いざ救出へ(ティア視点)
「そう……私は【火の魔女】、呪われた力を生まれ持った人間よ……」
〘何と……〙
「すげぇなーこれ、手品かなんか?」
男の人の緊張感が無い言葉と態度に、男の人を除いた全員が思わずズッコケてしまった……。
〘これは魔術だ大うつけが! 生命エネルギーを【五行】の力へと変換する神秘の力だ!〙
「あぁそうなの……でも何でそんな驚いた反応してんだ? 魔術は俺でも使えるぜ?」
〘確かに魔術は誰にでも扱える力ではある……だが本来魔術を扱うのに必要なエネルギーは【魔具】という特殊な製法で作られた武器を媒介にすることで初めて火・土・金・水・木から成る五行の力へと変換することができる……だがこのティアという小娘は魔具に頼らずに火の魔術を発動したのだ。そんな芸当ができるのは【魔女】以外に他ならない……〙
このプラムっていう蛇っぽい生き物は、男の人と違って聡明で話しやすそう。
そう思った私はプラムと目を合わせながら話を続けた。
「そう……私が生まれた国では魔女は不吉と呪われた力の象徴として扱われる……差別から逃れて生まれ育った国を離れて行き倒れていたところを救ってくれたのが、ここにいる飛鳥ちゃんなの。お父さんの海源さん共々、とても親切にしてくれたわ」
「ティア殿……」
「そんな恩人がいなくなっちゃうかもしれない、一人取り残されちゃうかもしれないなんて絶対にいやなの!」
〘無駄話は良い……その魔女の力がどう義理立てに繋がるのか結論を言え〙
「私の魔女の力を貴方達のために使ってあげるわ!」
「な……!?」
「え?」
〘ほう……〙
「十分な報酬が支払えないなら身体で払うしか無いでしょ……私の火の魔術は魔具で媒介したもの何かよりも遥かに強力で多様な使い方ができる……国家指定侵蝕域なんていう危険な場所を解放するのには、これ以上無い程の助けになると思うけど?」
正直侵蝕域に関わるなんて嫌だけど、受けた恩を曖昧にしちゃうのはもっと嫌だから、震えそうな脚と声を必死に咎めて私の有用性をプラムへと主張し続けた。
「ティア殿……! 私達のために何もそこまで……」
「わたしまだ貴女達に恩を返せていないもの……忌み嫌った力だけど、それが誰かの役に立てるなら本望だわ」
「別に俺はそこまでのことは求めて……」
「私の気持ちの問題なの! 嫌って言われても付いていくからね!」
「まいったなぁ……」
〘殊勝な心掛けだな小娘、良いだろうそれで手を打とうでは無いか〙
「おいおいプラム……!?」
〘これから解放しにいく侵食域は、これまで解放してきたちんけな侵食域とは訳が違う。正直なところ我とお前だけで乗り越えていけるか不安だったからな……魔女の助けを得られるのならば願ったり叶ったりだ〙
「まぁそりゃあそうだけど……」
「決まりね……! それじゃあ早速海源さんを助けに行きましょう!」
「私が案内いたしますゆえ、ついてきてくだされ!」
思わぬ希望が舞い込んで来て浮かれ気味になった私達は、後ろを振り返ることなく子供のようにただ真っ直ぐに目的地へと走っていった。
「何か色んな意味で置いてけぼりにされた気分……」
〘モタモタするな、見失うぞ〙
「へいへい」
―――――――――
「あれがその侵蝕域です……」
「結構な規模だなぁ」
〘人の生活圏に被らなかったのは幸いだったな〙
「…………」
遠目で見るだけで恐怖に心を支配されてしまいそうだった。
腕利きの傭兵団や軍人でも命を落とす魔の領域にこれから向き合わなきゃいけないんだと思うと、心がどうにかなってしまいそうで無意識的に闇から目を逸らしてしまう。
「大丈夫?」
「……ッ!?」
