希望の火種(ティア視点)
「前に倒した奴よりでっけぇなぁ……」
〘まともにやり合えば勝ち目は薄い、作戦通りに動けよジン〙
「わかってるって!」
ジンはわざと目立つように侵蝕獣へと走り出し、その動きを目視した大型の侵蝕獣はジンに狙いを定めて、身体に生えた鋭利な結晶を飛ばす。
回避行動を取りながら怪物の視界を私達から外したジンは、そのまま生命エネルギーを纏って侵蝕獣を挑発した。
「こっちだデカブツぅ! 鈍すぎて当たらねぇぞ!」
《キィィィ》
「始まった……!」
「お前の身は某が守り抜く、詠唱に集中せよ」
「任せて……!」
――――――
〘裂け目の攻略はティアの魔術を軸にする。ティアは中〜遠距離の間合いから、侵蝕獣に対し有効な火の攻撃用魔術で攻めたてろ〙
「了解よ」
〘我とジンは裂け目を守る侵蝕獣からの攻撃を引き付けることに集中し、機会を見て妨害と攻撃に回る。海源はティアが侵蝕獣の攻撃に晒されぬよう防衛に回れ。戦闘中に他の侵蝕獣が乱入してくるケースもある、常に気を張っておいてくれ〙
「あい、わかった」
――――――
プラム主導で事前に立てられた作戦を反芻した私は、作戦通り侵蝕獣にも有効打を与えられるであろう、強力な魔術の詠唱を開始する。
"傷痕絶えぬ争いの原野、血に濡れし雪原、哀しみをたたえた海原……慈悲深き女神の温もりに抱かれ、その穢れを清めよ……!"
「"清浄の極光"……!!」
清浄の極光は、右手に蓄積した生命エネルギーを大盾のように展開して膜を作り、その膜へ火の性質を纏った左手の生命エネルギーを加えることで、広範囲に影響を及ぼす熱線を発射する攻撃用遠距離魔術。
私が扱える火の魔術の中でも、規模、威力共に最高峰な大技……その分扱いも難しく、右手で膜の維持をしている間に、性質が異なる生命エネルギーを左手に蓄積するのにはどうしたって時間がかかるし、体力も大きく消費する。
《……! キィィィィ》
「やべ……! 避けろティア!!」
「……は!?」
ジンに釣られて背後を見せていたはずの侵蝕獣が、私の生命エネルギーに反応したのか突如としてこちらに振り返り、私に結晶を飛ばしてくる。
魔術の発動に集中していた私は攻撃に対する反応が鈍っており、尚且つ強力な魔術の発動中で身体を咄嗟に動かすことができない今の状況では、致命的な被弾を避けられない。
「ちぇりゃあッ!!」
動けない私の目の前に立った海源さんが、渾身の一振りを放って結晶を両断してくれる。
「案ずるな、魔術に集中せよ」
頼もしい背中に安堵した私は、再び左手に生命エネルギーを蓄積させて行く。
私に明確な敵意を向けた侵蝕獣が近づいてくるが、プラムが侵蝕獣の全身に巻きついてその進軍を阻止した。
〘お前の相手はこっちだ木偶の坊……!〙
「"赤樫の一槌"!!」
《キィ……!?》
背後からジンが侵蝕獣に対して拳による殴打を仕掛け、身体に纏う結晶を破壊している。
「おらおらおらおらァッ!!」
動けない侵蝕獣にこれでもかと連打する。
相性が悪いとは言え、的確に強打を与えることで結晶が急速に剥がされていくことが、遠目からでも理解できた。
《キイィィアァァッ!!》
〘……!? 生命エネルギーが急増して……!? 退避しろジンッ!!〙
「ッ!?」
《シャアッ!!》
〘ガッ……!!?〙
「づアァッ!!」
「うそ……!?」
突如、侵蝕獣の結晶が急成長したことによって、巻きついていたプラムの身体はバラバラに引き裂かれ、ジンも突き出た結晶によって大きく吹き飛ばされ倒れてしまった。
「プラムが……ジンが……!」
「狼狽えるなティアッ!!」
「……!」
「魔術の発動無くして某らの勝利は無い……犠牲に報いたくば、冷静になれ……!」
「海源さん……」
「某が時間を稼ぐ……頼んだぞ!」
短い付き合いとは言え、命にまで関わったプラムが死に、ジンが致命的な状況に陥ったことで激しく動揺した私に、海源さんが叱咤激励を飛ばしてくれたことで落ち着きを取り戻した。
怪物に向かっていった海源さんまで犠牲にしないよう、あと少しで発動できる魔術に私は意識を集中させる。
「あと……少し……!」
「ぬぅあッ!!」
《キョアァァァ!!》
防戦一方でありながら、懐に潜り込ませず、致命傷を避け続ける海源さんの頑張りによって時間を稼ぐことに成功する。
その甲斐あって、ついに左手に火の生命エネルギーを宿すことができた私は、清浄の極光を放つために左手を右手に重ねて準備を完了させる。
「いけるわ……! 海源さん、離れて!!」
「はっ!!」
《……!?》
