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五芒星の魔女  作者: 南無三
木生火の章〜始動
4/50

相棒

《おおおぉぉぉぉッッ!!!》

「まぁこんなもんか……」

「何だよあれぇ……! いくらおじさんが強くても、あんなでっかいのを一人でなんて無茶だよ……!」


 倍以上の体格差を誇る怪物を前にしても青年は余裕を崩さない。

 空間を震わせる咆哮に臆し、廃墟の岩陰に身を隠した少年は当然とも言える対称的な反応を示す。


 強く振るえば確実に骨肉を粉砕するであろう剛腕と豪脚を備え、突き刺されば絶命を免れない大角を携えた怪物が天に向かって放つ咆哮を中断すると、目にするもの全てを引き込むような漆黒の瞳が青年の笑顔を捉える。


 それと同時に怪物は、全身の体躯を全力で稼動させて青年へと急接近し、剛腕を振り下ろした。


「うわっ!?」


 距離が離れた少年の位置まで届く程の衝撃が周囲に突き抜けて行く。


 石片が飛び散り、砂埃舞う惨状であったが少年は身を庇いながら戦況を確認するために目をこじ開けると、青年は怪物を飛び越えてその拳を回避していたことがわかり、少年は興奮と安堵に心を包まれた。


「すっげぇ……! あんなに高く飛んで……」

「へっ」


 着地した青年はそのまま腰を落として正拳を背後へと叩き込もうとするが、回避されたことを察知した怪物がすぐさま青年へと振り返ったことで、正拳は腹筋への打突にズラされる。

 腹筋のあまりの固さに、拳を痛めた青年は僅かに顔を歪めた。


「固ってぇ……おわッ!?」


 左腕による振り抜きが青年へと襲いかかり、かろうじて身を引いて回避はしたものの、すぐさま追撃に移る怪物を相手に青年は防戦一方へ追い込まれてしまう。

 隙を見つけては反撃を差し込んではいるものの、そのどれもが有効打に至っていないことは誰の目から見ても明らかであり、遠くで見守る少年の不安が強く募っていく。


「おじさん……!」

「へっ……やっぱり一人じゃキツイか……」


 青年が上着のポケットから小型の球体を取り出し、それを怪物の顔めがけて投擲すると球体は一瞬強い光を放って弾け飛ぶ。


《オォォォッ!!?》


 光は怪物の視界を数瞬奪うことに成功し、その隙に青年は距離を取って体勢を整えた。


「行くぜ"相棒"」

(……! おじさんの背中が……大きくなって……!?)


 不安でいっぱいだった少年であったが、青年がぽつりと何かを呟いたことを皮切りにして、その後ろ姿が大きく頼もしげなものへと変化したことを確かに実感し、胸につかえた不安が一斉に霧散して行くのを感じていた。


《ガアァァァッ!!》


 視界を取り戻した怪物が怒り狂ったかのように青年へと猛進する。


「バーカ」

《…………ッ!?》

(化物が転んだッ!?)


 怪物は、まるで脚を誰かに掬われたかのように、片脚を上げた体勢で勢いよく地べたへと転倒する。

 少年は怪物の身に何が起こったのかを確かめるために目をこらすと、不自然に上げられた片脚の脚首に赤く、太いロープのようなものが括りつけられているのを発見する。


最初(はな)から我に頼れば良いものを……カッコつけの大うつけめが〙

「拗ねんなよ、大して強そうなやつじゃないって思ったから粋がってみたくなっただけさ」

「……ヘビ? ヘビが喋ってる……?」


 括りつけられた赤い物体は蛇のよう生命体であり、それが当然かのように低音の人語を介して青年と会話する様に、少年は困惑するばかりであった。


〘世話の焼ける……それとそこの小僧ッ!〙

「え……? ぼ、僕!?」

〘そうだ……いいか、我は決して蛇などではない! 二度と間違えるなッ〙

「は……はい……」

「今指摘することじゃねぇだろ地獄耳」

〘黙れ、我を蛇と呼ぶような輩は何人たりとも……〙


《グオォォォッ!!》

〘黙れ木偶の坊ォッ!!〙

《ガアァァァッ!?》


 怪物が叫びながら起き上がった刹那、青年が相棒と呼ぶ蛇のような生物が急激に身体を伸長させて、剛力を誇る怪物が全く抵抗できないほどの万力で縛り上げていた。


〘我の言葉を遮ることは許さぬ……!!〙

「おお、怖」

〘ジン! 茶番に付き合うのはこれまでだ、さっさと()()で終わらせるぞ!〙

「あいよ」


 青年が腰を落としながら勢いよく右腕を引き抜く動作を行うと、その動きと連動するように縛り上げられた怪物が宙に浮いて青年の元へと引き寄せられて行く。

 左腕を前に突き出し、右腕を腰の位置へと落とした正拳突きの構えを見せた青年の右手には強い光が放たれていた。


《オォォォッ!?》

〘眉間を狙えッ!!〙

「りょーかい!」

(あんなにデカイ怪物が簡単に引き寄せられて……)


――くんっ! て引き寄せてパンチ! で倒しただけさ――


(そうか、これがおじさんが言っていた……!)

