゃんのお兄さんは相性が悪すぎるよ。
二つ、そのグループの女子たちが最近楽しそうに笑っていた」
椿ちゃんはすごく嫌な顔で話しをしている。だが、この可能性が一番高いと私自身気付いている。
「どんなゲームをやっていたかは知らないけど、その中で、お兄さんの名前を使って恋の木のおまじないをするというのが決まったんじゃないかなー。だって、グループとして嫌ってるやつとの恋の成就のおまじないなんて、最悪なバツゲームでしょー?」
私のような奴ではなく、椿ちゃんのような優しい女の子から、こんな辛辣な言葉が出てくるとは………………。
「最近楽しそうに笑っていたのは?」
「バツゲーム決定なんて一番楽しい瞬間でしょ?」
否定できない。確かにその通りなのよね………
そして、この理由を理解できてしまう自分が嫌だった。椿ちゃんも同じような顔をしている。自分の汚い心を真っすぐ見据えなければならないことの辛さをまさかもう味わうとは思わなかった。
「ね、ねぇ、せっかくだからさ、お兄さんのために何か、恋の叶うおまじないをかけてあげようよ」
「それもそうね………」
私は、切り替えるように頷いた。
すると、椿ちゃんは子ども用のスマホを取り出した。
「へへへ~この前買ってもらったんだ~」
そういうとスマホのプラウザを開く。
「どんなのがいいかな~やっぱ、お兄さんのことをちゃんと大切にしてくれる人と結ばれるようなやつだといいよね~」
椿ちゃんはそう言いながら恋、おまじないと打ち込んでいく。
「…………………………え?」
ちょっと持ち直した明るさが消えて声が椿ちゃんから聞こえた。
「どうしたの?」
「ね、ねぇ、これ!」
そう言って椿ちゃんはスマホの画面を向ける。スマホは、椿ちゃんの検索を打ち込む画面で止まっていた。
これがどうしたの?と言いかけた、私は思わず息を飲んだ。
おまじないの予測変換が『お呪い』となっていた。
この漢字、授業ではまだ習っていない。習っていないけど、何度も見たことがある。なんだったら、このタイトルのレストランシリーズだってある。
「…………おまじないって呪いって漢字なの?」
呪いと言えば有名なのは丑の刻参りだ。
改めて目の前の木を見る。その木には無数の釘の跡が残っている。
この漢字を見た瞬間から、嫌な想像が頭から離れない。
果たして、この木にある釘の後は、本当に恋のお呪いだけなのだろうか?
もし、そうでなければ兄さんの名前の封筒は全く別の意味を持つことになる。
私が考え込んでいると椿ちゃんは図書袋から、今日借りてきた地区の歴史関係の本を取り出した。
「多分だけど、このあたりに」
椿ちゃんはそう言ってページを開いてくれた。
そのページにはこの神社のことが記されていた。
『この木は、かつて丑の刻参りの際に使われた木だ。少なくとも明治時代の学校の資料で、生徒たちがこの木で行う呪いの儀式を問題視する会議の記録として残っている』
明治。
最近、兄さんから聞いた。
令和の前が平成、平成の前が昭和、昭和の前が大正、大正の前が明治。
少なくともこの木はその頃は呪いの象徴だったのだ。
読めない漢字を調べながらなんとか読み終えた二人の間に嫌な沈黙が下りる。
「…………………ねえ、モモちゃん。お兄さんってにぎやかグループから嫌われてるってい言ってたよね?」
「ええ」
「お兄さんの友達言ってたよね、つい最近地区の歴史を調べていたって」
その沈黙を最初に打ち破ったのは、椿ちゃんだった。
「ええ」
一番にぎやかなグループに所属している女子たちが全く協力してくれないせいで、どのグループも大変だったらしい。
「となれば、当然、この歴史を知っている奴がいてもおかしくないわね」
私の言葉に椿ちゃんは微妙な顔になる。
「……………提案しておいてなんだけど、あの人たちがちゃんとこの本を調べるかな?」
通常ならありえない。
「兄さんが女子から嫌われているのは多分、色々理由はあると思うけど、常にやって欲しくないことを更新しているのが大きいと思う」
運動会では盛り上げ役、
音楽会で出来ないところがあると、一生懸命できるようになるまで練習をする。
つまるところ、団体行動に関しては前向きだ。
そんな兄さんが、このグループで調べる授業に協力的でない人間を見逃すだろうか?