侵蝕獣の両腕による叩きつけを横っ飛びで回避した海源さんは飛び去る際、事前に握りしめていた砂を侵蝕獣の目に投げ捨てて視界を奪う。
「ぐお……!」
反撃を兼ねた回避で無茶な体勢を取ったせいか、着地の際に受け身を取りそこねて海源さんが倒れてしまう。
海源さんが射線から離脱したことを確認した私は、左手に蓄積した火のエネルギーを膜に重ねて力を振り絞り、魔術を発動する。
「"浄火"ッ!!」
火のエネルギーを帯びた膜から発射された、極大な熱線が侵蝕獣に直撃する。
全身を覆う結晶は高熱に抱かれて急速に融解し、身を守る結晶を失った侵蝕獣はその身を高熱で焼かれる苦しみから、声にならない悲鳴をあげた。
《キョアァァァッッッ!?!》
「こん……のぉッ!!」
《ギエェェイエェェッ!!》
信じられないことに、侵蝕獣は熱線を浴びながらも私に向かって前進してくる。
凄まじい生命力に恐怖を覚えつつも、ここで負けるわけにはいかないと奮起した私は、更に生命エネルギーを注ぎ込んで火力を上昇させた。
《……!!》
「倒れてぇ……!」
《…………ガ…………》
黄色の肌に焦げが目立ち始めたのと同時に、ついに侵蝕獣が右腕を突き出しながら地べたに倒れ込んだ。
体力の限界まで魔術を放ち続けた反動から、私はとても立っていられなくて尻もちを着くように座り込んで息を荒げる。
「はー……はぁぁぁ……やったわ……」
《オオオオオオッ!!!》
「ひっ……!? うそでしょ……」
信じられないことに、息を吹き返した侵蝕獣が立ち上がって、熱の影響を他ほど受けなかった背中から結晶を生やして雄叫びをあげる。
「うぅ……! 火矢! 火矢ぅ……!」
《フシュアァァァ……》
(駄目だ……全然威力が出ない……!)
「ティアッ……! くそ、脚が……!」
歩を進める侵蝕獣に対して抵抗する術を失った私は、ただただ座り込みながら後退りすることしかできない。
海源さんが救出に駆けつけようとしていたが、受け身の失敗によって脚を痛めたことが災いして走行が鈍り、侵蝕獣が私に害を加えるまでに辿り着くことはまず不可能な距離感だった。
巨大な体躯の影が身体を覆う距離まで近づかれた私は、目の前の恐怖から逃げるように瞳を閉じて、祈りの所作を亡き母に捧げる。
(お母さん……!)
《オオオアァァァッ!!》
重く響く足音が、短い感覚で徐々に強くなって行く。
今度こそは駄目だと悟った私は、自身の死を受け入れ―――
《ガッ…………!?》
「…………っ?」
侵蝕獣は苦しみを帯びた声を上げ、同時に心臓まで響くような足音も聞こえなくなる。
何が起きたのかを理解するために、私はゆっくりと瞼を持ち上げた。
「へっ……」
「ジン……!」
致命的な一撃を受けてダウンしていたはずのジンが、侵蝕獣の腹部を拳で貫いて動きを止めていた。
「結晶さえなきゃこっちのもんだ……"樹界殺枝"ッ!!」
《ギャアァァッ!?》
ジンは腹部に埋めた拳から木の性質を持たせた生命エネルギーを発生させ、発生したエネルギーは棘状の鋭利な樹木に変化し、侵蝕獣の全身を突き破って顔を出した。
「おっちゃん頼んだ!!」
「ちぇりゃあァァッ!!」
拳を抜いて身を引いたジンと入れ替わるように、侵蝕獣の顔の高さまで飛翔した海源さんが、侵蝕獣の脳天目掛けて刀を振り下ろす。
凄まじい生命力を誇った侵蝕獣と言えど、顔を真っ二つに切断され、ジンの魔術で全身を串刺しにされては流石に耐えきれず、地に伏して天を仰いだ。
倒れた侵蝕獣の身体が霧散していき、異形を形作っていた生命エネルギーが黄金色の結晶が二つと、裂け目に変化して闘いは終息した。
「……勝った、のよね?」
「あぁ、裂け目と結晶が出りゃ勝ちだ」
「ふあぁ……良かったよぉ……」
「良くぞ気張った皆の衆……大丈夫かティア?」
「疲れたけど、怪我はしていないから大丈夫……あ、でも……プラムが……」
「あぁ、プラムのことは気にすんな」
「は……? あんた、相棒が死んだっていうのに気にするなって何よ……!」
「死んでないって、ほれ」
ジンは私に向かって右腕を突き出すと、上着の袖口からニュッとプラムが顔を出した。
〘よっ〙
「ひやあァァッ!? な、何でぇ……?」
〘我には再生能力が備わっている、バラバラにされたくらいじゃ死にはしない〙
「なんと……」
「あんたほんとどうなってんのよ……でも良かった、生きていて……」
全てが終わって、全員生き延びることができた喜びから思わず涙が零れおちる。
我ながら脆弱な涙腺をしているなと痛感した。
「それじゃ解放するぜ」
ジンは生命エネルギーを込めた拳で裂け目を破壊する。
「闇が吸い込まれていって……!」
