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五芒星の魔女  作者: 南無三
金生水の章〜始動
39/51

ばさら者

「殿ー!! お耳に入れたいことが……」

貞盛(さだもり)……どうせ()のことであろう?」

「は……ははぁっ!」


――東の大陸エイジアに存在する島国である、ヤシマが伝統領・【満国(みつくに)】の【潮城(うしおじょう)】で、何やら家臣が騒ぎたてている様子。


 慌ただしい中年の家臣とは対称的に、満国を統治せし将軍である【金守(かなもり) 宗親(むねちか)】は呆れ果てた様子で、騒動の原因に心当たりをつけてるようであった。


「はぁ……何があったか申せ……」

「城下町の往来にて町民達による大喧嘩が勃発したらしく、その渦中に"宗賀(そうが)"様の姿ありと町民の間で見聞が飛び交っておりまして……」


「あの馬鹿息子め……侵蝕域(しんしょくいき)解放任務から戻ってすぐに、問題を起こすような奴がどこにいるか!

 もはや看過できぬ、奴をここへ連れてこい!!」

「兵達に居場所を探させますゆえ、暫しお待ちを……」

「どうせ女遊びでもしておるのだ!! 町の女郎屋を中心に隈なく探せ!!」

「ははぁっ!!」


―――――――――――


――場面変わって、ここは満国で最も名高い女郎屋・"月下美人(げっかびじん)"。


 遊女が客をもてなす格式高い風俗店で、広々とした貴人用の個室では真昼間から騒がしい様相を見せており、派手な衣装に身を包んだ男が複数の遊女を侍らせて舞踊を披露している最中であった。


「人間50年〜ただぁ一度の夢が如しぃ……渡世傾ひてぇ、笑って死せよぉっとぉ!!

 はっはっは! いやぁ、良い気分だ!!」


――大見得を切って舞踊を舞いきった男は座布団へと腰をかけてキセルを吸い、その周囲に遊女達が集う。


「いやぁ凄い体力だわぁ宗賀さん」

「ほんとねぇ。あんな大喧嘩の後に踊って、息一つ乱れていないんだもの」

「それに、侵蝕域の任から帰って来たばかりって聞いたわよぉ。

 どんな武士でも、侵蝕域から帰って来たら一日中ぐったりしているっていうのに、精力的な殿方ねぇ」


「あんな殺風景な辛気臭い場所で3日間も過ごしていては、息が詰まって仕方が無かったものよ。

 偶然喧嘩に恵まれ、今こうして優雅な花に囲まれながら踊り耽ったおかげで、すっかり心にも実りが戻ってきよったわ」

「でもまだまだ遊び足りないでしょう、宗賀さん?」

「当然さ! 今日は夜まで座敷遊びと洒落込む腹づもりよ!!」

「そうでなくっちゃ!」

「よーし、まずは"おひらきさん"を…………ん?」


――男は遊びに精を出そうと張り切ったが、騒がしい足音が二階にある個室まで迫って来ている事を聞き取り、口をわずかに尖らせる。


 足音が部屋前で止まり、その足音の主によって屏風が開かれ、中年家臣の貞盛が兵士を外に控えさせたまま部屋へと入室した。


「探しましたぞ、宗賀様!!」

「おお、貞盛ではないか! 丁度よい、お主と後ろの兵達も共に遊んでゆけ!!」

「そのような(いとま)はございませぬ!!

 宗賀様が往来で町民との喧嘩に興じたことに、宗親様は大変お怒りになっておりまする!!

 至急、潮城までご同行いただきたい!」


「なにぃ? 親父殿が……」

「ちょっと待ってよお侍様、宗賀さんは店のしきたりを守れずに暴れていた客を摘み出したから喧嘩になったのよぉ。

 決して大義も無く仕掛けた喧嘩では無かったわ」

「宗賀様はお侍様として治安維持に努めただけじゃないのぉ、お礼として店でおもてなししているのに、無理矢理引っ張って行くなんて無粋じゃないのさ」

「むむ……しかし、喧嘩をした理由自体を問題視している訳では無くてだな……」


「良い良い、将軍家の一員である俺が問題を起こしたこと自体に怒っておられるのだろう、親父殿は……。

 面倒だが大人しく怒られに行くさ、遊びの続きはまた今度としよう!」

「あぁん、残念……」

「では行こうか貞盛よ! 代金は城にツケて良いか?」

「良い訳ありませぬ!!」


――店を出て、兵と家臣を侍らせながら城下町を練り歩く男の姿を見た町民達は、思い思いに彼についての会話を交わしていた。


「お、ありゃ宗賀様じゃねぇか。随分な所帯を連れてんなぁ」

「誰だいあの背丈のたけぇ色男は……お侍様なんだろうが、随分派手な格好をしているなぁ」

「おめぇはここに越して来たばかりだから知らねぇか……ありゃ満国の将軍、金守様の次男坊【金守(かなもり) 宗賀(そうが)】様さ」

「へぇ!? 将軍の御子息かい……」

「28になっても喧嘩と遊びに明け暮れるもんで、将軍様もほとほと手を焼いているそうだ。

 付いたあだ名が、"大陸一のばさら者"よ!!」


―――――――――


「宗賀よ……お主はいつになったら腰を落ち着けるというのだ?」

「死んでからでしょうなぁ」

「ふざけるなッ!!」


――城に戻った宗賀は、父である将軍・宗親の叱責をどうにもシャキッとしない表情を浮かべながら、耳に指を突っ込みながら受け流していた。


「お前は将軍家の次男坊なのだぞ! それでありながら、28にもなって問題ばかり起こしおって!