答えは否だ。
真面目にやれよと発破をかけたか?
それともみんな頑張っているんだから、お前もやれよといったか?
いや、違う。
女子として、それならいくらでも反論のしようがある。
恐らく兄さんは、反論や逃げがしづらい方法をとったのだろう。
「兄さんは、グループメンバー一人一人が調べた結果をあの紙に書く方法をとったのよ」
兄さんの班だけ、それぞれの段落で書体が違った。おまけに書きあがった書面の文末にそれぞれの名前が書かれていた。
この方法をとった場合、この班では何もやっていない人間はバレてしまう。
『真面目にやらない私イカしてる』なんて行動をとって、本当に何もやらなかった場合、逆に浮いてしまう。それどころか、何もやっていないことが先生にバレて怒られる。
確かに自分だけ真面目に取り組んでしまっては、逆ににぎやかグループ内では浮いてしまうが、この学習のグループは浮くだけでなくペナルティまでセットだ。
だったら、真面目に学習をした方が吉というものだ。
調べ物の授業は、インターネットを使うのが一番簡単だ。だが、問題は地区の歴史となるとインターネットにはあまり情報が転がっていない。理由は色々あるが、外部の人間にとってそこまで重要ではないからというのが、一番の理由でもある。
結果、文献に頼らざるをえないのだ。
結果、この資料を読む羽目になる。
「なるほど………そりゃあ、女子から嫌われちゃうよね………」
椿ちゃんは私の説明だけで察したようだ。
「どうする?お兄さんに伝える?」
兄さんが知りたいのは、名前を書いた人物だ。呪った人物ではない。
私は首を横に振った。
「私からは、分からなかったとだけ言っておくわ」
「まあ、そうするしかないんだけどさ、この予想が当たってるってことはお兄さん呪われてることになるんだけど、大丈夫かな?」
「大丈夫よ」
当たり前の話だ。こんなちゃちな呪い程度なんともない。
「だって、私がいるもの」
◇◇◇◇
「今度は兄さんの名前を打つのかしら?」
次の日の放課後、神社で隠れて待ち伏せしていると、兄のクラスメイト、にぎやかグループの女の子が、封筒を木に打ち付けようとしている真っ最中だった。
「だ、誰?あんた?」
「兄さんと言っているじゃない?とぼけているの?それともこういった方が分かるのかしら?ターの妹よ」
その言葉を言った瞬間女子は、手に持っているものを後ろに隠した。
「本当に分かっていなかったのね、最高学年のくせに随分頭が軽いようね」
「は?随分舐めた口きくじゃん、あいつの妹のくせに」
あいつという言葉に激しい嫌悪ではなく侮蔑が含まれていることがはっきりと分かる。
このオンナは兄さんを嫌っているだけでなく、蔑んでいるのだ。
ならば突きつけなくてはならない。
「その『あいつ』に庇われていたことに感謝した方がいいんじゃないのかしら?」
「は?」
「本当はあの木に打ち込んだ名前は兄さんの名前じゃなかった。打ち込んだのは、お前にバツゲームを命令したオンナでしょ?」
私の指摘に目の前の呪いオンナは動きを止めた。どうやら図星のようだ。
つまり、兄さんはまだ呪われていないのだ。まあ、それ以前の問題でもあるのだが。
そんなことを考えながら、目の前の恋の木、いや、呪いの木を改めてみる。
そこには封筒のクズが付いている五寸釘がある。
そう打ち付けられた封筒を引っ張ると破れてしまう。
だが、あの時兄さんが見せた封筒に傷はついていなかった。
つまり、あの封筒は打ち付けられたものではない。
封筒の中の文字は恐らく、友達に書いてもらったのだろう。ということはある程度企みを知っているクラスメイトがいるかもしれない。
まあ、私にはどうでもいいことだ。
今やるべきことはもっと別の事だ。
「お前のクラスの女子の中で、兄さんと恋のお呪いをすることは、最大級のバツゲームなんでしょうね。それを理不尽に指定したヤツをお前は恨んだんだ。どうして、そこまで恨んだのかは、予想だけど、お前、他に好きな男子がいるんじゃないのかしら?」
