一難去ってまた一難(宗賀視点)
「着きましたよ巫女様、ここが摩霧村です」
「めっちゃ遠かったね……」
水は俺が両腕で抱えていったため、五平太は移動速度を落とすことなく俺達を村へと先導できたのだが、それでもなお辿り着くまでに1時間半の時を要してしまったわ。
こんな長道を両腕で水を詰めた吊り下げ桶を持った状態で帰路については、俺ほどの体力を有さぬ限りクタクタになってしまうであろうな。
「お帰り五平太、ご苦労であったな……」
「村長……!」
労いに現れた老齢の村長はどこか憔悴したような様子であった。
周りを見れば村長だけでなく、若い村民ですらも今生の終わりのような表情を浮かべて肩を落としておる。
事態はかなり深刻なようだな。
「その人らは……?」
「水の巫女様と巫女守様達です」
「なんと……!? それはまことか……」
「狩取にて神職主導の元、儀式の舞を披露していたのです。
間違いありません」
「おお……しかし、なぜ水の巫女様がこのような村までお越しに?」
「もち、この村を救いに!」
俺の手を借りながら馬から降りたあやめは、腰に巻いた御幣を手に取り、天に掲げて大見得を切りおった。
周りの村民はその様を見て驚いておるようだ。
「とりあえず、話してた井戸に案内してごへっち!」
「ごへっち……?」
「お主のことだ五平太」
「巫女様は人を愛称で呼ぶお方ですので、ご容赦願います」
「は、はい……では、こちらです!」
住宅が並ぶ広場へと案内され、中央に設置された大井戸を囲む。
井戸に近づいたあやめは、おもむろに御幣を井戸の上にかざしおった。
「……うん、井戸から水の気配を全く感じないね〜」
「御幣をかざしただけでわかるのか?」
「水の巫女だからね〜、何となくわかるよ♪」
「ここ最近は雨が全く降らないせいか、井戸水がろくに貯まらないのです……」
確かに都での通り雨以外で、ここ最近雨が降った記憶がない。
10年も救済の旅が行われなかったツケがなのであろうか……何にしても井戸水が唯一の安定した水源である村には死活問題であろうな。
「このような状態が続いてもう3ヶ月……このままでは村の者は皆、首をくくらねばなりませぬ……」
「あーしが来たからには、絶対にそんなことはさせないっておじーちゃん。
じゃあみんな、神様にお願いするから離れて離れて〜♪」
神様にお願いか……恐らくは水の巫女が発現する水の魔術をそう表現しているのであろう。
「そんじゃ神様、ちょっち力を貸してね♪」
御幣を8の字を描くように大きく振り回すと、蒼色の生命エネルギーが足元から湧き上がり、やがてあやめの全身を包みこみおった。
"命の源泉司りし雨雲に揺蕩う神々よ! 汝らの雫を求めし、華奢なる命の声を受け入れたまえ!"
「"天つ神の雫"!」
御幣を掲げたあやめの生命エネルギーが天高く昇って行った後、村の上空に滞留しおった。
「これは……!?」
「降雨招来……! せいっ!」
掲げた御幣を地に向けて振り降ろすと、滞空した生命エネルギーから水滴が滴り落ちてきよった。
その滴りは急激に強まって行き、遂には"雨"と呼ぶに相応しい降水へと至りおった。
「おお……! 雨じゃ……雨が降りおったぞ!」
村人達は久しい雨に心を踊らせ、皆晴れやかな笑顔を浮かべておった。
「ざっと……こんなもん…………う……」
「!? あやめッ!!」
村を覆う規模の魔術を扱った反動か、あやめはふらりとその場に倒れこんでしまった。
「あはは……ハァ……ちょっち……ハリキリすぎたかも……」
「無茶しおって」
「でもこれでみんな助かるし……後悔ナッシング……♪」
「ふ……!」
こやつ、顔を青くして息を切らしながらも喜びに満ちた表情を浮かべておるわ。
思った以上に根性はあるようだな。
「ありがとうございます巫女様……! 何とお礼を申し上げれば良いか……!」
「いいよいいよ〜……みんながハッピーなら、あーしもハッピーだし♪
3ヶ月は決まった時間に雨を降らせてくれるから……その頃には旅が終わって普通に……雨が降る……はず…………」
「巫女様?」
「すー…………」
「寝ちゃいましたね」
「無理もないさ、すまぬが誰か寝床を貸してやってはくれぬか!」
「でしたら私の家をお使いください、巫女守様!」
「かたじけない!」
志願した村人の女性の家へとあやめを運ぼうと身体を担いだ次の瞬間に、咎丸が何やら不穏な唸り声をあげていることに気づき、足を止めた。
「グウゥゥゥゥ……!!」
「ぬ?」
「どうしましたか咎丸?」
「グワンッ!! ワンッ!!」
「これは……」
「なにゆえ咎丸は怒っておるのだ、鬼灯?」
「この反応は悪意を感知した咎丸が発する警告です……咎丸が向いている方角から、何らかの悪意を持った危険な存在が村に迫っているのでしょう」
「なんだと? こんな時に……」
「ま……まさか……!?」
何かを察した村長が、咎丸が吠え示す山へと続く出口へと向かって行く。
俺は担いでいたあやめを村人に預け、村長の後へと続いた。
すると雨の音に混じって、複数の具足を鳴らす音が聞こえてきよる。
山へと続く傾斜の頂点を見上げると、軽装に身を包んだ柄の悪い、武器を携帯した男衆が村へと迫ってくる様子が伺える。
遂には20を超える男衆が、村の門前へと辿り着きおった。
「ああ……!? あいつらは山賊の一味!」
「邪魔するぜぇ……」
「…………」
一際デカく、ハゲ頭に大きな傷跡を残した厳つい男が前に出てきよった。
恐らくは一味の統率頭なのだろう。
その男の前に、村長が足を震わせながら立ちおった。
「い……石和様……本日はどのようなご用で村へ……?」
「用が無きゃ来ちゃいけねぇか?」
「い、いえ……」
「へへ、まぁ用ならちゃんとある……数日前にテメェの村のもんが、俺らの縄張りを荒らしに来たケジメをつけてもらいにな」
「な……!?」
そういえば五平太が、川の上層に出向いた村人は山賊か獣に襲われると言っておったな。
こやつらがその山賊ということか……村長がこの様子だと、完全に村は山賊に掌握されておるようだな。
「村の作物を献上したではありませんか……!」
「あぁ? あんなしけた野菜なんかでケジメをつけたと思っているたぁ、ふてぇ野郎だな?
