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五芒星の魔女  作者: 南無三
木生火の章〜邂逅
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火の魔女(プラム視点)

――また、この景色だ。

 星を描く地の中央に佇み、星を結ぶ線の頂点に立つ者達は次々と視界から消えて行き、ただ一人取り残される。


 そして訪れる見渡す限りの闇。

 夢の中とは思えぬ程鮮明に、暗く、冷たく、痛みにも似た孤独が肉体を蝕んでゆく。


 鼓膜をつんざくほどの恨みつらみを乗せた言の葉の数々も、もはや何度聞いたことかわからない。


 何ゆえこのような耐え難い仕打ちに合うのか疑問に思いつつも、気持ちと矛盾するかのように、この苦痛から逃げてはいけないという確かな使命感に駆られている。


 理由もわからぬまま受け入れざるを得ない理不尽は懲り懲りだ……夢ならば早く覚め――


「起ぉぉきろぉぉいッ!!」

〘のわあぁぁっ!?〙


 全身に響く声の波長が発汗を促進する……。

 この加減を知らぬ大うつけ……ジン・ウッドランドによる、大音声(だいおんじょう)の目覚ましには何時まで経っても慣れそうにない。

 領地を跨ぐ川渡りの舟を漕ぐ船頭も、こやつの無神経な大声に驚愕してこちらを怪訝な顔で見ていた。


「おはようプラム!」

〘こんのぉ……大うつけぇッ!! 耳元で大声を出すなと何度も言っとるだろうがッ!〙

「どこが耳だかわからねぇ」


 不服だがこの指摘はこいつに理がある。

 我が肉体は人間の耳のような、目に見えてわかりやすい聴覚器官を備えていないからだ。


〘ほぼ全身が耳のようなものだ! だから真近くで大声を出すな!〙

「あれだけ声出さないと起きないだろお前?」

〘無理矢理叩き起こした理由はなんだ? くだらない理由ならただじゃ……〙

「また例の夢見てたろ?」

〘ぬ…………なぜわかる〙

「苦し気な顔して寝てる時は大体そうだからな。 わかりやすいんだよ」

〘……そうか〙


 耐え難い悪夢を気取られるくらいには、酷い顔をしていたのだろう。

 手段は褒められたものではないが、こいつなりに我を悪夢から解放するためにした努力へ感謝したいと思う、口には出さぬが。


「それにもうすぐ"伝統領"だぜ? 初物の景色を一緒に見て、感動を分かち合いたいっていう俺の気持ちを汲んでくれよ」

〘……気色悪いことを言うな、我はお前の恋人でも何でも無いぞ〙

「ずっと一緒に生きてきた仲だろ、寂しいこと言うなって!」

〘やめろ大うつけッ……!〙

 

 我の頭頂部が捏ねくるように撫で回されて視界が揺らぐ……一ぺんこいつの首を絞めてわからせてやろうかという考えが浮かんだが、それを思いとどまらせるかのように声がかかった。


「お客さん、そろそろだよ」

「お……! あれ見ろよプラム! "主水城(しゅすいじょう)"だぜ!」

〘んん……あれが……見事なものだな〙

「本で見たものなんかよりも断然迫力が違うぜ、たまんねぇなぁ」

〘革新領と伝統領はどちらも名目上はヤシマの国ではあるが、実際にはほぼ別の国と言っても良い。これから目にするもの全ては、革新領育ちの我らには刺激の強いものになるだろうな〙


 東の大陸【エイジア】に存在する孤島の国家、【ヤシマ】。

 あらゆる大陸の価値観を吸収して現代的な国家体制を築いた【革新領】と、古来よりの価値観を重要視して保守的な国家体制を築く【伝統領】に別たれた国だ。


 主水城はヤシマで三番目に大きい建造物であり、遠目からでもその荘厳さを主張していた。


「へへっワクワクしてきたな! ちょっくら観光でもしてみようか?」

〘程々にしておけよ、我らの目的は別にあるのだからな〙

「わかってるって」


 相も変わらず緊張感があるのかどうかわからんやつだ……。

 船着き場へと辿り着き、伝統領【シズミ】の地に足を下ろした我らは城下町へと繰り出すが……。


「なぁプラム……」

〘なんだ〙

「いねぇな……ニンジャ」

〘いるかうつけ、密偵が街中を彷徨いているわけないだろう〙

「伝統領には黒装束のニンジャや、甲冑姿のサムライが闊歩しているって本に書いていたからすっげぇ楽しみにしてたのに……がっかりだぜ」

〘偏見と欺瞞に満ちた本ばかり読んできたお前の落ち度だ、反省しろ〙

「ほ〜い……でも着物美人は良いもんだなぁ」

〘鼻の下が伸びているぞうつけが……〙


 見慣れぬ土地でもうつけっぷりを隠さないこいつには呆れる感情が募るばかりだ……。


「取り敢えず腹減っちまったし飯でも食おうぜ、伝統領に来たらやっぱり本場のうどんを……」

〘甘味屋にしろ、絶対だ〙

「急に乗り気だな甘党め……わかったよ」


 伝統領の甘味は独自性に豊んだ素朴で芸術的な造りの一品だ。

 甘味好きであれば一度は本場のものを味わってみたいという気持ちが芽生えても当然と言える。

 目についた甘味屋の外席に座り、我はジンの上着の袖に隠れながら注文した串団子ときんつばに舌鼓をうつ。


「あぁ至福……」

〘そうだな……〙


 味覚を包み込む素朴な甘味に思わず、顔がほころんでしまう。


 気まぐれに辺りを見回すと伝統領育ちである女性客と、金髪の総髪が特徴的な恐らくは観光客である女性客が向かい合わせで何やら話しているのが見え、不自然な組み合わせを訝しんで観察していた途中、愛想の良い店員が追加の甘味を運んで来たため、我は袖へと身を隠した。