すぐに目を反らした。分かりやすい。というより、ギリギリ低学年の部類にいる私にここまで翻弄されないで欲しい。
「他に好きな男がいるのに、クラスで最悪な男との恋のお呪いをするよう言われてしまったお前は、とあることを思い出した。この恋の木の本来の役割だ」
明治のころ呪いの木としてちょっとした問題にもなっていた。
「後のことは、誰でもわかるわ。お前は、バツゲームの兄の名前ではなく、自分に理不尽をしいたオンナの名前を書いて、封筒に入れ、呪った」
この行為がどれほど愚か、このアマは分かっていない。
「このタイミングでそんな奴の名前が入った封筒が事情を知っている人間に見たらどう思うかしらね?」
あ、顔が青くなった。本当に考えなしだったのね。まあ、でなければこんな雑なことをするわけがない。
「当然、兄さんもそれを考えた。だから、一つ策を用意した」
それが、昨日、一昨日の騒動だ。
「兄さんは、自分の名前が書かれた封筒があったという『噂』を流した」
つまり、事実が露見する前に噂で書き換えたのだ。
ご丁寧にそれを裏付けるために、私に名前を書いた女子を探し出せなどと言って調査までさせた。私が突き止めようと思ったら兄さんのクラスにいって聞き込みを行う以外に方法がない。
聞き込みを行う時に包み隠さず、私も椿ちゃんも尋ねるのだから、そうすれば、クラスにこの噂が流れるのもあっという間だ。
「順番にまとめると、こういうことね。
一 お前がバツゲームを命令される
二 恨んだお前はバツゲームを命じた女の名前を書いた紙を入れた封筒を恋の木に打ち付ける
三 兄さんがそれを偶然か、必然か、どちらにせよ、見つけてしまう。
四 万が一見つかってしまうとヤバいと思い、兄さんは封筒を持って行ってしまう。
五 そして、綺麗な封筒に入れ直したものを私に見せ、書いた人間を探して欲しいという。
六 私が兄さんのクラスに聞きに行った結果。恋の木に兄さんの名前があったという噂で持ちきりになる。
七 その結果をお前は快く思わなかった。だから、そんな下らないお前は兄さんの名前を今日は呪いを込めて打ち込みに来た」
七番目の『その結果』というのが、クラスで噂が広まっただけなのか、それとも名前を打ち込んだのが、この目の前のアマだというのが広まったのかまでは分からないけれどもまあ、私の知ったことではない。
こうやってぼかしておけば勝手に勘違いしてくれるだろうし。
「だ、誰かから聞いたの?」
「そんなことしなくても、これぐらい分かるわよ。お前と違って、頭を使うことは得意だから」
そう言い切った瞬間、打ち込む道具を捨て、距離を詰めて私の襟元を掴んできた。
「お前、このこと」
「言わないわよ。そこで手打ちにしてあげるから手を放しなさい」
「だったら、今すぐ帰る事ね」
そう言いながら、手を放す。
そして、呪い道具を拾い始めた。
「一応聞くけれど、その道具をどうするつもりかしら?」
「お前には関係ない」
「まさか、ここまで言われてまだ兄さんを呪おうとしているとか言わないわよね?」
このアマ動きを止めたぞ。
図星か。まあでも、予想通りだ。
「私の恋心を踏みにじったお前の兄をどうして私が許してやると思ったの?」
「兄さんは、お前がグループで辛い思いをしないように動いたのよ?」
兄さんの友人は言っていた。
あのグループはいつも仲違いしていると。
いつも仲違いしているということは、それが過ぎると仲良くしているのだろう。
つまり、喧嘩したことはなかったことにしていつも通りに過ごすのがあのグループの暗黙の了解なのだろう。
そんなところにこんな修復不可能な物的証拠なんて残したら、目の前のアマは、グループ内で立場をなくすだろう。
「どうして、そう思うの?あいつが、私に嫌がらせするためにこんな噂を流したとは考えないの?」
「それはないわね」
「どうして、そう言い切れるのよ!」
この馬鹿アマは何を言っているのかしら?
