降雨下の血戦
「オォォォォォォォッ!!」
「うっ……!?」
――宗賀の雄叫びが雨の音を貫き、村中に響き渡る。
地鳴りにも似た怒号は数で勝るはずの山賊達を再び怖気づかせ、庇護される対象であるはずの村人達の身体を震わせるほどであった。
「隙ありぃッ!!」
「ッ!!?」
――手前で怖気づいていた山賊の男へと一太刀を浴びせ、首をはねられて即死した光景を間近にした周囲の山賊達は、皆一様に顔を青ざめた。
立場の弱い人間を一方的に嬲ってきた山賊達には、数の不利があるにも関わらず一人で突っ込む胆力を誇り、仲間の首を一瞬で切り捨てる強さを持つ宗賀が物の怪の類に見えていた。
「ひ……ヒィィィッ!?」
「テメェら……! 狼狽えていたら、勝てる戦いも勝てねぇ……」
「ぬんッ!」
「ギャアァァァッ!!」
「……ぐぅっ!?」
「なんて強さ……数の不利をものともしておらん!」
「武器の構え方や立ち振舞から、山賊のほとんどは戦闘経験が乏しいと見えます。
束になろうと、戦上手な若様の敵ではありませんよ」
――宗賀は恐怖に慄く山賊達を容赦無く峰打ちし、投げ伏せ、踏みつけ、殴打してゆく。
戦上手である武士の宗賀は、恐怖を表に出すものほど脆いものは無いことを知り尽くしているがゆえに、初手に無慈悲な死を与えて恐怖を植え付けることで、圧倒的な精神的優位を得ているのだ。
抵抗しようと集団で囲み、武器を振るう山賊達であったが、恐怖に震える身体では宗賀に届きうる踏み込みには至らず、軽くあしらわれては反撃のうめき目に合ってしまう。
たった一人で10を超える戦力を蹴散らし続ける宗賀に対し、さしもの石和も焦りを覚え始めていた。
(あの野郎……思った以上に強い! 俺が加勢してもタダじゃすまねぇかもしれねぇ……。
このままじゃあの野郎一人に壊滅させられちまう……どうする!?)
――起死回生を狙う石和が周囲を見回し、宗賀の奥に控える村人達へと目をつける。
「そうだ……奴らを人質にして野郎の動きを封じちまえばいい……! おいテメェら!」
「は……はい!?」
「野郎の横を抜けて村の連中を人質にしろ! あの髪が綺麗な寝ている女だけでもいい!」
「わ……わかりました!」
――山賊達が一斉に宗賀の横を抜けようと走り出す。
「任せたぞ、鬼灯!」
――宗賀の横を通り抜けた山賊達の道に、傘を差した鬼灯と猛り唸る咎丸が立ち塞がる。
一瞬呆気に取られた山賊達であったが、すぐに体勢を建て直し、立ち塞がる鬼灯と咎丸を嘲笑った。
「ハッ! 女一人と犬畜生だけで何ができる!!
野郎共、この女から捕らえろ! 犬は殺して構わねぇ!」
「おおッ!!」
「では、使命を果たしましょうか咎丸」
「ワンッ!!」
――匕首と石槍を構えた男二人が鬼灯と咎丸へ襲いかかる。
「オラァッ!!」
「よっと」
「おわァッ!?」
「良く頑張りました」
「ガッ……」
「んな……!?」
――無駄の無い動きで肩口を狙った匕首をかわした鬼灯は、合気の要領で刃をかわされて体勢を崩した山賊を投げ飛ばし、地に叩き伏せた山賊の額へ、袖から取り出した苦無を投げつけ絶命させる。
「ガアッ!!」
「ギャアッ!? あ……アァ…………」
「……!!」
――石槍で咎丸を貫こうとした山賊は、咎丸の素早い動きに完全に翻弄されている間に背後を取られ、首へと飛びついた咎丸が一瞬で首の肉を深く噛み千切ったことにより、緩慢な絶命へと至った。
「グルアァァッ!!」
「ふ……咎丸は高度な対人戦闘技術を身に着けた忍犬ぞ。
戦の素人が一人でどうにかできる傑物に非ず!」
「ぐ……!? 怯むんじゃねぇ!! 全員でかかりゃ何とかなるだろうが!! 行け! 行けェ!」
「うおあぁぁ!!」
「哀れ……」
――10を超える集団で襲いかかる山賊を冷めた目で見つめた鬼灯は、左手を自身の口元へと添えた構えを取る。
「"綿火"……」
――指先に赤い生命エネルギーが込められた玉を浮かべた鬼灯は、玉に息を吹きかける。
すると、玉は風に煽られた綿毛のように飛散し、可視が難しくなった生命エネルギーが山賊達の元へと向かい、肌や衣服に吸い付いて行く。
「あっちぃ!? な、なんだこりゃ……? 急に肌が熱くなって……」
「"実火狂焼"……」
「……!? グァァッ!!?」
「ああッ!? 服が燃えて……! うわっヂィィ!!」
――肌や衣服に吸い付いた生命エネルギーが一斉に発火し、山賊達は身体を焼かれていく感覚に悶え苦しむ。
しかし、絢芽の魔術によって降り続ける雨によって火が掻き消されてしまったことで、山賊達が致命傷に至ることは無かった。
(燃えきらない……? 巫女様が降らした雨が原因か……)
「く、クソがぁ……!」
「あ……!?」
――比較的火傷の被害が少なく済んだ石和が、素早い動きで鬼灯の隙を突いて横を抜け、村人達の元へと走り抜けて行ってしまった。
「しまった……!」
「オラァッ!!」
「くっ……咎丸!!」