 お前のせいで胃を病んだ、ワシの身にもなってみよ!!」

「立場や肩書で己を縛りつけるような、窮屈な生き方は性に合いませぬ。

 将軍家としての仕事は人並み以上にこなしておりますゆえ、ご容赦願いたい」


「看過できる年月はとうに超えたのだ!

 これ以上の好き勝手はワシが許さぬ……!」

「ではどうすると言うのです親父殿、監視でも付けますか? それとも絶縁でも叩きつけますか?」

「いや……お前にはある任務について貰う!」

「任務ぅ?」


――宗親は、着物に忍ばせていた巻物を取り出して宗賀へと投げつけた。


「なんですかこれは?」

「それは【お(やしろ)】からの依頼書だ、内容は"水の巫女による、救済の旅の護衛任務"について記されておる」

「水の巫女……」

「先代"水の巫女"が没してから、実に10年来の新たな巫女が出てきたのだ。

 お前には、新任となった水の巫女の護衛任務について貰うぞ」


「それは構いませぬが……何故そのような大任を拙者のような"ばさら者"などに任せるのです?

 普通はもっと信頼における、品行方正な武士が受けるべきものでしょう?」


「その"水の巫女"が普通では無いからだ」

「と、言いますと……?」

「その者は革新領の産まれで、まだ17の小娘なのだ」

「それくらいの特徴であれば、過去にもそのような者はいるでしょうに」


「ああ……普通で無いのは、その身なりと言動にあるのだ。

 ワシも現物を見たことがあるが、あれは革新領における"傾奇者"と評すほどの奇怪な成りであった……」

「ほほぉ……」


「その奇抜さに恐れをなした者ばかりゆえ、未だに護衛任務を引き受ける者が現れない有様……。

 傾奇者同士であれば惹かれ合うかもしれぬと考えたお社の神職達は、不服にもばさら者として有名なお前に当たりをつけたという訳だ」

「なるほど……」


「お社に恩を売っておけば、いずれは水の巫女の恩恵を授かれるやもしれぬ。

 この任務断ることは許さぬぞ宗賀よ」

「心配しなさんな親父殿……今の話を聞いて、その傾奇者な水の巫女とやらに興味が湧いて来た!!

 その任務、嫌と言われようが引き受ける所存にござる!!」


「良かろう……くれぐれも無礼だけは働くなよ、手を出すなど以ての外ぞ?」

「無礼に関しては約束できませぬが、流石に20に満たぬ娘に手は出しませぬよ、親父殿」

「どの口が言うか! 貴様が上は70、下は13までの女を城に招いて遊んでいたことは忘れておらぬぞ!!」

「そういえばそうであった……まぁ、20を超えた身で流石に見境なく手は出しませぬよ親父殿。

 それで、お社となれば都に出向く必要がありますが、いつまでに着けば宜しいので?」


「期限に関しては記されてはおらぬが、なるべく早くとの所望だ。

 今日は侵蝕域の任で疲れておるだろうから、ゆっくり休んで……」

「ならば今日にでも向かわせていただきますよ、楽しいことには時間を惜しみたくは無いのでね」


――そう言うと、宗賀は立ち上がって宗親に背を向け、都への旅支度を行おうとその場を後にした。


―――――――――――


――旅支度を終え、城下町の出口から出立しようとする宗賀を町民達が見送ろうと集まる中、家臣の貞盛もまた、心配そうな表情で見送りに現れた。


「おお貞盛!」

「宗賀様、話は聞きましたぞ……馬も無しに都へと向かうつもりですか?」

「俺のデカい身体では、馬が長旅で乗り潰れてしまうからな。

 それに、旅路は自らの脚で踏みしめるのが粋というものよ」


「そうですか……ではせめて食糧だけは多く持っていってください。

 こちらは妻が作った握り飯にございます、口に合うかはわかりませぬが……」

「おお、ありがたい!! 奥さんには礼を言っておいてくれ貞盛!!」

「身体だけには気をつけるのですぞ宗賀様」

「ああ! 貞盛も気をつけてな! では皆の衆! 達者でな!!」


――右腕を掲げて去ってゆく宗賀に、町民達は労いの言葉と手振りを送って、ばさら者・宗賀の旅立ちを祝福したのであった。

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