「私は、九年兄さんと一緒にいるのよ。私以上に正しい解釈が出来る奴なんて、十二年近く一緒にいる父さんと母さん以外いないわ」
「じゃあ、そうじゃないっていう証拠を出しなさいよ!!」
ないことを証明しろとかこいつは何を言っているのかしら?
しかも勝ち誇っていやがる。
腹の立つクソアマだ。
「だって、アンパンマンはそんなことしないもの」
「は?」
「お前も知っているでしょ?兄さんはアンパンマンが大好きなの。そのアンパンマンは、こんな陰湿なことはしないわ。だから、兄さんもそんなことしないの。アンパンマンってすごいのよ。バイキンマンを助けることだってあるのだから」
暗にこのクソアマをバイキンマン扱いしてしまった。これは失礼なことをしてしまった。
ごめん、バイキンマン。
「さあ、私はお前説明したわ。お前は兄さんが嫌がらせをしたという証拠を出しなさい」
「だ、だって、私なら」
「その先に続く言葉はお前の性格が悪いことの紹介よ。控えたほうが賢明ね」
このクソアマ、もう喋れなくなってしまった。小学三年生に言い負かされないで欲しい。
「ああ。そうだ。せっかくだから、教えてあげる。今、お前がやろうとしてる呪いより強力な呪いがあるの。古の呪いの儀式、丑の刻参り」
ぽかんとしたマヌケな顔をしている。やっぱり、知らなかったみたいだ。あんなにしっかり書いてあったのに……呪いに使われていたところしか気がつかなかったみたいだ。資料の読み込みが浅い。
「丑の刻参りってのはね、呪う相手を藁人形に見立てて、丑の刻に打ち付けに行くの」
「そ、それぐらい知ってるわよ。それが何だってのよ?」
「なら、丑の刻って夕方の何時?」
「ご、五時よ。常識でしょ?」
「真夜中の一時から三時よ」
こんなことに簡単に引っ掛からないで欲しい。
「そして、この呪いもお前がやろうとした呪いも呪うところを誰にも見られてはいけないの。もし、誰かに見られたら、その呪いは自分に返ってきてしまうのよ」
目の前のクソアマは、顔を青くしながら思わず一歩下がった。
「そんなに兄さんのことが嫌いなら、リスクはあるけど、そっちをやる方がおすすめよ」
対して私は目を反らさない。当然だろう。
「でも、お前に出来るかしら?いくら最高学年、小学校のトップと言ったって、所詮は小学生。ハードルが高いわよね?
藁人形を用意しなくちゃいけない、夜中まで起きていなくちゃいけない、そして、夜中に家を抜け出さなくちゃいけない。しかもそこまでしても、誰かに呪う姿を見られたら自分に呪いが返ってきてしまう。お前にそこまでして、誰かを呪うことが出来るのかしら?」
この当たり前の条件を前にクソアマは目を伏せてしまった。
それはもう答えだ。
誰かを嫌い、蔑み、呪うことをファッションにしているような奴にはそんなことは出来ないだろう。
呪うことはファッションなんかで出来るものじゃない。
当然だ。
誰かを許せないという強い怒りが、妬みが、憎しみが、呪いの原動力なのだから。
「ちなみに私は出来るわ。お前が兄さんを呪ったら、呪いの効果が現れようが現れまいが、必ずお前を呪ってやる。藁人形を用意して、夜中まで起きて、夜中に家を抜け出して、そして、誰かに見られようとも、呪い返しに合おうとも、何度でも繰り返して必ず、絶対にお前を呪ってやる」
「————————っ」
目の前のクソアマは、しばらく葛藤した後、釘と封筒を置いてその場から走り去ってしまった。
私は、落ちてしまった封筒を拾う。中からはやっぱり、兄さんの名前が書かれた紙が出てきた。
「いいの?あのまま逃がしちゃって」
物陰から椿ちゃんが出てきた。
もし、殴られでもしたら椿ちゃんに助けを呼んでもらおうと思って待機をお願いしていたのだ。
「別にいいわ。だって、私これ以上、何も出来ないもの」
そう、この場ではアレ以上のことなど出来ないのだ。
私は兄さんの名前が書かれた紙をビリビリに破くと土を掘って埋めた。
「椿ちゃん。今日は、ありがとう。お礼と言っては何だけれど、私の家に来ない?ちょうど、ドーナッツがあるの」
「いいねー。勝利の宴にはぴったりだ」
◇◇◇◇
「おう、おかえり。そして、いらっしゃい」
家に帰ると父さんがゲームをやっていた。
「あれ、早いね」
「今日は半休もらってきたんだ」
「へぇ」
そう言いながら兄さんを探す。
「兄ちゃんなら、友達の家に行ったぞ。なんでもスマブラ大会だそうだ」
「ああ。そう」
神社にいなかったわよね?大丈夫よね?
