武士・海源(ティア視点)
「立ち止まっちゃってどうしたの?」
背後から追いついてきたジンに対し、私は崖下を指差して状況を伝える。
「見てジン! あそこにいるのが海源さんよ!」
「どれ……あの刀持った髭がご立派な方? それともゴツゴツしたキラキラを身体にくっつけている方?」
「刀持ってる方に決まっているでしょ!!」
〘ふざけている場合じゃないぞ、あの男足元がおぼついておらぬ。このままではやられるぞ〙
「そんな……!」
「ふー……ぬぅぅんッ……!」
《しゃあぁぁぁッ!!》
確かに海源さんの覇気が全く感じられない……。
怪物を相手に防戦一方な海源さんは、息を切らしながら刀を怪物に突き立てようとしているけど、固い結晶に阻まれて刃が肉に届いていない。
「かー嫌な音!」
〘全身聴覚の我は震えが止まらぬっ……〙
刀と結晶が触れ合う瞬間に発生する音が、私が聴いた不快な音の正体であった。
「どうにかしないと……!」
「火の魔術ってやつでどうにかならない?」
「距離があるし……仮に届いてもあれだけの接近戦じゃ、海源さんも巻き込みかねないわ……!」
「りょーかい、それじゃあ俺が行ってくるか……」
「でも遠回りする時間なんて……」
「よっと」
「えぇッ!?」
落差にして約50メートルはありそうな崖を、ジンは当然かのように飛び降りていってしまった。
「行くぜ相棒!」
〘ふんっ〙
「……! プラムの身体が伸びて……!?」
ジンの体長の5倍はありそうな長さまで身体を伸長したプラムは空中を移動し、大きな結晶の一部に身体を巻きつけたことで、ジンの身体はワイヤーアクションの要領で空中を自由自在に飛翔して行く。
ゴムのように伸縮を繰り返しながら、次々と結晶に巻き付いてはジンの空中浮遊を支え、高度をある程度落としながら海源さんの元に近づいたジンは、最後に地上から10メートルの高度で飛翔して、一気に地上へと脚を下ろした。
映画のアクションシーンでしか見れないような空中移動をやってのけた二人に対し、私は感嘆の言葉を思わず漏らした。
「すご……」
「プラム!」
〘わかっているっ!〙
プラムが怪物に向かって身体を伸ばし、怪物の背後から胴体に巻き付いて締め上げることで動きを止める。
《ッ!?》
「何だ……!?」
「誘身……」
ジンが右腕を大きく引き抜くのと同時に、プラムに巻き付かれた怪物が宙に浮き、プラムが身体を縮めたことで宙に浮いた怪物はジンの元へと引き寄せられた。
「砕震ッ!!」
右手に生命エネルギーを蓄積させて、引き寄せられた怪物の胴体に正拳突きを放つ。
鈍い金属音を響かせた怪物はプラムの拘束から解放されたことで、突きの衝撃を受けて大きく身体を宙に浮かせて地べたに倒れ込んだ。
「くっそ、かってぇ〜……肉を狙ったはずなのによぉ」
〘"金"の性質を持つ結晶の鎧を咄嗟に生成されたな……〙
ダメージをあまり受けなかったのか、地べたに倒れた怪物は即座に体勢を立て直して、自身に害を加えたジンに対して敵意を向けた。
「ほぼ無傷たぁ傷つくぜ……」
〘相性が悪いな……気を引き締めろよジン〙
《ギョアァァッ! …………ガッ!?》
「!?」
「ふー……!」
隙を見つけて走り込んでいた海源さんが、背後から刀で怪物の胴体を貫いた。
「はァっ!!」
《ギギャアァァッ!?》
そのまま横へ一文字に薙ぎ払い、半分以上引き裂かれた怪物の胴体は、頭の自重を支えられずに傾いていき、ついには完全に分かたれて怪物の身体は消滅した。
「おお〜やるじゃんあのおっちゃん」
「ふっ……ふっ……ぐぬぅ……!」
「あ!?」
海源さんは糸の切れた人形のように、地面に倒れ込んでしまう。
ジンは倒れた海源さんに駆け寄って、近くの結晶へと運んで寄りかからせた。
「大丈夫か?」
「ぬぅぅぅ…………」
「大丈夫なのジンー!? 私もそっちに行くから待っててー!」
「いや、そこで立っていてくれティア!」
「へ? ……ひゃ!?」
私の場所まで身体を伸ばしたプラムは、胴体に巻きついて顔を見合わせる。
〘小娘、舌を噛まないように気をつけろよ〙
「……まさか」
〘行くぞ〙
「きゃあぁぁぁぁぁッ!!?」
嫌な予感がした刹那、プラムが身体を縮めたことで私の身体は崖下のジンの元へと引き寄せられて行く。
かなりの速度で引き寄せられて、重力の暴力に曝された私は思わず絶叫を上げてしまった。
「いよっとぉ」
