希望の宣教師・クロエ(ヴェル視点)
「ごちそうさまでした!!」
配給食のパンとポークビーンズを平らげた、クロエと名乗った女性が大袈裟に頭を下げて、感謝の意を伝えてくる。
上品で品行方正な仕草で、どこか愛嬌のある間の抜けた雰囲気に心を許しそうになったけど、国を守る者として彼女が話していた内容の続きと、ここに来た目的を聞き出さなきゃいけない。
「お腹いっぱいになったところで、さっきの話の続きを聞きたいんだけど……」
「せっかちすぎるぞヴェル……倒れるくらいには衰弱していたんだから、少し間を置いてからな……」
「いえ、話させていただきます! わたくしは教会より大切な使命を授かってきたのです!!」
彼女はベッドから立ち上がって、使命感に目を輝かせながらガッツポーズをしている。
正直こういう暑苦しいノリは苦手だから、ドライに徹して淡々と話を進めることにした。
「教会ね……宣教師って言っていたから、宗教関係者ということなのかな?」
「はい! ペンタ教は聖女信仰の総本山であり、北の大陸・アイスノルドに教会を構えております!」
「アイスノルドからこんなところまで来たってのか……?」
「そこまでして、いったいどんな使命を果たしに来たって言うんだい?」
「わたくしの使命は、ピーリカに教会支部を構えて聖女信仰を根付かせることです!!
そのためにこの国へ単身やってまいりました!!」
「さっきから気になるんだけどよ、聖女信仰ってなんだ?」
「聖女様を人類の救世主として信仰する宗教です!」
「その聖女ってなんだよ!?」
「奇跡を魔具を用いずに扱えるお方ですよ!」
「あ……? 奇跡だ……?」
"魔具を用いずに"という前提があるから、"奇跡"というのは魔術の事を指しているのだろうか。
「それってつまり、魔女だよね」
「"魔女"なんて下卑た呼び方はおやめくださいっ!!」
急に両腕をバタつかせながら怒り出した……。
反応から察するに、聖女信仰というのは魔女を聖女と呼び崇める宗教思想で、魔女という呼び名は思想的にタブーとされているのだろう。
「聖女様は人々を導き救う存在なのです……! それを魔女などと、悪魔的な呼び方をするなんて断じて……!」
「落ち着いてくれ……」
「……は! いけない取り乱してしまって……」
彼女はコホンと一息ついて心の乱れを鎮め、改めて自身の目的を語りだした。
「えー……それでですね、皇国の建国を宣言した皇女様が、聖女の力を有しているという噂を聞いたわたくしは、皇女様に接触して信仰の布教に協力して頂こうと、はるばる海を越えてやって来たのです」
「なるほど……妾に会う為に苦労してきたのだな……」
「え……それは、つまり……」
「妾こそが、アインシュベルン皇帝、マリーシア・ゴルディーンだ」
マリーの名乗りを聴いたクロエは、目を潤わせながらわなわなと震えだし、目にも止まらぬ速さでマリーとの間合いを詰めて両手を握りしめた。
「ああ、何とわたくしは恵まれているのでしょうか!! 倒れたところを保護して頂いただけでなく、聖女様にも出会えたなんて!!」
「ははは……聖女呼びは何か恥ずかしいな……」
「では皇女様とお呼びさせていただきますね! ではさっそくですが、ペンタ教の教会支部の設立についてのご相談を……」
「待って」
「ヴェル……?」
勝手に話を進めようとする、クロエとマリーの間に割り込んで行く。
「教会だの聖女信仰だの話はわかるけど、僕達は自分達のことで精一杯なんだ。
国交が断絶しているから、食料の自給や資源の節約にも気を抜けないし、帝国からの武力行使にも曝され続けている。
そんな状況下で、宗教を広める為の手伝いなんてしている暇は無いんだよ」
「ご安心ください! 何もただで布教の手伝いをさせるつもりはございません!