椿ちゃんに目配せをすると椿ちゃんは首をブンブンと横に振っている。よかった。
「椿ちゃんも紅茶でいいかい?」
「はい。紅茶がいいです」
「『で』じゃなくて、『が』っていうんだ。いい子だね」
当然。私の友達なのだがら。
当の本人はきょとんとしている。まあ、それも椿ちゃんの良いところだ。
父さんはゲームのコントローラ―を置くと熱湯をティーカップに注いだ。そして、カップを温めた後、お湯を捨て、ティーポットカバーを取って紅茶を注ぎ始めた。
私はその間に冷蔵庫からドーナッツを取り出して持ってくる。
二人の前にはドーナッツと紅茶が用意された。
「「いただきます」」
私たちはドーナッツに噛り付いた。
うん。やはり、勝利の味は格別だ。
「それにしてもさ、不思議じゃない?」
「何が?」
「恋の木のお呪いだよ。最初は呪いの木だったわけでしょ?どうして、こんな恋のお願いを叶えるようになったんだろうねー?」
確かに正反対のことだ。
更に言うなら、本来の丑の刻参りとも違う形になっている。
「まあ、言い伝えが間違って伝わるなんてよくあることだもの。気にしてたってしょうがないわ」
そう結局噂なんてそんなものだ。真面目に考えるだけ馬鹿を見るし、時間の無駄だ。
噂なんてものは信じず、楽しむぐらいがちょうどいいのだ。
こんな風に紅茶と一緒に飲み干してしまいましょう。
「あ、それ俺が原因だわ」
父さんの衝撃の発言に思わずむせた。
「モモちゃん!!大丈夫?」
「え、ええ。まあ、なんとか」
このデリカシーゼロで令和の時代に多方面に喧嘩を売るような発言を繰り返す、この父親が、こんなある意味対局ともいえるお呪いの原因!?
「い、いちおう経緯を聞いていいかしら…………」
「俺の名前が打ち付けられてよー、クラスの女子が『あんた、あいつに呪われたんだよ』とかクスクス笑ってて、で、打ち付けた女子もニヤニヤ笑いながら名前が書かれた紙が打ち付けれた証拠写真まで見せてきてなー……」
なんで親子そろってクラスの女子に呪われているのよ………
「女子に笑われるというのは、男子にとって中々に辛いんだよなー。で、あいつらは、それが分かったうえでやってたみたいだったなー。なんか、それが分かった瞬間無性に腹が立って来てなー……だから、言ってやったんだ」
嫌な予感がする。
「『バーカ!!そのやり方だと、俺は呪われねーよ!!そのやり方は縁結びのやり方だよぉー!!お前、俺のこと好きなのぉ~?よかったなぁー!!これで俺とお前は夫婦だよ!ぶゎーかー!!人生の墓場へようこそ!!』って」
クソガキそのまんまな父さんの台詞に私と椿ちゃんは固まってしまった。
「それって本当だったんですか」
「まさか、とっさに言った嘘だよ」
本当に救えない父だ。そんなんだから、女子に嫌われていたんでしょうね………
「その後、どうなったのよ?」
「俺を呪った奴は、俺と夫婦ってことになって、クラス内でのあだ名が『嫁』になった」
「さ、最悪すぎる」
思わずドン引きする私。そしてちらりと椿ちゃんの方を伺う。
椿ちゃんは顔に出さないように必死に表情筋に力を入れていた。
「因みに、その『嫁』はお前のお母さんだぞ☆」
「……………………………は?」
私のお母さん???