恐怖心に飲まれかけた私を察したのか、男の人が目を合わせて労りの言葉を掛けてきた。
「怖いんなら無理しなくても良いんだぜ」
「こ、怖くなんか無いわ……! むしろいきり立っているくらいよ……シュッシュッ!」
虚空に向かって拳を突き出す仕草で、無理矢理気持ちを奮い立たせようとしたものの、傍から見たら痛々しい空元気にしか見えないんだろうな……飛鳥ちゃんは哀れむような視線を向けるし、男の人はバレないようにため息をついていた。
「まぁ俺がついているから大丈夫さ、任せなさい」
満面の笑顔でかけられた励ましの言葉に、恐怖心が少しだけ和らいだ気がした。
「さぁ、着いたな」
「…………!」
いざ侵蝕域を目の前にすると、どこを見ても混じり気の無い純粋な闇に目を奪われて、心臓が激しく鼓動して冷や汗が止まらない。
男の人は相変わらず緊張感の無い様子を見せているけれど、逆に言えば侵蝕域を前にしても平常心を保つだけの余裕があるということ……相応の実力と実績を積んできた自信の裏付けを感じた。
「目の前に立つだけで意識を持っていかれそうです……こんな場所に父上は一人で……」
「普通の人なら縮こまって中に入るのを躊躇っちゃうものだけどね」
「父は今でこそ小さな剣道場の師範ですが、昔は軍に所属して侵蝕域の解放任務に就いていたことがあったと聞きました……」
「なるほどね……」
〘過去に侵蝕域の任務に当たっていたと言っても、軍として集団で行動するのと個人のみの行動では訳が違ってくる……今頃中で苦戦しているか、あるいは既に……〙
「悲観は無しだぜプラム、大丈夫必ず助けるから」
「……私も同行させては貰えませぬか……」
「飛鳥ちゃん……!」
「魔術は扱えませぬが、父上に剣術を仕込まれていますので役立たずには……」
〘魔術を扱えぬ時点で脚を引っ張るのは目に見えている、連れて行くのはその小娘だけで十分だ〙
「そうですか……わかりました、ではせめてこの餞別だけでも」
「これは?」
飛鳥ちゃんは腰に括りつけた小包を男の人に渡す。
「兵糧丸という保存食です、3粒食べるだけで1日分の栄養を満たせる代物です」
「へぇ……」
「三人で3日分ございます、私はここで待っておりますゆえ、どうかご武運を……ティア殿もお気をつけて」
「うん……! よーし、行くわよ……!」
「あ、ちょっと待っ……!」
私は覚悟が冷めない内に、いの一番に侵蝕域へと入っていった。
「やっばぁ……」
「どうかしたので……?」
「身体くっつけながら一緒に入らないと、入口がバラけてはぐれちゃうんだよね……」
「えぇッ!?」
〘面倒が増えた……! 速く行くぞジン!!〙
「前途多難だぜ……!」
ジンはティアの後を追って侵蝕域へと入った。
「ティア殿……!」
―――――――――――
「おっそいわね……何で来ないのよ」
侵蝕域へと入っていった私は、キラキラとした結晶がそこら中に生えた幻想的な風景を眺めながら男の人が侵蝕域に入ってくるのを待っていた。
(まさか来ないつもりじゃ無いわよね……いやそんなことをする意味何て無いし……そういえば入る前に呼び止められた気が……もしかして…………入る手順を間違えた……!?)
やらかしたかもしれないという焦りが冷や汗となって滴り落ちる。
命の危険が付き纏う世界で孤独となった私の身体は、自分ではどうしようも無いくらいに震えていた。
そんな絶好なカモと化した私を嘲笑うかのように、背後から硝子を引っ掻いたような不快な音が鳴り響いた。
「ッ!!?」
《ブフゥゥゥ…………》
身体の所々に結晶を生やした、大型の犬のような化け物が私を視線に捉えて鼻息を鳴らしていた。