誘身(いざなみ)……」


 青年の言葉を思い出した少年は、この一連の動きこそが自身を救った技なのだと確信し、輝かせた視線を青年へと釘付けにする。

 拡散する光は徐々に収束し、光は右拳を覆う神秘の手甲と化す。


砕震(さいしん)ッ!」


 光の手甲を纏った正拳を、引き寄せられた怪物の眉間へと振り抜く。

 鈍い音を周囲に響かせたのと同時に怪物の肉体に亀裂が走り、肉体が亀裂を中心に砂のように崩壊して怪物は跡形もなく消え去ってゆく。


「……勝った」

「へっ」


 崩壊した肉体からは禍々しい輝きを放つ小さな結晶が現れ、砂状となった肉片は再び結集して闇を産み出す裂け目に再構築される。

 青年の相棒は小さな結晶を宙で咥え取り、そのまま天を見上げて丸呑みにした。


「どう?」

〘不味い〙

「まぁ、出来立ての侵蝕域じゃそんなもんか」

〘無駄足だった……さっさと壊してしまえ〙

「はいはい」


 青年は拳に光を纏わせて裂け目の前に立ち、その拳を裂け目へと叩き込んで粉砕する。

 粉砕された裂け目の中心へと、世界を構成する闇が吸い込まれて行く。


「空が晴れて……!」


 荒廃した世界を創り出した闇は急速に失われて、村落のあるべき姿へと戻って行く。

 世界を別つ闇の障壁が取り払われ、今までと何一つ変わらない村の光景が蘇ったのと同時に、裂け目は完全に消失した。


「戻った……戻った!」

「おい! 闇が晴れたぞ!!」

「ショウッ! ショウー!!」

「母さん……!」

「良かった……! 無事で良かった……!」

「く、苦しいよ母さん……!」


 村人達はあるべき住処が戻った事に歓喜し、母親はいち早く少年の元へと駆けつけて、涙ながらに我が子を抱きしめる。


「良い景色だな」


 その一部始終と、村のあるべき姿を見回した青年がぽつりと呟いた。


「ありがとうおじさん! それと……ニョロニョロさん!」

「おう」

〘ニョロニョロ……!?〙

「本当にありがとう御座います……何とお礼を言ったら良いか……」

「貴方のお陰で村とショウは救われました……こんな辺鄙な村では大したお礼ができませんが……」

「あーじゃあ一つだけ頼んでも良いかな?」

「はい……?」

「一泊させてくれない? 夜も遅いし、疲れちゃって……ふわぁぁぁぁ……」


 青年は大の字になって寝転ぶと、そのまま気絶したかのように眠りに着いてしまった。


「ぐがぁ~」

「あらら……」

「破天荒な……」

〘はぁ……大うつけが、すまぬが寝床を用意してやってはくれぬか〙

「うん! ねぇ母さん、家でとめさせてあげようよ!」

「え、えぇそうね……」

「蛇が喋ってら……」

〘我は蛇じゃないッ!!〙


 一悶着がありつつも、村の大人達の手によって寝床へと運ばれ、一夜を過ごして疲れを癒した青年は明朝早く目を覚ましてすぐに村を出る準備をする。

 その物音を聞いた少年は、青年が村を出ようとしていることを察知して、寝着のまま外へ出て青年へと追いつき言葉をかけた。


「おじさん、もう行っちゃうの?」

「ああ、お母さんには世話になったって言っておいて」

「せめて朝ごはんだけでも食べていってよ……村の恩人なのに泊めただけなんてさ……」

「十分過ぎるお礼さ」

「……ねぇ、おじさん名前を教えて」

「なんでさ」

「命の恩人だもん、名前くらいは知っておきたいよ……あっ僕の名前はショウだよ、如月ショウ」

「ん〜どうしても知りたい?」

「うん」


 真っ直ぐに見つめる強い視線に、青年は根負けして目を逸らす。


「わかったよわかった! 俺の名前はジン、"ジン・ウッドランド"!」

「ジン……! 良い名前だねおじさん!」

「名乗ったのにおじさん呼びかい……」

〘我が名は"プラム"だ〙


 ジンの相棒であるプラムが、上着の袖から顔を覗かせて名乗りを上げた。


「お前は良いだろ……」

〘蛇だのニョロニョロだの呼ばれたく無いのでな〙

「良い名前だね、プラムさん!」

〘良い子だ〙

「そっちは名前で呼ぶんかい……」

「二人共……どうしてももう行くつもりなの?」

「ああ、目的があるからのんびりしてらんないのさ」

「目的って?」

「そうだな……世界を取り戻す、かな」

「世界を……?」

「まぁそういうことさ、それじゃあな!」

「あ……待って!」


 ジンは村を駆け抜けて行き少年がそれを追いかけて行く。

 高所に存在する村の崖淵まで移動するとジンがそこから飛び降りていった。


「あっ!?」


 崖を見下ろした少年は、20メートルは落差のある崖下へ既に五体満足で降り立っていたジンの姿を視認する。

 そこから立ち去って行くジンへと、少年は声を上げて感謝を告げた。


「おじさーん! ありがとう! 元気でねー!」


 届いた声に対し、プラムは顔を少年へと向け、ジンは片手を上げて対応しその場を後にした。

次回から各キャラクター毎の視点描写になります。

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