「思い出の場所の御目見えだぜ」
侵蝕域を構成する闇が裂け目に吸い込まれていき、あるべき世界が徐々にその姿を露わにして行く。
晴れ渡った茜色の空、見渡す限りの草原、そして一本の満開な桜木が、私達の帰還を祝福してくれた。
「おぉ……桜木が花をつけて……」
「綺麗……」
「父上ー! ティア殿ー!」
「飛鳥ちゃん!」
私達が侵蝕域を解放するまで待っていた飛鳥ちゃんが、私達の元まで駆けつけてくれる。
地獄のような場所から生還した喜びを抑えられなかった私は、甘えるかのように飛鳥ちゃんへと抱き着いた。
「飛鳥……心配をかけてすまなかった」
「良いのです父上……皆、無事だったのですから」
「そなたらのおかげで、命日に間に合わせることができた……この感謝、言葉だけでは伝えきれぬ」
「良いって良いって、俺はもう十分な良いものを貰ったからさ」
「?」
「それよりおふくろさんに顔を見せてあげなよ、親子水入らずでさ」
「ああ……すまないな」
海源さんと飛鳥ちゃんは、桜木の下にある簡易的なお墓に手を合わせ、今は亡き大切な人との時間を偲ぶ。
その光景を私と一緒に眺めていたジンがぽつりと言葉を紡いだ。
「良い景色だな」
「そうね……良いものって、その手に持っている結晶のこと?」
「これもそうだけど、一番はおっちゃん達の思い出の場所を取り返せたことさ」
「お人好しね……」
「そんなんじゃないさ……」
ジンはリラックスした姿勢で座り込む。
「この世界……ガイアエレブはさ、侵蝕域のせいで未だに未知の景色や、誰かにとって大切な場所が奪われ続けている……俺も、生まれ故郷と両親を侵蝕域に奪われた」
「え……」
飄々として、悩みなんて無さそうなジンにもそんな過去があったなんて……。
ナイーブな雰囲気を感じ取ったのか、ジンは笑顔を向けて明るい口調で話を続けた。
「俺はさ、侵蝕域なんていうしがらみから世界を解放して、本にも載ってないような、世界中の閉ざされた景色を見て回りたいって夢がある……その夢を叶えるために旅に出たんだ」
「それは……途方も無い辛い旅になりそうね……」
「こんな夢を持っちまった運命だからな、仕方ないさ。でもそこまで辛いとは思ってないぜ、未知の旅路にはワクワクしているし、プラムもいるしな」
「プラムも大変ね」
〘我には我の目的がある、目的を果たしたらこんなうつけとはすぐにでも離れてやるさ〙
「寂しいこと言うなよなー、というかどうせ離れられないだろ俺達」
〘ふんっ〙
二人の間に色々と複雑な事情がある事を察しつつも、あえてそこへは踏み込まないようにして、私はある決断をジンに告げる。
「ねぇジン……」
「ん」
「私もその旅についていくから」
「はぁ!? 何言って……」
「夢を持って生きていくって良いなーって思って。ジンの話を聞いてたら、私も世界を見て回りたい夢を持っちゃった」
「一人で行けよ、何だって俺達についていくって……」
「一人で旅に出たって楽しめないし、侵蝕域の解放なんて無理に決まっているじゃない。私の火の魔術が役に立つって証明したんだから、そんなに邪険にしないでよね」
「つってもなぁ……」
〘良いだろう別に、戦力が増えるならそれに越したことはない〙
「おいおい……」
「さっすがプラムは話がわかるぅ。そういうわけだから、いやって言われてもついていくからねジン!」
「まいったなぁ……」
「ふふん♪」
ちょっぴりと芽生えた確かな絆に気を良くした私は、困り顔のジンに満面の笑顔を返して精一杯の喜びを伝えた。
私は天高く小さな火の魔術を打ち上げて、暗がりが目立ち始めた空を照らす。
これからの旅路に幸あれと、私はその小さな希望の火種に祈りを捧げ、逃げ続けてきた人生を切り捨てて新たな人生を生きてゆくことを決意したのであった。
――――――――――――――――――
「どうだった……」
「約300m先に裂け目あり、周辺には侵蝕獣がまばらに配置。接敵を避けるルートは構築済み」
「よっしゃ! 早速ぶっ倒しに行こうぜアニキ!!」
「大声出すんじゃねぇ……寄ってきたら面倒だろうが」
「すんません……」
「まぁまぁ、元気なのは良い事ヨ。その調子で頑張ってちょうだいネ」
「うっす姐さん!!」
「また大声出してる……馬鹿だからすぐに忘れるのかしら」
「んだとっ!?」
「何よ……」
「ゲンコツ喰らいてぇかガキ共……」
「うえっ!? 勘弁してくれよアニキ〜!」
「私も……?」
「さっさと行くぞ……案内しろセイラ」
「了解、団長」
熱砂が広がる侵蝕域内を、4人の男女が解放を目指して歩んで行った。
次回、火生土の章
乞うご期待