あんなもんで俺達が満足するわけねぇだろうが」
「そんな……では、どうすれば……」
「へへへ……そうだなぁ」
醜悪な面で、村の内部を舐めるように見回しておる。
すると、何か気に入ったものを見つけたように視線を固定しおった……どうやら、あやめと鬼灯を見ているようだな。
「この村にゃあ芋臭ぇ女しかいねぇから食指が動かなかったが、今日はエライべっぴんがいんじゃねぇか……へへへ、気に入ったぜ。
おい、あの綺麗な髪色をした女と袴を着た女を寄越せ」
「それは……駄目です、あの方々はただの旅人で……」
「ああ? テメェ何口答えしてんだオラァッ!!」
「うっ……!?」
「……!」
――激昂した山賊の頭が、村長の腹部を足蹴にして吹き飛ばす。
それを間近で見た宗賀は、眼光鋭く山賊を睨みつけた。
「旅人なんざ関係ねぇんだよ! この村にあるもんは全部俺達の所有物だ! 黙って差し出しゃ……」
「…………」
「ああ……? 何だテメェ……」
――宗賀は頭の前に立ち、親指と人差し指で自身の顎を挟みながら、値踏みするかのように男の顔を見回した。
「ふーむ……お主、"不相応"という言葉を知っておるか?」
「あ?」
「美しい花と、お主の魚のような面は釣り合わぬということだ。
イソメでも突いているのがお似合いぞ」
「…………」
――山賊はため息をつきながら、右手で頭を掻く仕草を行う。
次の瞬間、山賊は頭を掻いた右手で拳を作り、宗賀の顔面目掛けて振り抜いた。
「ふんっ」
「ッ!?」
――振り抜かれた拳を皮一枚でかわした宗賀は、反撃の拳を男の顔面へと叩き込む。
拳がめり込んだ顔面から骨が軋む音が鳴り響き、めり込ませた拳を一気に振り抜いたことで、山賊は一味が居並んだ場所まで吹き飛ばされた。
「ブッハァァァッ!!?」
「頭ァ!?」
「うむ、少しはマシな面になったな」
「て、テメェ……! 命が惜しくねぇのか!?」
「こちらの台詞だ賊共……」
「…………ッ!?」
――山賊の一味は、武士として戦いへの覚悟に満ちた、宗賀の睨み顔に強い怖気を感じ取っていた。
「貴様らが手を出そうとしている者は水の巫女だ……」
「水の巫女……!?」
「巫女に危害を加える者は巫女守の刃にかかることになる……その覚悟があっての狼藉であろうな!」
「ぐ……」
「なに……怖気づいてんだ、テメェらァァァッ!!」
「頭……!」
体液を顔面から撒き散らしながら復活しおったわ、見た目通り頑丈なやつよ。
「数はこっちが圧倒的に有利だろうがッ! あんな一人で粋がっている奴にビビってんじゃねぇ!!」
「でも頭……流石に水の巫女に手を出したらマズイんじゃ……」
「嘘に決まってるだろうが、そんなもん!!
こんな辺鄙な村に、水の巫女がわざわざ出向くわけがねぇ!!」
「それは、確かに……」
「いいか……あの野郎の首を取った奴には、女を好きにする権利をくれてやる!
俺達に逆らったこの村も略奪し尽くすぞ!!」
「ほーう、村にも手を出そうとするか……」
「テメェが悪いんだぜ? この石和 重兵衛様の顔に傷をつけたんだからよォ!!」
「元から傷物だろうに」
おーおー、わかりやすく額から青筋が立っておるわ。
人に馬鹿にされることが耐えられぬ質なのであろうな。
「殺せェ!!」
「おォォォ!!」
「鬼灯!!」
「はい」
「討ち漏らした者は頼んだぞ……村人には傷一つ付けさせるな!!」
「御意に」
「わん!!」
(あやめが寝ているのは好都合……戦に無縁なおなごには、刺激が強い戦いになるであろうからな)
――宗賀は腰に帯刀した刀を抜刀し、向かってくる山賊共へと黒鉄が煌めく刃を見せつけて、明確な殺意を示す。
「推して参る……!」
――宗賀は自ずから、山賊の群れへと歩を進めて行った。