ジンは引き寄せられた私の肩と膝を抱えて抱き寄せ、受け止めた衝撃を受け流すように回転し、その流れで私を丁寧に降ろして着地させた。
私は今後、二度と味わいたくない絶叫体験を乗り越えて心臓がバクバクしていた。
「楽しんでいただけて?」
「死ぬかと思ったわ!!」
「うぅぅ……」
「あ……そうだ、海源さん!」
「……ティアか!? なぜお主がこんなところに……!?」
「話は後! どこか怪我でもしているの?」
「怪我は大したことは無い……だが腹が減り、喉が渇いてしょうがない……」
「水なら用意があるぜ」
「食べ物は……そうだ、飛鳥ちゃんがくれた兵糧丸があるわ!」
ジンが持っていた水と兵糧丸を与え、空腹と渇きを満たした海源さんは息使いが安定し、偶然にも救出に成功した私達はこれまでの事情を海源さんに説明した。
「そうか……心配をかけてすまなかったな、そちらの……ジンと申したか、某は【青柳 海源】と申す。某の我儘で迷惑をかけた」
「迷惑とは思ってないさ」
〘しかし、良く無事だったな……2日間も飲まず食わずでほとんど怪我をしていないとは〙
「海源さんの剣の腕前は本当凄いんだから、怪物にだってそう簡単に負けないわ」
「四六時中【侵蝕獣】に狙われる、就寝もまともにできない環境では流石に限界が近かった……助けが無ければあのままやられていたであろう」
「侵蝕獣?」
〘侵蝕域をうろつく怪物共の総称だ〙
「改めて礼を言う……無様を晒したが、腹さえ満たせば侵蝕域の解放に役立つだけの戦力にはなり得ようぞ」
海源さんはふらつきながら立ち上がる。
「大丈夫?」
「ああ……疲労と寝不足で万全とは言えぬが、剣を振るうだけの体力は戻した。この裂け目の方角を示す方位磁石があれば、効率良く足を進めることが……」
〘そいつは必要ない、なぜならば我には裂け目の方角どころか、確かな位置を割り出せる能力があるからな〙
「なんと……それは真か」
「信じていいぜおっちゃん」
「それは有り難い……二日経っているということは、今日までに解放せねば命日に間に合わぬ……不躾な願いではあるが、迅速にことへ当たろうぞ」
〘そのつもりだ〙
偶然にも海源さんを救出することに成功した私達は、再び侵蝕域解放を目指して裂け目へと足を急がせる。
暫くして、プラムが何かを思い出したかのような反応を見せて、私に語りかけてきた。
〘小娘〙
「ティアって呼んでよ」
〘……ティア、裂け目を破壊する際には、それを守る大型の侵蝕獣を相手取ることになる〙
「裂け目を見つけても、簡単には解放させてくれないってことね……」
〘そうだ……そのことについてだが、その戦いではお前の火の魔術が何よりも大事になるだろう〙
「そうかしら……ジンも海源さんも強いんだし、援護射撃くらいにしかならないんじゃ……」
〘この侵蝕域は恐らく、"金"の性質を有している。根拠として今まで戦ってきた侵蝕獣の全てが、"金"の性質を持つ結晶の鎧を纏っていた〙
「それがどうかしたの?」
〘五行には【相剋】の性質があってな……【火は金に強く・土は水に強く・金は木に強く・水は火に強く・木は土に強い】という関係にある。ジンの性質は"木"であるため、金の性質を持つ侵蝕獣相手では苦戦が免れない〙
「そうなんだ……だからさっき殴ってもあまり効いていなかったのね」
〘そうだ、海源も魔具を持たぬ以上、素の力だけであの固さに対抗することは難しいであろう。だからこそ、火の魔女であるお前の力が必要となってくるのだ〙
「わかったわ……やってやろうじゃない……!」
自分の力が誰かに必要とされたことに、確かな喜びを感じた私の顔は、多分ちょっとだけニヤついていたかもしれない。
常に薄暗い世界で時間の感覚を奪われていく中、恐らくは1時間ほど足を動かし続けたことが、報われる時がやってきた。
「見つけた」
「あれが裂け目……! 長かったわ……」
〘では行くぞ、ジン〙
「りょーかい」
ジンが真っ直ぐに裂け目へと歩いて行く。
あと数十歩歩けば手が届くという距離で、裂け目は歪な形と大きさに変化していった。
「来るぞティア、構えよ!」
「……っ!!」
「こーりゃでっけぇやつが出てきそうだな……」
〘油断はするなよ〙
「わかってるって」
裂け目は徐々に大きくなっていき、6メートル大の高さまで到達する。
そこからさらなる変化を遂げた裂け目は、人型を形作って彩りが加わっていく。
《キィィィィッッッ》
遂に形が安定した大型の人型侵蝕獣は、全身に鋭利な結晶を生やして金切り声を響かせた。