忍べど香る鬼灯(宗賀視点)
水の巫女の護衛任務を引き受けた俺は、お社のある都へと向かう道中で、満開の染井吉野が咲き誇る光景に風流を感じ取りながら、歩みを進めておった。
「ソメイヨシノが咲く時期か……思えば仕事三昧で、今年はろくに花見もできなかったものだ」
ぽつりと零した嘆き言を察し取ったか、突如として思わず歩みを止めてしまうほどの強い風が吹き荒れ、儚き花弁達が宙に舞い踊りおった!!
その光景が美しいのなんの、今この場で酒を持っていようものならば、この風流を肴に座り込んで一杯やっていくところであったわ。
「俺の旅路を祝福してくれているのか……何とも粋な風よ…………ん?」
舞い散る桜の香りを楽しもうと鼻で深呼吸を行ったが、桜の香りに混じって、甘い香りが風に乗って漂ってきおった。
(この心落ち着く甘い香り……まさか……)
香りの元凶に目星をつけた俺は周囲を見渡したものの、通行人がまばらに歩みを進めているだけで、当たりをつけた対象は目につかぬ。
「ふっ……見事な隠遁術よ。
これは是が非でも姿を暴きたくなったぞ」
巧妙に隠された監視の目に、悪戯な心が芽生えさせられた俺は、趣に進路を全力で駆け出してやった。
道行く者が皆、目を見張るほどの速度で距離を離そうと試みるも、我が姿を捉えて離そうとしない隠された視線は一定の間合いを維持してきおる。
ときおり背後を振り向けど、やはりその姿がこの目に映ることは無かった。
「やりおるわ! だが……」
桜並木が視界を遮る別れ道を曲がったことで、一時的に視線から逃れることに成功する。
だが奴は、すぐにでも俺の姿を捕らえてくるであろう。
一歩上手を行くために、俺はある策に打って出た。
――――――――――
「……見失ってしまいましたか」
――宗賀を付け回していたであろう、着物と袴に身を包む線の細い女性と、傍らに侍らせた黒毛の犬は、宗賀が入っていった別れ道の入り口で立ち止まる。
「スンスン……わおん!」
「そこにいるのですね……」
――匂いを識別した犬が、20歩進んだ距離の太い桜木へと女性を案内する。
身を隠して、自身への奇襲を行おうと画策していると察し取った女性は、着物の袖に両腕を通しながら桜木へと近づいて行く。
「……! これは……」
――桜木の裏へ迅速な動きで回り込んだ女性は、枝に吊るされた宗賀の上着を発見し呆気に取られる。
「よっとぉ!!」
「!!」
――その瞬間、もう一方の桜木に登っていた宗賀が、桜木から飛び降りて女性の背後を取る。
女性が振り向きながら後退ろうとするものの、瞬時に間合いを詰めた宗賀によって背中を腕で抑えられ、宗賀はそのまま女性を抱き寄せて動きを封じた。
「ふふ……やはりお主であったか、【鬼灯】よ」
「……流石ですね若様、一本取られてしまいました」
「わん!」
「お主も久しいな【咎丸】よ!」
――鬼灯を優しく手放した宗賀は、犬の咎丸に視線を合わせようとしゃがみ込み、咎丸は丁度よい高さとなった宗賀へ甘えるかのように、勢い良く胸へと飛び込んだ。
「わふぅ!」
「ははは! この甘え上手めが!」
「私達の隠遁術もまだまだですね……最初からお見通しでしたか?」
「俺も最初から気づいていた訳じゃないさ、きっかけは桜吹雪を演じた、粋な風のおかげよ」
「風……ですか?」
「あの風が、お主の懐かしき甘い香りを運んでくれたのよ。
お主の名の通り、ほおずきの如く心落ち着く香りをな」
「左様ですか……」
こやつ、自身の着物の匂いを嗅ぎ始めよった……さては気にしておるな?
「そんなに気にせずとも良かろう」
「いえ……忍である以上は位置を勘付かれる要素は極力排除すべきですので……。
風で運ばれるほど目立つ匂いなら、もっと水浴びの頻度を増やすべきでしょうか?」
「俺はお主の香りが、姿見えぬ距離からでも察し取れるほど好いておるのだ。
そんなもったいないことをするな」
「ふふ……それがお望みであらば、そうしましょう」
鬼灯は常に笑顔を崩さぬ出で立ちであるが、喜びを示す時は名の通り、ほのかに頬が紅付くゆえにわかりやすい。
「それにしても、親父殿お抱えの忍びであるお主が俺をつけるとは、どういった要件だ?」
「薄々察しているかとは思いますが、若様がおいたを働かぬようにと、監視の任務を承りました」
「やはりそうか……親父のやつ、俺を信用する気は無さそうだな。
しかし、監視につくとはいえ姿まで隠す必要は無かろうよ」
「救済の旅路は、水の巫女と一人の武士によって行われるのが習わしとのこと……。
故に、陰に身を隠しながら任務を遂行せよと宗親様から命令されました」
「そうであったか……しかし、それではお主が窮屈な思いをする」
「お気になさらず……忍の身ゆえ慣れておりますので」
「都への旅路に美しい花を添えて行きたいと思っていたところよ、そんなくだらぬ任など忘れて俺の隣を歩むが良い」
「ですが……」
「親父殿にバレたら、その時は俺が罪を全部被ってやるさ。
無粋な殻は脱ぎ捨てて、俺と共に旅路を行こうぞ鬼灯!!」
鬼灯は困ったような表情を浮かべて、俺の誘いを決めあぐねておる。
そんな主人を意に返さぬかのように、咎丸は俺の脚に頬を擦りつけて、同行したいという意思を素直に伝えてきよった。
「わふぅん」
「咎丸……」
「ほれ鬼灯よ! 咎丸も俺と共に行きたいとねだっておるぞ!!」
「わん!!」
「お主も咎丸のように、素直な意思を俺に伝えてくれ!! 共に歩もうが歩むまいが、俺はどちらでも受け入れようぞ!」
咎丸のおねだりが背中を後押ししたのか、鬼灯はまた頬を染めて嬉しさを表情に出しながら答えを切り出した。
「……仕方ありませんね、相棒がそう言っているのであれば、私も共に同行しましょうか」
「ふ! 言葉は素直じゃないやつよ……」
「わぅん!!」
「ふふ……」
「では改めて……都への花路を傾いて行こうか!!」
「わぉん!!」
――こうして、思わぬ花を携えることになった宗賀は、改めて水の巫女が待つ都への道を歩みだしたのであった。