突然の展開に椿ちゃんは手に持っていたドーナッツをポロリと落とした。
「ど、ど、ど、ど、どういうこ、ことなの?」
動揺しすぎて上手く喋れない。
「なんでもなぁ、母さんの話によるとなぁ、母さん俺の事が好きだったんだと。クラスの女子たちから嫌われてはいるけれど、掃除はさぼらないし、母さんが給食食べれずどうしようか悩んでるとき、よく助けてくれたのが良かったんだって」
掃除はともかく、給食に関しては単純に父が、食べたかっただけでしょうね。
「とはいえ、クラスの雰囲気的に言い出せずにいたら、クラスのリーダーの女の子に俺を呪うよう言われたんだと。断ると自分がいじめられる。とはいえ、俺のことは呪いたくない。というわけで何とか呪いの効果が出ないように頑張って呪ったっぽい形だけをとったんだと」
丑の刻に参らず、藁人形を遣わず、呪った結果を晒したわけだ。
「ということを卒業式のクラスの中で暴露したわけよ。それが、多分下級生に伝わったんだろうなぁ」
「ろ、ろまんちっくですね」
椿ちゃん、椿ちゃん。カタカナになってないわよ。まあ、迷うところだけども!!
二人は笑えばいいのかどうすればいいのか分からずドーナッツを食べ終えた。
そして、少し遊んだ後、椿ちゃんの門限が迫ってきたので、家まで送ることにした。
◇◇◇◇◇
「衝撃だった………」
「私もよ」
自分のうちへ帰る途中思わず呟いたら、モモちゃんも同意してくれた・
太陽は大分傾き、暗いと明るいの境目を私たち二人は歩いていた。
「でも、今後、私は、この恋の木には頼らないかなー………」
「同感ね…………」
やはり真実は知ったせいで、ロマンが消えてしまった。
不思議はやっぱり、不思議なままが一番綺麗なんだなー。
「それにしても、あのお兄さんを呪った人、あのまま大人しくしてるかなー?」
「まあ、少し怯えながら過ごすでしょうね?」
「怯えながら?どゆこと?」
なんで怯えることがあるんだろう?
「名前の書いた封筒を打ち付ける、あれは呪いじゃない。本来の呪いは丑の刻参りを指していた、そうよね」
「うん。さっき分かったことだけど、今伝わってるやつはモモちゃんのお母さんがやった呪いを回避する嘘の行動だったんだよね」
「ええ。でも私はあのアバズレの前では、その呪いもちょっと威力が落ちる程度の呪い扱いをしたわ」
確かにしていた。変だなぁとは思っていたけど、黙っていた。
「そして、追加でどんな呪いであろうと呪い返しがあると教えたわ」
なるほど言いたいことが分かってきたぞ。
「あのアバズレは兄さんに呪うところを見られている。つまり、呪い返しの条件はそろっているの」
何かの本で読んだが、上手に嘘を吐くコツは、ほとんど本当の中に一つまみだけ嘘を混ぜる事。
これをされると騙されてしまう。
そして、あの頭を使うことが苦手なあの六年生なら簡単に騙されるだろう。
「きっと、何か嫌なことがあるたびにあのアバズレは、呪い返しのせいだと思うでしょうね」
生きていればいいこともあるし、嫌なこともある。
それにいちいち理由は付けない。運が悪かったや自分のせい等々まあ、そんなもんだと諦めながら次のことを考える。
けれど、あの人は嫌なことに理由を付けられてしまった。折をつけるまでは苦労しそうだな~。というか、それを分かっていてあんな言い回ししたんだ、モモちゃん。
これで呪いの怖さを身を以て知るわけだ。
更に……
「おまけにあんなに脅しておけば、もう呪い何て手法はとらないだろうねー」
「脅し?なんのこと?」
ぽかんとしてるモモちゃん。
さっきまでの六年生を問い詰めている顔と全然違うとぼけた表情に私は笑いながらモモちゃんの肩を叩いた。
「ほら、お兄さんを呪ったら、私が呪うって奴だよ。あそこまでしっかり脅せば、呪わないよね」
あの時のモモちゃん、私が言われたわけじゃないのに凄く怖かった。面と向かって言われてたあの六年生は私の比じゃなかっただろうなー
「別に脅しじゃないわ」
何てことなさそうに、一足す一は二だよと説明するぐらい本当に何てことなさそうに私の言ったことを否定した。
「『宣告』よ。兄さんを呪った場合、私は絶対にあのアバズレを必ず、どんなことがあろうと呪うわ」
「………………な、何言ってんの?だって深夜だよ?起きてられないし、」
思わず声が裏返ってしまった。
大人ならともかく私たち小学生が、夜中まで起きているなんてお父さんやお母さんが許すわけがない。それを仮に乗り切ったとしてどうやって家から抜けるつもりなの?
