花の都の土俵に上がりて(宗賀視点)
「おお! これが都の景色か!」
出立の日から5日かけて、花の都と呼ばれし【華山都】へと辿り着いた俺は、伝統領ではまず見ることのできない景色にたまげてしまった!
革新領の衣装に身を包む者や、伝統領ではあまり見かけぬ建物がちらほらと視界に映り、あまりにも新鮮な景色が俺の心を踊らせる。
「都は革新領と伝統領の国境が地続きとなっている、交易の中心地ですからね。
それゆえ、革新領育ちの旅行者や革新領の文化を取り入れた建築物も多く見かけます」
「保守的な地理の満国ではまず見られぬ光景だな…………お? あれは……」
人混みを進んでゆくと、何やら広場の方で騒がしい様子が垣間見える。
どうやら祭り事を開催しておるようだ。
「見よ鬼灯! 広場のど真ん中で相撲を取っておるぞ!」
「そういえば今日は【海神例祭】の日でしたね。
華山都が誇るお社の祭神である、【結良儀】様を祀る例祭で、相撲を好んだとされる結良儀様のために神事相撲が行われると聞いたことがあります」
「ほ〜……お! 背が高い方の力士が土俵に追い込みおったぞ!」
目測で6尺以上の身長を誇る、太ぶとしくも、くっきりと筋肉の割れ目が目立つ肉体をした力士は、土俵へ追い込んだ相手の力士をそのまま土俵外へと押し込みよった。
一方的な取り組み内容は、まさしく横綱相撲と評価するに相応しいものであった。
「さっすが"清明海"だ!」
「いよっ! 剛力無双ぉ!!」
「…………」
「あやつ……」
「? いかが致しましたか若様……」
あの清明海とかいう力士……快勝したというのに、喜びや達成感という感情がまるで表情にこもっておらぬ。
むしろ失望……いや、このままでは終われぬというような、怒りにも似た静かな黒い闘気のようなものを感じる。
勝利してもなお、神への感謝を示す動作を行わずに土俵のど真ん中で仁王立ちする清明海に対し、観衆は徐々に不審感を覚え始め、行司が清明海へと近づいた。
「清明海、何をしておるのだ?」
「……こんな相撲では、海神様は満足などせぬ」
「な……!?」
「他にもっとマシな力士はおらぬのか! こんな腑抜けた相撲を結びの一番としては、機嫌を損ねた海神様が国を豪雨で沈めてしまうぞ!!」
清明海の不満の吐露に対し、観衆達は困惑した様子でざわつき始めおった。
「無茶苦茶なことを言っていますね……」
「鬼灯よ、空を見てみよ」
「……何やら暗がりな雲が近づいていますね、つい先ほどまで雲一つない快晴だったのに……」
「海神が怒っておるのだろうな、このままでは都が雨で沈みかねんなぁ」
「そんな馬鹿なことが……」
鬼灯が言葉を吐き捨てると、急速に近づいた暗雲が都へと針のように鋭い雨を降らしおった。
「うわっ!? 急に降り出したぞ!!」
「きゃー!」
「……まさか本当に降り出すとは」
「わぅーん……」
鬼灯がどこからか取り出した傘によって、俺達の身体は急な雨で濡れずにすんだ。
この豪雨の下で四方へ散らばっていった観衆とは対称的に、清明丸は土俵の上から一歩も動くことなくお社の方角を見上げておった。
「奴には感じておるのだな……海神の怒りが……」
「若様、私達も離れた方が……」
「ふ……一肌脱がねばなるまいか」
「!? 若様……何を……!」
俺は全ての着物を脱ぎ捨てて白褌一丁となり、着物を鬼灯へと預けて清明海の元へと歩んで行く。
「……お主は?」
「海神様の怒りを鎮めに参った者にござる」
「ほう……」
――清明海は宗賀の全身を観察し、隈なく値踏みする。
(何と屈強な男よ……それに、この豪雨の中を裸一貫で震えることもなく、ワシと笑顔で向かい合える胆力も持ち合わせておる……。
この国には腑抜けた力士しか居らぬと思っておったが、こんな傑物がおったとはな)
「どうだ清明海よ、拙者では不足かな?」
「不足は不足でも、何とも役者不足な男よ。
お主とであれば、海神様も満足する相撲が取れるであろう」
「ふ……ならば始めようか」
「ああ……」
――東に清明海、西に宗賀が土俵の上で向かい合う。
雨の中でも逃げることなく、土俵に残った行司はこの唐突に始まった相撲を取り仕切らなければならぬという信念が何処からか芽生え、軍配を両者の間に構えた。
「構えてッ!!」
――行司の合図で両者は立ち合いの構えに至る。
宗賀が先に両拳を土俵につけ、清明海は片手を宙に浮かせて立ち合いの主導権を握る。
時間が止まったかのような緊張感が流れる土俵を、見物人である鬼灯と咎丸は息をのんで立ち合いの始まりを注視する。
鋭い眼光がぶつかり合う中、遂に清明海が両拳を土俵につけて宗賀へとぶつかりに行く。
(……! 一寸の狂いもなく、立ち合いに反応しおった!!)