「お待たせしました〜大福です」

「お、ありがとね」

「お客さん観光客? 見たところ革新領育ちの人って感じだけど……」

「革新領育ちなのは正解! 本当は観光したいけど、やることがあるからそんな暇無くてさ」

「へ〜お仕事で来られたので?」

「そういうわけでも無いんだけどさ……【旧巫宮(かんなぎのみや)】ってところに用があって」

「えっ……?」

「「!?」」


 明らかに空気が凍り付くのを感じる。

 目の前の店員だけでなく、後ろで話していた客二人からも強い視線を感じた。


「えっと……お客さん、そこがどういった場所か御存知で?」

「うん」

「そこが"国家指定侵蝕域"ということも……?」

「知っているよ」

「それなのに何が目的であんな場所へ行くつもりなんです?」

「解放、かな」


 ドン引きする店員を尻目に大福を口に頬張り、提供された甘味を平らげた。


「ご馳走様、うまかったよ」

「あ、ありがとうございます……」

「さぁて、行くか……」

「ちょっと待って!!」


 立ち去ろうとした刹那、背後から女性による呼び止めの声がかかり、声の主を確認しようと振り返ると甘味屋で話していた二人の客がそこにいた。


「なに?」

「今の話、本当のことなの?」

「うん」

「侵蝕域を攻略する方法を知っているってこと?」

「知っているよ」

「……!」

「もう用が無いなら行っていい?」

「待ってくだされ……!」


 伝統領育ちの女性客が縋るように引き止めに来る。


「何さ?」

「貴方に頼みがあるのです……どうか話を聞いてはくださらぬか!」

「頼み?」


 面倒な事になってきた……。

 断るべきだと言うのに、このお人好しは話だけでも聞いてみようと頑なに譲らず、きな臭い話をするために再び甘味屋の席へと着いた。


「んで、頼みって?」

「はい……近隣の侵蝕域へと一人で向かった父の救出をお願いしたいのです」

「一人で……何があったのさ」

「一月前のことです……城下町外に一本の桜木が立つ丘があるのですが、そこら一帯が闇に飲まれ侵蝕域と化しました。 父は二日前にその侵蝕域へ向かうと置き手紙を残したのです」

「何でそんなこと……」

「今は亡き母との思い出の場所を闇に汚されるのは我慢ならない…と書いておりました」

「……」

「今日が母の命日で、桜木の下にある母のお墓に墓参りに行けないことも焦燥を駆り立てたのでしょう……軍は現在、人々の生活圏に影響を及ぼさない侵蝕域に人員を割く余裕が無いらしく、解放の目処が立たない現状では命日に間に合わないと察して……」

「二日も帰ってこないなんて何かあったに違いないわ……でも侵蝕域攻略のノウハウが無い、お金も無いから傭兵団(レイヴン)に依頼もできない私達だけじゃどうしようも無かった……」

「小さな道場を何とか経営していくだけの身では正当な報酬を払うことはできません……都合の良い願いだと言うことは承知の上……それでもこの頼み引き受けては貰えませぬか……!」

「いいよ」

「「……え!?」」

〘ちょっと待て大うつけ〙


 即答で承諾されるとは思わなかったのか、二人共呆気に取られたような反応を示す。

 我もこの即答は看過できないと判断し、多少騒ぎになるのを覚悟で身を乗り出した。


「何だよプラム」

〘何だよじゃない、こんな都合の良い頼みを引き受ける利が無いだろうが〙

「蛇が喋ってる……」

「面妖な……」

〘我を蛇と呼ぶな小娘共……! 我が名はプラムだ! 良いか……〙

「その件、毎回やるの?」

〘口を挟むな! 良いか小娘共…… 古来よりこの世界を闇に呑み込もうとする侵蝕域は、発生する原理もわからず、その中身も一切の予想ができぬという死の領域だ。 どれだけその道に精通し、万全を期そうとそのリスクを無にすることは不可能……そんな場所へ見知らぬ人間を救いに行くのに、相応の報酬を用意できない依頼など引き受けられるわけが無いだろう〙

「う……」


「プラム」

〘何だ〙

「俺は助けに行くつもりだぜ」

〘な……!?〙

「利が無いって話だけど、俺にとっては十分過ぎるものを貰う予定だしな」

「え……?」

「だから助けに行く、俺は決めたぜプラム」

〘……はぁ、この大うつけが……〙

「まぁそういうことだからさ、その侵蝕域まで案内してくれよ」

「ま、待って!」

「あ?」

「その……頼んでおいて何だけど、プラムさんの指摘は真っ当なものだって痛感したわ……このまま何も用意できずに助けて貰うのは……不義理だと思うの。だから……」

「別にそんなこと……」

「こっちに来て!」

「ああ……?」


 金髪の小娘は人目につかない場所へと移動し、我らがそれに追いつくと改めてこちらに向き直り右手を突き出した。


「どしたの?」

「見ていて……」

「ティア殿……!」

「良いの……」


 ティアと呼ばれた小娘は目を閉じて集中している……いったい何をしようというのだろうか。


「……はっ!!」

〘……ッ!? これは……!〙

「……!」


 開かれた右手から光が放たれている……放たれた光は球状と化し、遂にはその光が燃え盛る炎へと変化して手の平の上で浮いていた。

 これは間違いなく【魔術】の類……ただの人間にこのような芸当は不可能だ……ならば此奴は……。


〘お前……【火の魔女】か……!!〙


 我の問いに対し、ティアは静かに首を縦に動かして肯定の意思を示した。

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