「深夜だろうがなんだろうが、必ずあの神社に行ってやるわ。大晦日ぐらいしか夜更かしをしないけれど、必ず、起きて、家を抜け出して、絶対に丑の刻参りをやる」
冗談なんかじゃない。モモちゃんは本気だ。
でも、丑の刻参りには藁人形と同じくらい欠かせないものがある。
「い、いや、モモちゃん。本来、呪うなら藁人形だけじゃなくて呪いたい人の写真か身体の一部が必要なんだよ?」
そうこれがないと呪えない。
私の忠告にたいして、モモちゃんはなんだそんなことかとでも言いたげな顔で、ポケットから、封筒を取り出し、中から長い髪の毛の束を引っ張り出した。
「そ、それって………」
「ええ。さっきのクソアバズレの髪の毛よ」
「いつまに……」
「兄さんを呪おうとして背を向けた瞬間に髪を少しだけ拝借したの」
モモちゃんは、あの人に声をかける前に終わらせていたんだ。見えなかった。私にとって完全に死角だった。
一本や二本ならまだ分かる。服についていたものをとった可能性が高い。
でも、今モモちゃんが見せているのは髪の束だ。
引っ張って取るなんて絶対無理な量。それはつまり…………
「…………はさみ持ってたの?」
「ええ。命の危険を感じたら武器が欲しいじゃない?」
私は最初、モモちゃんからこの作戦を聞いた時、危ないと思った。
今じゃ、どっちが危ないのか分からない。
あの時、あの人が掴んだのは襟首だけだった。もし、首を絞めたり、はたいたりしたら、モモちゃんはどうするつもりだったんだろう?
私を呼んだのは、助けを呼んでもらうためなんかじゃなかった。自分の正当性を証言させるためだったんだ。
「で、で、でも、モモちゃんのあの誘導のせいで、しばらく自分は呪い返しを喰らってると思うわけでしょ?だ、だ、だったら、そ、そこまでする必要はあったの?」
「あら?防御だけじゃだめでしょ?報復と防衛その二つをやらないと、ああいうアバズレは、大人しくならないもの」
どうして、問い詰めようとしていたのか?簡単な話だ。
これを全て仕込むため。
どうやら、あの六年生はもっとも怒らせてはいけない人間の絶対に触れてはいけない場所に触れてしまったようだ。
「ああ。でもあのクソアバズレが呪いさえしなければ、私も何もしないわ。だから、安心して、椿ちゃん」
いい笑顔のモモちゃん。
おかしい、目の前にいる子は、私と同じ九歳なの?
ずっと、私は思ってた。
たまに憎まれ口を叩いても、モモちゃんはお兄さんのこと本当は好きなんだと思ってった。
でも、違う。
「モモちゃんって、お兄さんのこと大好きなんだね」
私の言葉に、モモちゃんは振り返って優しく微笑んだ。
巷で言う暗黒微笑なんてものじゃない。本当に本当に優しい笑顔だ。
「それで足りると思ってるの?」
語り手のクセに情報を伏せるんじゃない!!
噂、そしてホラー!!頑張ってみました!!
この子怖いと思っていただければ幸いです。
感想も待ってます!!
連載中の方もぜひお読みください!!