「ワンッ!」
「行かせるかッ!!」
「クゥン……!?」
――軽傷で済んだ山賊達が鬼灯と咎丸へ複数人で襲いかかり、足止めを行っている間に石和が村人達の元へと着実に近づいてゆく。
「あんな化け物共とまともに戦っていられるか……! やっぱりあの女を人質に取るのが正解だった……!」
「こ、こっちに来る……!」
「テメェら! その女を渡せェ!!」
――金棒を担ぎながら走ってくる石和の姿に、村人達は恐怖を増して行く。
しかし、誰一人としてそこから離れようとはせず、村の男衆が眠る絢芽を膝に抱えた女性を守るかのようにして囲み、腕を広げて石和を睨みつけていた。
「渡さぬ……! 水の巫女様は、儂らの村を救ってくださったお方なのだ……!!」
「山賊なんかに渡したら、とんだ恩知らずってもんだ! この命に替えても守り抜く!!」
「コイツラァ……しゃらくせぇ!! 死にやがれェ!!」
――石和は先頭に立つ五平太へ、怒りに任せた金棒を振り降ろす。
確実な死を予感した五平太は、目をつぶって自らに降りかかる無慈悲を覚悟した。
「……っ!!」
「アッ……!?」
「…………?」
「恩に報いる、その意気やヨシ!」
「巫女守様……!」
――背後から追いついた宗賀が、石和の手首を鷲掴みにしたことにより金棒は振り降ろされることなく、石和は宗賀に生殺与奪の権限を完全に掌握される形となった。
「ふんっ!」
「アァァッ!? 腕ガァッ!?」
「巫女は村の者、全員の幸福を願っておられる……それをお主は村人に手をかけ、願いを無下にしようとした。 巫女守として、お主の所業を許す訳にはいかぬ」
「ま……待ってくれェ!! 悪かった……もう村には手を出さねぇ……! だから命だけは……!?」
「往生際が悪い!!」
――宗賀は左手に黄金の生命エネルギーを纏わせ、石和の延髄へ強烈な手刀を叩き込む。
骨が砕け散る鈍い音を村に響かせた石和は、白目を向き、泡を吹いたまま項垂れて絶命した。
「か……頭ァ……!?」
「さて……残るはお主らか」
「ヒっ!!?」
「しかしまぁこれ以上、巫女の加護を纏った村を血で染めるのはしのびない……。
こやつらの死体を持って、2度と村に手を出さぬと誓うのであれば逃がしてやっても良いぞ」
「本当か……? わ、わかった……言う通りにするよ……」
――仲間の死体を抱えたまま村から出ようと、痛む身体に鞭を打ちながらもたもたと歩く山賊達に対し、宗賀は鬼灯に手渡された苦無を投擲し、苦無は一人の山賊の頬を掠めた。
「んな!?」
「とっとと去ねェッ!!」
「ヒィアァァァッ!!?」
――撤退際に強烈な恐怖を植え付けられた山賊達は、一目散に村から離れて行く。
トラウマを植え付けられた山賊達は、皆一様にこの村には金輪際近づかぬという誓いを胸中で固くした。
「ふ……これで二度とこの村には近づくまい」
「あ、ありがとうございます! 巫女守様!!
目の上のたんこぶだった、山賊共まで退けていただけるなんて、何とお礼をすれば良いか……!」
「礼か……ならば今日は一晩、村に置いてはくれぬか。
見ての通り、巫女殿はお疲れのようなのでな」
「はい! 何も無い村ですが、精一杯もてなしをさせていただきます!」
――もてなしの準備をするために、村の者達は自身の家へと散って行く。
騒がしい中においても、目を覚ますことなく寝息を立てていた絢芽の顔を覗きこんだ宗賀は、可笑しくなって吹き出した。
「ふ! 大事があったと知らずに、随分と幸せそうに寝ておるわ!」
「ふふ、本当ですね……」
「わぅん!」
「むにゃあ……♪」
――村の幸福を祝福するかのように、絢芽は笑顔を浮かべたまま一日中眠り続けた。
――――――――――
「それじゃみんな〜、元気でね〜♪」
「巫女様御一行方もお元気で!!
この御恩は一生忘れることなく、村の歴史として語り継がせていただきます!!」
「えー? 照れる〜♪ そんじゃばいば〜い♪」
「ありがとうございました!!」
――一夜を過ごした翌日の朝方、村人全員に見送られながら、一行は再び救済の旅へと出向いて行った。
「いや〜でも驚いた〜、あーしが寝てる間に山賊が来てたなんてさぁ……。
それを追い返しちゃうなんて、みんなマジで強いんだね♪」
「あの程度の奴らならば、造作も無いことよ」
「わん!」
「頼りになる〜♪ これで村のみんなは山賊にも水不足にも悩まずにすむんだよね〜、ハッピーエンドで良かった良かった♪」
「まるで自分のことのように喜びよるな」
「みんながハッピーなら、あーしもハッピーだからさ♪」
「ふ! お人良しなことよ……」
「また困っている人がいたら寄り道しちゃうかもだけど、その時はみんなよろしくね♪」
「ああ、任せておけ!」
――士気を新たに、一行は微かな絆を結んで行きながら、救済の旅路を歩んで行く。
その背後に、旅路を脅かす気配が迫っていることを今は知らずに――