ペンタ教会本部協力の下、国力増強、武力への抑止力、他国や他大陸への国交正常化等の支援を全力で行わせていただきます!!」
胡散臭い……そんな夢のような支援を約束する使者としては、余りにも若々しく緊張感が無い。
そもそも何故そんな大仰な使命を下されたような人が、護衛も付けずにこんな大陸までやってきたのか。
ただでさえジャーナリスト組のせいで、仕事と不安が増えたというのに、これ以上の不穏分子は受け入れるべきでは無いと判断した僕は、彼女の提案を拒否する意思を示すことにした。
「残念だけど、君の話は信用できない……」
「ジュリウス!! ちゃんと録音してる!?」
「もちろんっす!」
「謎の宗教と謎の国家の邂逅! こんな大スクープを独占できるなんてツイているわ!!」
「おお! ジャーナリストの方ですか!
ばっちり録音と写真を撮って世界中に記事をばら撒いちゃってください! 宣伝になりますので!」
「……」
侵入者同士が、国の事情そっちのけでやり取りをしている事に苛立ちが込み上げてくる……。
やっぱり捕らえた時点で、どちらも殺しておくべきだったかもしれない。
「"武力への抑止力"……と言ったな、具体的にどのような抑止力を働かせるというんだい?」
「ちょっとマリー……!? 何を乗り気に……」
「はい! ペンタ教会はアイスノルド大陸の最大国家、エランゼラ神聖王国と密接な関係にあり、聖女様へ害を加える者を王国と連携して対処してきた実績がございます!!
王国の兵士と教会の信徒を皇国へ招き入れれば、アイスノルド大陸との全面戦争を恐れた帝国はちょっかいをかけることは無くなるでしょう!!」
「ふむ……」
「マリー、こっちに来て……!」
僕はマリーを連れて、会話がクロエの耳に入らない距離まで離してからマリーに提言した。
「簡単に信用しちゃ駄目だよマリー……。
今の話を聞く限り、他国の人間を招き入れる気満々じゃないか……あの人が帝国の工作員だったら、内部から皇国を崩壊させられるかもしれないんだよ?」
「ヴェル……僕は民の皆が、帝国の脅威に怯えて生きねばならない現状を変えて行きたい。
確かに出会ったばかりの人間を信用し過ぎるのは危ない橋かもしれないが、今のままでは夢の実現には程遠い……。
危ない橋を渡ることになろうとも、僕は彼女がもたらすかもしれない希望に賭けてみたいんだ」
「でも……」
マリーは少々理想主義なところがある。
その理想主義のおかげで、僕達は自由を手にすることができたのは間違い無いけれど、立場がどん底だった当時とは状況が違いすぎる。
7年かけて築き上げてきたものを、一瞬で破壊されるかもしれない可能性に賭けることなんて、僕にはできない。
「良いんじゃねぇのマリー」
「ジャンゴ……!? 君まで……」
「俺様はアルマが寿命を全うできる人生を歩ませてやりてぇと思っている……ヴェルが疑う気持ちも理解できるが、この僥倖を掴み取りてぇ気持ちの方が強ぇ。
だから俺様はマリーに賛同するぜ」
「ありがとうジャンゴ……。
ヴェル、不服かもしれないが僕は彼女を信じることにするよ」
「……いいよ、この国の舵はマリーが取るんだから、僕はそれについて行くだけだよ」
「ありがとう……」
「ただし、彼女には監視をつけさせて貰うからね。
目の届かないところで、不都合な言動を取ろうものなら容赦無く消すから」
「ああ……それでいい」
――話を終えたマリーは、協力の意思を伝えるため再びクロエの元へ行く。
意思を伝えられたクロエがジャーナリスト二人組とはしゃぎ立て、それにつられた民達が喜びに湧いている様をヴェルは遠目から冷めた瞳で見つめていた。
次回、金生水の章
乞うご期待