――宗賀は清明海の片手がついた瞬間と同時に動き出したことにより、立ち合いで清明海に不利をつけることなく廻しを取りに行くことに成功する。
清明海もまた、宗賀の褌を取ったことで四つの状態となり、膠着した状況となった二人は土俵の中央で睨み合いとなった。
「ぬぅぅぅ……!」
「ふんぐぅ!!」
「互角の戦いですね……」
「わぉん……!」
「…………ふん!」
「うおっ!?」
――集中して力を高めた清明海が、一気に力を解放して宗賀を土俵際へと押し込んで行く。
つま先で堪える宗賀であったが、このままでは敗北は必至であった。
「ぬおぉぉぉッ!!」
(これで終わっては、先程の試合の二の舞ぞ……! ただの道化ではあるまい、力を見せてみよ……!)
「おおぉぉぉッ!!!」
――宗賀は必死の表情で土俵際を持ち堪える。
すでに追い込まれて10秒以上が経とうとするが、未だに闘志が折れる兆しは見えなかった。
「何と……凄まじい闘志よ……!」
「おぉぉぉりゃあぁぁあッ!!!」
「!?」
「自ら土俵の外へ……!?」
――宗賀は捨て身の覚悟で、自身ごと清明海を土俵の外へと投げ飛ばす"うっちゃり"を仕掛ける。
押しの力が強すぎたために抵抗ができなかった清明海は、宗賀と共に土俵へと身体を出され、両者はほぼ同時に土俵外の土に塗れた。
「どちらが勝ったの……?」
「わうん……?」
「…………!!」
――投げられた清明海の肩が、宗賀の身体よりも先に土俵外へついた瞬間をはっきりと見定めた行司は、軍配を西側に上げた。
「若様が勝ちました……!」
「わおーん!!」
「おぉぉっしゃ!!」
「見事だ……! 名も知らぬ力士よ……」
――立ち上がった両者はお互いに歯を見せぬ笑顔を交わし、土俵へと上がって固い握手を握りしめる。
その瞬間、空を覆っていた暗雲は去って行き、快晴を取り戻した大空には美しい虹がかかった。
「海神様も満足したそうだ……礼を言うぞ」
「お主の実力あってこそよ、相撲でここまで俺を追い込んだのはお主が初めてだ」
「ワシは産まれて初めて土俵を割ったよ……お主の名を聞いても良いか?」
「俺の名は宗賀、金守 宗賀だ! 清明海よ、また機会があったならば再び相撲を交わそうぞ!」
「ああ、次は負けぬぞ!」
――激闘を繰り広げた二人に、いつの間にやら集まっていた観衆達が惜しみない拍手が送られた。
「……ん?」
「あ……!?」
「わぅん!?」
「お主……褌が緩んで……!」
――清明海の廻し取りと豪雨によって緩みきってしまった褌がズレ落ちてしまい、宗賀のご不浄が晴天下の中で晒されてしまった。
「おおー! 立派な一物があらわになりおったぞぉ!!」
「きゃー!!」
「おおっ!? 鬼灯! 早く着物を持ってきてくれぇ!?」
「ふふ……しょうがない人ですね」
「わぅん…………」
――股間を両手で隠して内股となった情けない宗賀の姿を見た男衆が笑い飛ばし、女衆は破廉恥な感情を込めた叫びをあげる。
海神に捧ぐ神事は、乱入したばさら者によって良くも悪くも盛況となって幕引きとなった。
そして、その光景をお社の高台より見つめていた何者かが、満足気に不敵な笑みを零した。
「まーじでオニアゲ……♪」




